開闢の時
フィオナが命を下した時とほぼ同じ頃、俺達はエリーゼに追従して、精霊教区……騎士三個小隊が防衛戦を続ける陣内へ滑り込むように到達していた。
「いやはや……、本当に剣を掲げただけで通してもらえるとは。『宮中伯』ってのはとんでもないな」
「これは私達『王の剣』……王家直轄の騎士に下賜される、その肩書を体現する武器であるからな。しかし、この状態は……」
「ああ、とても『良い』とは言い難いな。皆負傷している、装備の損耗も激しい」
俺は、レネイを休ませ、水を持たせながらに言う。
「……しかし、よくあの物量差に対しこの時まで持ちこたえてくれた。騎士の名に恥じぬ奮闘である」
そのように呟いてから、エリーゼは教会の。最も騎士達が目を向けやすい、教壇に立った。
「聞け!先刻フィオナ王女殿下が護衛騎士数人と共に城内へ入られた。殿下はまだこの国を、民を。『諸君等』を諦めてなどいない。道理は力によってねじ伏せられ、我々が窮地に立たされているのは間違いない……『だからどうした』。貴君等に問おう、何故騎士を志した、何故不利と分かりながらにも今この時まで戦い続けた。貴君等には護りたい、護るべきものがあるからだ。そして、それは貴君等の奮戦により、今尚一つとして失われていない。誇り高き『ガラデア』の騎士よ、『王の盾』よ。王は戻られた、武器を持ち、立ち上がれ。天は我等に味方した!」
して、彼女がそう述べるのとほぼ同時に、『それ』は来た。
教会の硝子越しに臨むは天を被い尽くす数多の魔法陣。『最強の攻城兵器』が、攻勢に動き出した。
王都中に彼の声が響く。
―王の声を聴け、地に鳴り響く偉大なる声を。我は彼の言葉を伝える者也―
魔法陣から現れるは、光の槍。それが、同時に天より降り注いだ。
エリーゼは、『光の雨』が止むと同時に号令を掛けた。
「全兵科騎士、今こそ打って出ろッ!目標、『武家地』逆賊本陣、先陣を切るは『フィオナ王女殿下』ぞ、我に続けッ!」
―『敵』の目標は王都でなく、王城でなく、『王家』である。故に王都を、民を護らんとするならば己が戦場に立たねばならない―
厩にて、フィオナはそう言い切った。当初は、彼女の正気を疑った。だが、いざ王都に出て見れば、どんな頑強な騎士とていずれは斃れると。如何に堅牢な守備を誇ろうと、それが城である限り必ず陥落すると。見せつけられ、知らされた。
「騎士団よ我に続けッ!『声を届けよ、我が名は『ガラデア』、国を担い民を護る者也。響け轟雷我が名を叫べッ!』」
彼女の声―詠唱―が響き渡る。『我はここだ』『王はここだ』と叫んでいる。目に見えぬ刃が、『音の壁』が彼女の周囲の『敵』を切り裂く。
「ユートよ、よくよく私を頼んだぞ。私は馬を駆るので手一杯でな。我が騎士はともあれ、己を護るには至らぬ」
そう言いながら手綱を握る彼女だが、もう二十分にその身は護れているように、ユートは思った。
目視できぬ刃がどれほど恐ろしい事か。『彼女が声を鳴らせば誰かが死ぬ』一度それを理解してしまえば、中級指揮官も碌に居ない賊徒が戦意を保つことなど不可能だ。
「まだだ、奪われた武家地の本陣には十分な指揮能力を持つ軍人が詰めておる。警戒せよ、ユート。次に縦列魔法兵を見た時、『赫灼の焔』にて全てを焼き払え。私は風の加護を持つ……敵方が数の戦法で我等をねじ伏せたなら、此方は戦法すら押しつぶす力にて相対す」
そうして、彼女はユートの顔へ目をやることなく。しかし確実にユートへ向けた言葉を述べた。
「……今は、彼等もまた同じ人であることを忘れろ、彼等を愛する者がいることを忘れろ、彼等の死で失われるものがあることを忘れろ。それは全て、私……否、余が背負うべきものだ」
天より降り注いだ輝きより飛び出した個が、後続を得て群と化し、教区との合流を経て『軍』と成る。
それでも総数においては反乱軍が優っていた。だが、彼等は『地理』と、騎士の『誇り』と、この国の『王』を知らなかった。
「殿下ッ、ご無事でしたか!」
早駆けによってフィオナに追いつき声を掛けるは騎士エリーゼ。彼女は既に抜剣し、『次』に備えていた。
「おお、おお。良い時に来てくれた。エリーゼ宮中伯、我が剣よ。今より勅命を下す、『占拠されし武家地本陣を焼き払え』」
エリーゼは、即座に『王』の意志と、覚悟をくみ取り答える。
「……承知致しました。時来たらば、必滅の剣を以て逆賊を灰と化すと誓います」
「良い、それでこそ『王の剣』……さあさ敵陣指揮所は目前である!襲い来る者は打ち払え!追うてくるなら追ってこさせよッ!我が軍は自ら城を捨て敵陣へ殺到す!我を信じよッ!」
彼女の声は魔法を通じ全騎士の耳へ届き、その士気留まるを知らず。斃れ征く者もまたその瞬間まで戦い続けた。
そうして、その時は訪れ、『王』の号令が下る。
「前方指揮所及び堡塁を確認、『焼き払え』ッ!」
令が下ると同時にユート、エリーゼ宮中伯、そしてアルノード騎士団長は各々詠唱を始める。
―赫灼よ、世の起りの理よ
―我が示すは覇道への道。王道の裏に走る修羅なる道
―我が成すは堅牢たる牙城、其は王の意志により姿を変える
それに対し堡塁から縦列兵が姿を現し、応戦を試みる。しかし。
我が心に映りし焔を現せ―
炎熱よ、我が征く闇を緋に染めよ―
打ち砕け、我こそは王の盾也―
―自由の風よ、世界を押し広げたもう偉大なる者よ。我が撲の手に更なる力を―
瞬間、堡塁は地面諸共崩壊し、ユートとエリーゼが放った炎熱はフィオナの放った風により高く遠く燃え広がり、敵陣の全てを破壊した。




