表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第一章 越境
9/94

1-9 再び訪れた真夜

 学校の居心地が悪くなって以降、真一は放課後は誰よりも早く教室を出るようになっていた。もたもたしていると、昇降口で結構な人数と行き合ってしまうからだ。

 カレンに言えば、『疚しい事が無いならコソコソすんじゃないわよ!』と言われるだろうが、真一は避けられるなら避けてしまった方が楽だと思っている。

 誰もがカレンのように苛烈には生きられない。


 そういうわけで、真一はまだ人が疎らな昇降口を潜り、さっさと息苦しい学校を後にする。


 学校の敷地を出てしまえば、コンビニ、ファーストフード、カラオケ等、高校生が溜まるような場所に行かない限り、真一を知っている人間はほぼ居ない。

 真一は今日も余計な寄り道をせず、帰り道にあるドラッグストアを目指して歩き出す。


 真一が部屋を借りているアパートは、豊ヶ原高校から駅に向かう最短距離を少し逸れた場所にあるが、駅へと向かう道の途中にはドラッグストアが、アパートへの帰り道沿いには、いつも使っているスーパーが、学校から同じくらいの距離で建っている。


 これらを利用する際、気を付けなければいけない事がある。


 それは、必ずドラッグストアを先に利用するという事だ。何故なら、駅へと向かうこの道は電車通学をする多くの豊ヶ原高校の生徒が通り道としており、下校時にドラッグストアに寄る女子生徒が非常に多いのだ。

 最近までは、そんな事を気にする必要は無かったのだが、現在はそうもいかない。キャイキャイと楽し気な声を上げて商品を物色していた女子の一団が、真一に気づいた途端、沈黙し、直後始まるひそひそ話。

 少し遠回りになってしまうが、もうあの気まずさは体験したくないので、仕方がない。




 真一はドラッグストアに入ると、手早く買い物を済ませてしまう為、一直線に目的のレトルト食品が並ぶコーナーを目指す。

 さっさと学校を出て、遠回りになるのを厭わず、ドラッグストアに来たのが功を奏し、同年代の客は、近くの中学の生徒だろうか? 白いセーラー服を着た少女が幾人か居るだけで、豊ヶ先高校の制服は見えない。


 だが、ここで、もたもたしていたら意味が無い。


 昼は見栄を張って自炊をしているような事を言ったが、真一の食生活の中心は、ここで買うレトルト食品だった。買い物かごにカレーや定番のカップ麺をどざどさと入れると、他の商品を物色する事無くレジに向かう。


「ポイントカードはお持ちですか?」

「あ、はい」

「お預かりします」


 一人暮らしをはじめて作った、ドラッグストアのポイントカードを店員に手渡す。以前はポイントカードなどほとんど断っていたが、生活用品を自分で買うようになると、馬鹿にならない金額を使う事が分かり、作ったものだ。このドラッグストア以外にも、コンビニ、スーパーの物も作った。


 昼にカレン達と話した事ではないが、家事は継続してやってみると意識が変わる、という事がよくあり、毎日やらないと出来るとは言わないと言うのは、そういった点でも正しいと思う。


 ただ、買っているのが大量のレトルト食品では格好はつかない。


 真一は支払いを済ませると、レトルト食品が詰まった見た目よりずっと軽いビニール袋を受け取り、出口に向かう。

 この後は、スーパーに向かう予定だ。自意識過剰だとは思うが、真一はいつもレトルト食品が詰まった袋を持ったまま、スーパーを利用する事に抵抗を覚える。誰も他人が他所で何を買ったか等、気にしたりしていないのだが、スーパーでの買い物内容とビニール袋の中身を見れば、真一の食生活の中心がレトルト食品である事は一目瞭然だ。

 生活費の管理を簡単にしようと、買い物をする日を決めたのは失敗だったか、と思う。


 しかし、その日に限り、真一はそんな事を気にする必要が無くなった。


「な、んだ。これ」


 自動ドアを潜り、外に出た真一が見たのは星も無く、暗く沈む空。


 一歩二歩、空を見上げたまま前へ進む。

 真一は終業後、すぐに学校を出てここに来たのだ。買い物だって手早く済ませた。五月のこの時間で日が落ち切っているなんて事は有り得ない。


 しかし、現実に空は真っ暗で、そこにぽかりと『蒼い月』が浮かんでいる。


 それに気づくと、真一の背筋に怖気が走り、頭の先から血の気が一気に下がる。


「これって、真夜……なのか?」


 空は夜空のように暗いのに、煌々と輝く蒼い月は地上を照らし、夕方くらいの明るさに感じられる。

 あの時も、空には今のように蒼い月が浮かんでいたのだろうか?

 そんな事を気にしている余裕は無いのだが、真一はそんなどうでもいい事を考える。


「え、えぇぇ?」


 思考停止状態の真一は、背後から聞こえた驚愕する声で我に返る。

 振り返ってみれば、白いセーラー服を着たポニーテールの少女が、学生カバンを手に持ち、空を見上げて驚きの声を上げていた。


「え? もう夜? え? あれって月ですか?」


 空を見上げて何か言っているが、別に真一に聞いている訳では無く、驚きのあまり口を突いて出ているだけのようだ。

 真一は周囲を見回し、次に店内を窺う。


 確認した結果、レジにすら人がおらず、見える範囲では真一と少女以外の人影は無い。


 紅子の事でもわかるように、一人二人が行方不明になった程度では小さな範囲で騒ぎになるだけで、世間は騒がない。

 しかし、一度に大量の人間が消えたらそれは大事件だ。そんな話はそうそう無い。という事は、鬼が一度に襲うのは少人数で、今回は真一と少女だけ、と考えて間違いないだろう。


 真一は、もし真夜に引きずり込まれた時にとホームで御幸から受けたアドバイスを思い出す。



『すぐにその場を離れなさい。越境者になった君なら真夜の範囲を出れば、問題なく現世に戻れるから』



 そう、さっさと逃げるべきなのだ。真夜の範囲がどれくらいの広さなのかは知らないが、公園の時のように大量の鬼に囲まれたら、もう逃げようが無い。ここに留まり続けるのが一番危険なのだ。


「え? 店員さんが居ない。あれ? お客さんも居ない」


 しかし、真一の目の前には空の異常以外の事も気づき始めた少女が、幼さの残る顔を不安に歪めて泣きそうになっている。



『たとえその場で誰か他の人を見つけても、助けようなんてせず、自分の事だけ考えて逃げるの』



 それに対して、真一はこう答えたはずだ。


『俺は一度死にかけてるんですから、そんな事しませんよ』


 しかし、現実に目の前で訳も分からずオロオロとするしか出来ない相手が居て、見捨てられるのか?

 真一は死が理不尽なもので、その唐突な訪れに、ほとんどの人が準備など出来ない事を知っている。そして、あの夜の自分が抗いたくても全く無力だった事も知っている。

 今、この場で自分の事さえ不確かなのに、同情心で少女を助けるべきなのか。


 結局、いくら考えても正しい答えなどないのだ。


「大丈夫?」


 結局、真一は少女に声をかけた。

 カレンの声で『バッカじゃないの?』という幻聴が聞こえた気がしたが、それは無視する事にした。


「訳わかんないと思うけど、このままここに居るのは危険だ。事情に詳しい人を知ってるから、ついて来てくれないかな?」


 真一は自分で言っていて怪しい事この上ないと思ったが、こんな状況では何を言っても怪しい事に変わりはない。


「え? どういう事ですか? 何か知ってるんですか?」


 少女は露骨に警戒を見せる。

 当たり前だ。


 しかし、真一がそうだったように、話したところで理解など出来ない。

 そして、そんな話をしている余裕はもう無い。


 広いドラッグストアの駐車場の端に、例のふらふらした足取りの奴―――屍鬼が一人、二人と現れ始めた。


「とにかく、ここに居たら危険だ。すぐにあんな連中がわらわらやってくるぞ」

「酔っ払い? え? え? どんどん増えてる……」


 怯えさせるのは可哀想だったが、無理矢理連れて行こうとして、逃げられたら元も子もない。真一はわざと少女に屍鬼の存在を気づかせ、この場所に居続ける事の危険を感じさせた。

 ゾンビ映画のように、年齢性別もバラバラな人間がぞろぞろと、覚束ない足取りで向かって来る様は、一目でその異常を理解させる。


「兎に角、逃げよう」

「は、はい」


 真一を完全に信用した訳ではないだろうが、少女は逃げる事に同意した。



 

 ドラッグストアの敷地を出た後、真一と少女は狭い歩道ではなく、車道のど真ん中を走る事にした。どうせ車など走っていないのだから、構わないだろう。

 動きは緩慢だが、力の強い屍鬼に掴まれたら逃げられるか分からない。距離を取るには広さが必要なのだ。


「ど、どこに向かってるんですか?」

「俺は以前、これと同じ状況に遭遇した事があるんだ。その時、俺を助けてくれた人が近くに居る筈だから、そこに向かってる」

「これって、何が起こってるんですか? 車は全然、走ってないし、みんな様子がおかしいし」

「落ち着いたら絶対説明してあげるから、今は取りあえず、走って」


 真一も少女も既に結構な距離を走っている。


 緊急事態という事で、手荷物はドラッグストアの駐車場に置いて来た。少女は学生カバンを手放す事を渋ったが、最終的に、貴重品だけ抜いて手放した。

 そうでなければもっと早くにバテてしまっていたので、懸命な判断だったと言えるだろう。


 真一と少女を捕らえようと集まって来る屍鬼たちは、走る事が出来ないようで、すぐに振り切れるのだが、そこら中から現れ、視界に入る人数は全く減らない。

 歩道からよたよたと車道に出て来る屍鬼たちの向こうに、豊ヶ原高校の校舎が見えて来た。


 ホームは真一の部屋やドラッグストアから見て、高校を挟んで反対側だが、距離としてはドラッグストアから高校の四分の一程度なので、もうゴールが見えたようなものだろう。


「もうすぐだから、頑張って!」


 真一は少女を笑顔で励ます。

 そんな真一の様子に少し安心したように笑う少女だったが、その表情が固まり、前方を指さす。


「あ、あれ!」


 慌てて視線を前へ戻すと、高校を囲むフェンスより先の路地から、今までとは比較にならない数の屍鬼が道路に溢れ出て、道を完全に塞いでしまっていた。


 真一はゴールが近くなった事で、一旦緩んだ表情を引き締め、走りながら周囲の状況を確認する。


 前方は屍鬼のバリケードが出来上がっている。

 後方は真一達を追って来た屍鬼が多数。

 右手は高校の敷地を囲むフェンス。

 左手は住宅地の細い路地ばかりで、もし屍鬼が居たら、一、二体で道が塞がれてしまうだろう。


 前方はまず無理だ。左手の住宅地はすぐに捕まらないにしても、土地勘がない真一では逃げながら正しく進める保証が無く、最悪道を見失ったらヤバい。


 一旦、来た道を戻り、高校の敷地を迂回するべきだろうか?


 それとも高校の敷地に逃げ込む? だが、先に見える校門は門扉が閉じられている。素早く開けて中に入れれば良いが、もし開かなければ、元来た道を戻る隙が無くなる。


 真一が逡巡し、走る速度が落ちる。

 少女の表情は不安そうな顔から半泣きに変わる。


 その時、真一を呼ぶ声が響いた。


「高坂君! こっちよ!」


 校門を閉ざしていた門扉が、人一人通れるだけ開かれ、中から豊ヶ原高校の制服を着た女生徒が、真一を手招きしている。


 それを見た瞬間、真一は他の選択肢を捨て、少女と共に門扉の隙間に駆け込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ