VIPパーティ
場は、湾岸の元倉庫を改装したラウンジだった。
白いドレスで車を降りた瞬間から、視線の砲火が始まった。会場のVIPとやらは二十人ほど。金の匂いのする中年男たちの目が、新入りの「白」に集まる。肩に、背中に、胸元に、視線が物理的な重さで積もっていく。秘書時代──ではない、訓練期間に散々浴びたはずの視線とは、密度が違った。ここの男たちは、遠慮という概念ごと会費で払い落としてきている。
「アヤちゃん、こっちこっち」
蛭田に手招きされ、ソファ席に座らされる。左右を男に挟まれた。太ももに、誰かの手が「うっかり」触れては離れる。俺はグラスを持つ手の角度と、足を組む向きで、ミリ単位の防衛戦を続けた。
そして、来た。
「アヤちゃん、飲んでる? ほら、こっちのシャンパンのほうが美味いよ」
新しいグラスが、俺の前に置かれた。運んできた男の指が、グラスの縁に不自然に長く触れていた。液面が、照明の下で微かに油膜のような光を返した。
──入れたな。
三十四年の刑事の目は、こういうときだけ役に立つ。俺はグラスを受け取り、礼を言い、飲んだ。正確には、飲んだように見せた。舌でグラスの縁を塞ぎ、喉を鳴らす。訓練で百回やった芸だ。宴会で潰れないための中年の技術が、まさか囮捜査の必修科目になるとは。
五分後、俺は「効いた」演技を始めた。まぶたを重くし、グラスを取り落とし、隣の男にしなだれかかる。
「あらら、アヤちゃん、もう限界?」
男たちの声から、一斉に、遠慮の膜が剥がれた。
「奥で休ませてやれよ」「俺が運ぶ」「いや、"事務所"の車だろ、こういうのは」
事務所の車。キーワードが出た。俺は完全に脱力し、担がれるままになった。男の肩の上で、薄目だけで経路を記録する。裏口、駐車場、黒のワンボックス。ナンバーは──読んだ。頭の中の手帳に刻む。
車が走り出す。三十分と少し。高速に乗った音、降りた音、砂利、そして潮の匂い。
停まった。運ばれ、下ろされたのは、消毒液の匂いのする冷たい部屋だった。
「新入り?」「ああ、今夜の。──おい、隣、空いてるか」
ドアが開く音。そして、廊下の遠くから、女の声が聞こえた。誰かを気遣う、聞き覚えのある声だった。
──ひかり。生きている。
俺は薄目のまま、拳だけを、誰にも見えない角度で握った。
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