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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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二人の認識と一つの決着、後編ですわ!


 自分自身への悔恨を強く滲ませた呟き。その中には……リアムは気付いていないのだろうけれど、先程からずっと、時折ヴァーノン語が混じっている。

 エレーネ語の方が比率が高く混在したそれは、日本人同士がゆるく勉強する際に発せられるカタカナ英語のようなもので、私にもなんとか聞き取り、意味を解することができていた。


 しかし今それを嬉しいと感じられるほど、流石の私も無神経ではない。

 母国語がふと出てしまう。それはきっと、無意識に自分を追い詰めてしまっているということだからだ。


「リアム。本当に色々なことを考えていてくれてありがとう。私が考えなしだから余計にだったわよね、ごめんね。でもね、全部大丈夫なのよ!」


 それでも。リアムに非など何一つない。

 その事実は今なお、なんら変わってはいないのだ。


  ◇◇◇


「まずね、あの道は私なんかより、あなたにとって危険な場所だった。リアムがわざわざ時間を作ってくれて、案内とエスコートをしてくれたんだから、ならその分、私は警戒役をするべきだったわ。いざという時、とっさに相手を守らなくちゃならなかったのは私だったのよ。だから謝るのも反省するのも私の方。リアムはなんにも悪く思わなくていいんだからね」

「あ! もう、ルシアちゃんは謝らなくっていいって言ってるのにー……」


 どこか困ったような暗い表情ではない、いつもの可愛くすねた顔がようやく見られた気がする。


 咄嗟に隠れられ、ディアナ様にもメルヴィルにも見つからず事なきを得た。

 しかしこれは「たまたま二人とも前方から現れ」「護衛さんが職務に忠実、かつ俊敏な人で」「リアムの身体能力が非常に高く」「私を見捨てずにいてくれた」という、偶然と幸運と好意に恵まれたからに過ぎない。


 私自身はうまく動いていたわけでもなければ、迷惑をかけないよう心掛けていたわけでもなかった。ひたすら呑気にしていただけ。

 何事もなかったのは結果論でしかない。たまたまどちらかが後ろから現れていたら、それだけで一発アウトだったのだ。


 というか思い返せば思い返すほど、一部始終私が悪い。

 彼の言う失敗とは、私の失策であり失態でしかないのである。

 たとえ大した役には立たずとも、小春日和の陽気が心地よいとか庭園の造りが不思議だとか言ってないで、私は最低限の義務として周囲を警戒し、むしろリアムを守ろうと動くべきだったのだ。

 改めて考えてみたところで、やはりリアムが反省すべきことなどない。


「それでね。そもそも私を一人で行かせるなり、護衛か案内の方を付けてリアムは行かないって選択肢だってあったじゃない? あと『途中までは一緒だけどここからは一人で行ってね』とかも。見つかりそうになった時だってそうよ。私、危ないとすら思ってなかったし……多分今日、私をほっとくか、見捨てた方が効率が良さそうな場面が結構あったと思うのそれなのにリアムがずっと守ってくれてたからこそ、最っ高の情報収集ができたんだから!」


 私を見捨てればよかった。最初から突き放していればよかった。そうはせずに、手を繋いで守ってくれていたおかげで、得られた情報は非常に大きいものだった。

 収穫も収穫、大収穫だ。その質も、量も。

 先程も話したように、もう別の場所を探す必要すらない!

 ずっとあの辺りでおとなしく張っていれば良いのである。


 それを話しても、なかなかリアムの表情は晴れてはくれなかった。


「そうだね、うん……。メルヴィルくんがどんな子なのか、ディアナちゃんが普段どんな様子なのか。きっとそれは普通にしてたら、ルシアちゃんが知る機会が少なかったこと。それを見られたってことは、うん。確かに収穫、なのかな……。でも残念だけど、もうあそこには連れて行けないよ。ボクのせいでルシアちゃんを危ない目に遭わせたくない。信用できる護衛に任せるならアリかな? だから次の機会、次の場所。それかいい護衛を探せるまで、ちょっと待っててほしいな……。せっかくのルシアちゃんのお願いだもん。もっといいところを見つけなくちゃね」


「あ、ちょっと待って? リアム。あのね、もうリアムはこの作戦に付き合わなくて大丈夫なのよ? もうリアムに迷惑はかけないわ。私、次からは一人で庭園に行く。たまに父様の出仕についてきた時の、リアムと会えない時間に。リアムの公務やお勉強が終わるのを待っている間とか、リアムと思う存分話したあと、父様が戻るのを待つ間。王宮で時間を潰さなくちゃいけない時にね。だからそうね、次は二ヶ月後くらいだったら良い方? 頻度としては多分、半年に一、二回くらいになるのかしら?」


「え……? え、ルシアちゃん、それでいいの?」

「ええ、もちろん! リアムと過ごせるひとときが最優先だもの。日常的に会えるならともかく、私達、滅多に会ったりできないものね。だからこれからはこのために時間を作るんじゃなくて、リアムとの時間の合間を活用しようって思って」


 リアムは面食らった様子だった。

「確かに……ボクが関わる必要がないんだったら。ルシアちゃんが一人で観察するっていうのなら。それから何より、ルシアちゃんと一緒の時間が削られることもないんだったら。それならあの道に問題はなんにもないよね。ボクが見つかるのとは違って、たとえ誰に姿を見られたとしてもごまかしがきくし。咎められることも、アシュリー男爵家になにか影響することもないはず。それでもやっぱりルシアちゃんの安全と疲れが気になるから、護衛を付けてあげたい気持ちは変わらないけど……」


 私には聞こえない程度の一言、二言を何か呟き、自分の中で納得したような顔を一瞬見せた。

 しかしそこで言葉を区切り、大きく首を横に振って考えを振り払ったようだ。先程の問いを再びはっきりと問いかけてきた。


「ルシアちゃん。ホントにそれでいいの? 今日みたいな収穫が毎回あるとは限らないんだよ。最後にはうまくごまかせたとしても、誰かに怒られちゃうこともあるかも。ボクはルシアちゃんに怖い思いなんてさせたくないよ。今日以上のことがなんにも知れずに何年も経っちゃうかもしれない。それに……偵察で結果を出すなら、何より継続が大事」



 ――例えば半年後のとある日。アーロン王子とディアナ様がちょうどお話ししているところなど、まさに私が欲しいシーンを目撃できたとする。もしかするとそれはまさに何かの転換点であったり、非常に重要な情報の一端であるかもしれない。

 しかし「次」の時には、それはもはや価値を持たない情報になっているだろう。一年草の豊作のような、一度きりの大収穫。


 局面は連続し、流動する。

 何事かが起こった後、事態の変化は続けて起こる。

 つまり一つの情報の続きや、そこから全貌を垣間見るチャンスが訪れるのはごく近日中というわけだ。

 だからこそ、できれば毎日。せめて三日に一度など、本当なら狭い間隔で定期的に偵察を行うのが望ましい。

 だが王宮に来る機会が限られている私のことである。自分が全面的に協力することも人員を雇うこともできない以上、その実現は難しい。


 ならばこそ、一ヶ月に一度が最低限と言えるだろう。アシュリーさんの出仕についてくるのを必須事項に。そしてむしろ自分との時間を最大限に削って、持ちうる時間の全てを偵察に費やした方が絶対に良い。


 何しろ時間が経てば経つほど、状況は大きく変わってくる。

 こちらがたかだか数時間、数日と考えた空白期間にも、前回からはまるで理解が及ばない状況になっていたり、もう誰も手が付けられぬような取り返しのつかない事態に急変している可能性がある。

 半年に一、二回などという頻度では、甘い。無意味にも等しいのだ――


 先程までとはまた少し違った、困惑に眉を顰めたリアムはそう教えてくれた。言いたくないことも多かったのか、心苦しそうに言葉に詰まりながら。

 時折またしても専門用語が飛び出してきて、多少……まあ一言につき三度くらい聞き返したものの、落ち着いて顧みると得心がいった。


 私でもなんとなくわかる。

 現実の世界、実在の人物を観察しようというのだから、当然それぞれの出来事はリアルタイムで起こる。私が見たいあれこれが、それこそゲームのイベントのようにちょうどよく発生したり、何度でもこちらの都合で見返せたりするわけではないのだ。

 また私が言ったようなスケジュールでは、情報の更新をせず放置しているのと同じことなんだろう。

 必要なアップデートも修正もせず、毎度すでに使い古された初期データを利用するようなもの。

 そんな中で仮に新情報を見つけようと、それはアップデート済みの人しか正しくアクセスできないデータ。

 更新が不完全なままではその情報も不完全であり、ほぼ無価値……ということなんだと思う。多分。


「ボクはすっごく嬉しいし大歓迎なんだよ。でもそんな感じだと、ちょっと言いにくいんだけど……」


「いいのよ。だってこの計画、全部私の自己満足なんだもの」

「⁉ ルシアちゃん……」


 リアムは何かを声に出そうとして、きっと何かが脳裏を過ぎり口をつぐんだ。

 おそらく彼が言おうとして思い留まったことを、私の方から明言した形になる。


「ディアナ様のためにできることをしたい、その気持ちは本物よ。でもあなたと振り返ってみて思ったの。改めて、大前提として……これって別にディアナ様から頼まれていることじゃないものね。それにそもそも、いつまでに何かの結果を出さなきゃいけない話でもないわ。当然他の誰かから頼まれてるわけでも、私やアシュリー男爵領に影響が出てくるわけでもないのよ」

「うん……」


 冷静に考えてみればそうなのだ。いや、むしろわかりきっていたこと。そしてむしろ冷淡と言うべきだろうか。

 このまま双りと二人の関係が『学園シンデレラ』なみかそれ以上に悪化しようが、その結果ディアナ様の恋が原作通り叶うことなく終わり、深く傷付かれることになろうが、これまた原作通り、アーロン王子が王位に就くことなく心を病もうが……正直、私にも周囲の人々にも関係のないこと。

 私自身の破滅に直接関わってくることではないのだ。


「だからね、いいの。数年越しとかになるかもしれないけど、地道に気長に。のんびりやってみるわ。もしいい結果になったり、何かディアナ様のお役に立てたらラッキーくらいの気持ちでね」


 その瞬間は案外簡単にやって来るかもしれないし、全く手応えなく終わるかもしれない。

 原作とは身分が異なる私こそ、何らかの不確定要素や突破口になるかもしれないし、ならないかもしれない。

 無論、好機が訪れれば全力で行動してみせよう。

 ……きっとそれくらいの心構えで正解なのだと思う。


「ちょっと考えてみたんだけど……時々の偵察ごっこに加えて、『糸』だけ結んでおくわ。聖月の間は王都が賑わう祝節だし、きっと王家の方々はお忙しいんでしょう? 落ち着いた頃をめがけて、カトレア宮あてにお手紙を出してみようと思うの。もちろんリアムの名前は出さない。『先日はお目にかかれて幸いでした……』って、本当に何気ないお手紙を」



 思っていたよりずっと複雑に絡み合っていた糸。ほどこうと試みたのが失敗だった、この反省会を始めるまでは重く受け止めていた。

 おそらくあながち間違いではない。それは綺麗にほどけるような緩い結び目ではなかったし、やがて解き筋が見えてくるような一本の糸などではなかった。


 しかしきっと、そもそもほどく必要はないのだ。

 なんとかほどこうと無理な試行錯誤をするのではない。

 機を見て接点をと考えていた今日の行動は、何も考えずにとりあえず力強く引っ張るような、「無理な試行錯誤」だったのだろう。

 そして今日に限ったことではなく、この偵察もどきをしている最中は、接点を作ろうなどと考えないのが正しいのだとも思った。

 私に「機」に見えたとしても、おそらくそれは「錯視」「誤認」でしかない。


 張り詰めた糸を緩めるように。その荒々しさ、鋭さが彼らを傷付けることがないように。

 ――それが漠然と考えていた、私の「できること」のような気がする。


 そのために、新しい糸を繋ぐ。

 手紙を送ることで私とディー様を結ぶのだ。遠く弱く、間接的に。


 願わくばその糸をお手に取ってもらえたらと思う。

 もし喜んでお返事をいただけたなら、私もそれ以上に嬉しいことはない。お悩みを直接ご相談してくださったりなんかしたら万々歳だ。常々考えていたように、貴族として気を遣う必要も民ほど大切にする必要もない、しがらみのない私を愚痴やご不満のはけ口にしてくださっても構わない。


 カトレア宮仕えの使用人さん以前の段階ではねられてしまう恐れもあるが、それでも「アシュリー男爵家からディアナ殿下あての手紙があった」という事実だけは、多少の悪評化や尾ひれはあれど、そのうちディー様のお耳に入るはずである。


 結ばれた糸をそのままにしてくださっていても良い。

 ずっと繋いだままでいる。糸先の反応がなくとも、糸を繋いだ事実は決して忘れない。

 だから、ディー様のご都合で構わない。お気が向いた時にいつか糸を手繰り寄せてほしい。糸の先には、必ず私がいる。


 もちろん糸を切り捨ててしまうのもディー様の自由だ。

 そうなってしまったら……今はなんとも言えない。その時に改めて自分の立場を考え直そうと思う。



 これが今日という日をリアムと振り返り、自らを見つめ直して辿り着いた答えだった。

「そっか……そうだね。きっといちばんの作戦だと思う。ボク、ちょっと難しく考えすぎちゃってたのかな……。うん、ボクもルシアちゃんに大賛成だよ!」

 リアムもそう言って笑ってくれた。その笑顔はどんよりと重く、固く漂っていた黒雲がみるみる晴れ渡ってゆく空のように、いつもの大好きな人を視界に見つけた子犬のように、愛らしいものだった。


 そう。私達は知らず知らずのうちに深刻に受け止め、事態を自ら複雑に考えすぎていたのだろう。

 最初はちょっとした道案内、世間話のついでの通り道だったはずなのだ。

 それが私は予想も期待もしていなかったディアナ様・メルヴィルというド本人二人にいきなり遭遇したことで大混乱し、リアムはリアムで、突然の目標探知・危機回避・緊急隠密作戦開始になったことでヴァーノン王家スイッチが入ってしまった。

「そうだよね。そもそもはじめは、ルシアちゃんとのおさんぽのつもりだったのに」と呟いていたリアムの言葉、表情もそれを物語っているように思えた。



 きっとこのくらいがちょうど良い。

 その気付きこそ、今日の一番の収穫である気がした。


  ◇◇◇


 気持ちの切り替えが二人ともようやくついた。段取りが立ったとまではいかずとも、道先を照らす薄明りは見つけられた。

 そこでお互い同時に気付いただろうか。肝心要の二人で過ごせる貴重な機会が、あとわずかしか残されていないことに。

 昼下がりの時点で帰宮したこともあり、ずいぶん話し込んだようなつもりでいても、今は幸いまだ夕刻と呼ぶには少し早い時間帯だった。

 さらに幸いなことに、ヒューゴとの待ち合わせ地点までわざわざ馬車に乗せてもらえる手はずまで調っている。遠慮しようとも考えたが、歩いて向かうよりだいぶ時間を短縮できる。

 どう厳しく見積もっても、当初の予定より三十分ほど余裕が出る計算になった。それなら夕方ギリギリまでここで過ごせるはずだ。


 そこからの私達は、他愛のない話に花を咲かせ続けた。

 話を始めたのも話題を変えてゆくのも、どちらからともなく。

 互いにぽつぽつとしか言葉が発せなかった先程までとは何もかもが違っていた。

 時間の速度さえ違っていたように思う。楽しい時間……リアムと一緒にいる時間は、つくづくあっという間だ。

 少しだけの、大切な時間の一秒一秒を楽しみつくしたのだった。


□大変ご無沙汰しております! ご無沙汰なんてものではありませんよね……本当に恐縮です。皆様ご体調にはくれぐれもお気を付けください。

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