夢見る世界じゃいられない
目が覚めてすぐ、瞼を開けようとした私の眼球がまばゆい光で照らされた。反射的に目を閉じて、経験上自室の電球だと考えた上に睡魔の赴くまま睡眠を続行しようとする。
それがいけなかった。
ゴンッ
「痛ッ!?」
鈍い音と共に顔面に壮絶な痛みが走る。しかし特段異質なことをしたわけではない。ただ寝返りを打っただけのはずだ。状況を探るため、そして痛みのため、一気に脳が覚醒する。なんとか目を光に慣らして周囲を確認すると・・
自室だと思っていた様子はそこになく、雑草となにかの遺跡、そして気持ちが良い程の青空が広がっていた。電球だと思っていたのは太陽であった。先ほどまで自分が寝ていたであろう場所には祭壇のような長方形の石造りの物体がある。先程の痛みはここから転げ落ちたためだろう。
だが重要なのは私には一切見覚えがない景色という事だ。夢かと思ったが、試しに頬をみょーんと引っ張ってみても痛覚はいたって正常だ。
「ええ・・どこなのここ?何してたっけ・・・いや、覚えてる。覚えてる!」
記憶を呼び起こしてみると、霞が晴れるように明瞭になってきた。
私の名前は篠野 尊。普通の女子高生だ。女子高生に似つかない趣味を持っている点を除けば。加えてほとんどのクラスメイト達に敬遠、または侮蔑されている事も。故に昼食はいつも人気の無い場所でひっそりと済ませていた。ところがあの時、いつものように昼食を取っていた私の足元に、幾何学模様を放出しながら赤色に光る魔法陣が現れたのだ。幾何学模様は徐々に体を包んでいき、意識が遠のく。そこまでが思い出せる記憶の最後だ。状況から推察するに、あの魔法陣が原因でここにいるのだろう。
魔法陣が現れる。目覚めると見慣れない景色。地球上ではありえない大きさの鳥や、どのように形を保っているか不明な大きく抉れた山々、いわゆるファンタジー世界。ここまで揃うと考えられる可能性は一つ。
「異世界転移・・しちゃったかなあ」
現代の若者である私は、もちろん異世界転生小説もアニメも嗜んでいるのでそれ自体に大した困惑はなかった。まさか我が身に起ころうと本気で考えたことは無かったが。
そしてこれから何をしようかと考えを巡らせていた所、突如頭の中で音声が流れた。
<意識の覚醒を確認>
「うわ!何!?だりゃのののんんおん!?」
異世界物では雛形の脳内アナウンスだが、実際に経験してみると不気味で喋っている人物が居るのではと瞬時に周りを見渡してしまう。ついでに噛んだ勢いのまま妙な鳴き声を上げてしまう。
<承認・・・解凍、@*#¥¥・・・一部が破損しています。修復中・・・全情報を確認。最優先メッセージを表示します>
解凍だとか修復だとかやけにPCチックな処理をした後、青色のウィンドウが目の前に現れる。ウィンドウには文字列が表示されていた。
<やぁやぁ!おはよう!それともこんばんは?あなたをこの世界に転移させた者でーす!賢者とでも呼んでね!さて君は今困っていることだろう・・ああ、どうしよう!このままでは食べ物も無い!死んでしまう!なんて。そこで!賢者さんはプレゼントを差し上げます!多少のステータスに適当なスキル!プ・ラ・ス~君が今いる国の貨幣、10万クロンもお付けしちゃいます!どうですお得でしょうお嬢さん!え?異世界に連れて来た理由を知りたい?残念!教えられませーん!>
下にスクロールしながら読み進め、私は開いた口が塞がらなくなっていた。普通転移させた理由やら異世界で何をしてほしいか、等々具体的に書くのがお約束なのだが、なぜこうも軽いノリでつらつらと綴られているのか。ハイテンションすぎて読んでいて非常に疲れる。報連相すら出来ないこの文の作者は本当に賢者なのか甚だ疑問であった。
しかしまあ貴重な情報を逃してはいけないので、不信感を募らせつつも最後までスクロールしてみる。
<おまけにこの世界の情報もお教えしましょう!君がいる大陸の名は「スプロシュラ―ン」、国の名は「アルトン共和国」。君の世界ではどうか知らないけど、この世界には魔法があって、ダンジョンや魔獣などたくさんの危機があります!生き残りたいならスキルを駆使して、戦って、自由を勝ち取って欲しい!さて、賢者さんはそろそろ旅に出る時間なのでお別れです。困ったことがあれば意識内サポートシステム(名前はないから自由に決めてね!)に聞いてくれたまえ!ではアデュー!
P.S. 「羅針の人」には気を付けること!!!>
賢者をとっ捕まて色々聞きたい所ではあるが、ひとまず置いておいて状況を整理しよう。ここは異世界で間違い無い。それも魔法やダンジョンがある、私たちの想像する「THE・異世界」だ。この国の名前もあったが、今は役に立たないので保留。ステータスやスキルは後で検証しよう。そして最後に意味深な言葉が書いてある。「羅針の人」とは一体何者だろうか。わざわざ追記している辺り重要そうだが・・・結局すべて不明なのでこれも保留にしておく。
さて、いよいよステータス確認しよう。出し方はおそらく――
(ステータス)
フォンッ
頭の中で念じてみると、予想通り自分のステータス画面が表示される。内容はこんな感じだった。
名前:篠野 尊
種族:人間
筋力:11
体力:50
魔力:100
敏捷値:15
――――――――――――
スキル:観察Lv3
変性耐性Lv1
衣嚢Lv4
数値系の相場は分からないが、ステータスは賢者がプレゼントしてくれたので、少なくとも弱いという事は無いだろう。次にスキル。内心チートスキルなのでは?と期待していたりする。ステータスが開けたのだからスキルも念じて発動できるタイプだと思われるので試していこう。
「観察!」
頭の中で済ますつもりが、思わず口から出てしまった。初めての魔法だもんで、気持ちが高ぶってしまうのも仕方ない。しかし張り切った声と裏腹に、視界には何の変化もなかった。「観察」はいわゆる「鑑定」の様な効果かと考えていたので、目に映る雑草の名前が表示されるのかと思っていたが違うらしい。もしくは発動の仕方が間違っているのかもしれない。
その後もポーズをとってみたり、魔力を練る・・実際は何も感じていないが、なんだりをしてみたものの、全くスキルが発動する気配が無かった。とうとう恥ずかしさ半分で、寝床だった石にどっかと座る。
「うーん・・・。映画でクモ糸の出し方模索してたスパ〇ダーマンの気持ちがよく分かるよ。困ったなあ。・・うん?困った?そういえば!」
その言葉で、賢者が「困ったときは意識内サポートシステムに聞いて」と言っていたのを思い出した。
「ヘイ!意識内サポートシステム!スキルの出し方を教えて!」
<回答します。任意のスキルを発動したいと意識してください>
「あれ?」
きちんと答えてくれた瞬間は感動した。疑問なのは内容である。私がした行動とさほど変わりない。「意識してください」にそれほど厳重な意味があるとも思えないし。
でも大丈夫。分からないなら聞けばいい。
「ヘイ!なんでスキルが発動しないの?」
今度は名前を呼ばなかったが、それでも反応してくれる。
<スキル:観察は発動しています>
おや?しかし何も変化はない。もう一度発動してみても、やはり五感に異常は感じられなかった。ならば効果が自分で感じ取れる類ではないのだろうか。
「観察の効果を教えて。」
<所持状態のスキル詳細は自身で確認することができます。「観察」の詳細:視界内、かつ30cm以内の物体の簡易的な情報を獲得。最大3個まで。「鑑定」の下位スキル>
やっと観察の正体を理解できた。何も表示されなかったのは、条件である30cm以内に観察出来る物体が無かったからだ。それにスキルの使い方を知る術も知れた。実際に所持しているスキルの詳細を意識してみると、脳内で確認出来る。あーよかった。うんうん。これで自由にスキルを使えてご機嫌・・・
「ってわけあるかーーーーーー!!!何だ鑑定の下位スキルって!!!!!!」
チートどころか、鑑定の下位スキルと書かれていたのだ。飛び起きてちゃぶ台返しの1つもしたくなる。下位スキルがこの性能では、鑑定も特別凄いスキルではなさそうだ。ちなみに他はというと、
変性耐性:自身の身体を変形、変質させる攻撃に対する耐性。物理的な攻撃には無効。
衣嚢:合計64㎤の物体を虚空に収納できる。最大4個まで。「収納」の下位スキル。
ザコスキル。見るからにもれなくザコスキル。衣嚢は使えるが、合計64㎤というシビアな体積制限に個数制限、さらにまた下位スキル。変性耐性に至っては、もはやどの場面で使用することになるのか想像も出来ない。
賢者の奴、スキル駆使して生き残れとか言ってたくせに!・・・待てよ?メッセージでは「適当にスキルをプレゼント」とあった。まさか本当に適当!?そっちの適当!?だとすると筋力や体力の数値系も危ない。下手すればこの世界の平均筋力が100あるかもしれない。用意された10万クロンも小銭かと思えてくる。
私の脳裏には、「身勝手なブサイク金髪貴族」という賢者のイメージが組み上がっていた。話し方からパリピや陽キャ、勝手に召喚しておいてのこの仕打ちや安易な金の用意から我儘貴族と。
「はあ。もうなんかいいや。これからどうしよう。」
自らの置かれた運命に呆れ、再び石の上に寝転ぶ。涙は出なかった。
数分
数十分
どれくらいの時間が経ったか。
無意味に周囲の景色を鑑賞している間に、心の中には一つの泉が湧いていた。
自分はこの世界を謳歌できる、と。元の世界には無い魔法を使える喜び、そして今まで忘れていたが、自分の「趣味」は努力さえすれば叶う類なのだ。
それに、元の世界には自分を愛してくれるお父さんがいる。このままアホ賢者のせいで野垂れ死ぬ訳にはいかない。なんとしても賢者を殴って元の世界へ帰る。
やがて私は活力を取り戻し、力強く大地を踏みしめる。
「元の世界に帰るぞバカヤローーッ!!」
叫びは己の鼓舞となり、ひたすらに足を動かすエネルギーとなる。
「まずは・・・」
「探索っ」
周囲の遺跡と森を調査し尽くすべく走り出した。
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