キャンベル公爵
セオドアはキャンベル公爵のタウンハウスの前で、荘厳な邸宅を見上げていた。
事前に許可もなく訪問することが、マナーに反する行為なのはわかっていた。だが、フェリシティからの手紙の返事がこないのだ。
フェリシティに手紙を出せば、2日とおかずに返事が届いていた。今までは。
だが、今回は1週間経っても返事が届くことはなかった。催促の手紙を送るのはマナー違反だ。最後に会った時、様子がおかしかった。もしかしたら、体調を崩しているのかもしれない。そう思い、更に1週間待ってみたが、それでも返事は来なかった。
このまま、何もしない訳にもいかない。
これでも、婚約者なのだから。
と、自分に言い訳しながら、薔薇の花束片手にキャンベル公爵のタウンハウスまで来た。
いざタウンハウスの前に着くと、
私は何をしているんだーーー
これでは、ストーカーではないか・・・
そんな事を考えて、心が空気の抜けた風船のように萎んでしまう。
はぁ、とため息をついた時だった。
「ウェスト伯爵、どうぞこちらへ」
セオドアはビクッと身体を揺らし、声のした方を振り返る。
そこにいたのは、フェリシティ付きの侍女だった。
名前は確か、ーーーグレース。
「・・・ありがとう」
グレースの開いた扉の奥に入っていく。
キャンベル公爵のタウンハウスにお邪魔するのは初めてだ。
通されたのは、広い応接室だった。
「少々、お待ちください」
そう言うと、グレースは応接室を出て行った。
いざフェリシティに会うと思ったら、落ち着かなくなり部屋をうろうろしてしまう。追い返されなかったのだから、会えるくらいには元気なのだろう。タイミングよく、元気になったのだろうか。そんな都合の良い事が起こるだろうか。
思考を巡らしていた時、本日2度目の、
ーーーガチャ
ビクッと身体を揺らした。
すぐに扉の方を振り返ると、
ーーーそこに立っていたのは、キャンベル公爵だった。
◆◆◆◆◆
「久しいな、ウェスト伯。本日は何用でこちらに?」
「お久しぶりです、公爵閣下。
事前に許可もなく、突然の訪問をお許しください。
レディ・フェリシティはどうしていらっしゃるかと心配で、伺いました」
てっきりフェリシティが出てくるものとばかり思っていたセオドアは、思いがけない人物の登場に面食らった。だがここはキャンベル公爵のタウンハウス。公爵閣下が出てきても何もおかしくない。
「ほう、フェイを心配して・・・
ところで、以前フェイと王立植物園に行ったそうだね。なんでも、ある令嬢に会っていたとか。
どなただったかな・・・」
「・・・ヨーク侯爵の御息女、レディ・エヴァです」
公爵閣下の周りの温度が1°、また1°と下がっていくような、寒さを感じる。
なんだろう、ものすごく誤解されているような・・・
「ヨーク侯爵のところは、まだ19歳だが聡明で利発で、なにより美しいと有名だな。よく侯爵が社交の場で自慢しているよ。
・・・それで、なぜ、レディ・エヴァに会っていたんだ?」
これは明らかに、責められている。
確かに婚約者のいる身で別の女性と会っていたというのは外聞が悪い。しかし、今回はフェリシティも一緒ですぐに帰宅している為、責められるほどではないはず。
(ここは、正直に話すべきか・・・
いや、わざわざそこまで馬鹿正直に言う必要があるか・・・?)
フェリシティと会えると思っていたセオドアの頭の中は、まだ混乱していた。
(だが、あとから事実がバレた方が、もっとマズい・・・)
セオドアは意を決して、口を開く。
「私の探している人物がレディ・エヴァに似ていたので、確認する為に会っておりました。
ですが、レディ・エヴァではなかった様で、それからレディ・エヴァとは会っておりません」
もう会ってないよっ!
と、聞かれていてもいないのに答える。
「フェイという婚約者がいながら・・・か。
フェイが突然、婚約を破棄したいなどと言い出して、理由を問い正しても答えなかったのは、こういう事だったんだな・・・私の見る目もなかったようだ。
もう半年後などと言わず、今すぐ婚約を破棄しなさい。君はフェイに相応しくない」
まさかの展開に、セオドアは焦った。
婚約を破棄するつもりは、今も、これからもないのだからーーー