不穏なる足音
『一角鹿の狩猟』、それ以来。幾度かの狩猟依頼、アッシュの得意とする護衛依頼など。少しずつだが、確実に『イリア』での株を上げていき。また二人も度重なる実戦経験により己が能力を洗練させつつあった。
そのように、三人がまた依頼を終えて数日の休息期間としている時の。いつも通りアッシュが外で買って来たパンなどを朝食に食べている間の事。
「なあ、アッシュ」
ふと、ユートが彼に訊ねる。
「今ってどれ位金は溜まってきたかな」
アッシュは、懐を確認して、答える。
「ま、確かにユートが言う通り。ぼちぼち『冒険』に出てもいい頃だな。報酬は二人にも分配してるから、無駄遣いをしてなきゃ十分って感じだ」
「私はお金を使うにしても、偶に貸本屋に行く程度だから。結構溜まってるかな」
「右に同じ、僕は旅商の出店だけど。大した額は使ってない」
二人の話を聞いて、アッシュはよしと頷いた。
「じゃあ、俺達の『冒険』を始めよう。俺達の知らない土地、食べ物、文化……この世界の全てを見に行こうじゃないか」
アッシュの言葉に、二人は沸き上がる。漸くだ、『冒険者』としての『冒険』が始まるのだ、と。
しかして、朝の食酒亭にて話し合ったいた三人に。宿の親仁が声を掛けてきた。
「なあ、少しいいか。折り入ってお前達に頼みたいことがある」
これは、随分と珍しい事で。恐らく何かしらの依頼に関する事であるのだが、親仁自らが冒険者を指名するというのは通常あり得ない。
「ここでは話せる内容じゃない。奥で話そう」
そう言って、親仁は三人をカウンターの奥。親仁本人の部屋へ三人を連れ込んだ。
親仁は、適当な椅子や寝台に三人を座らせ。口を開く。
「先ず、何があったかを言う……ちょいと面倒な依頼がウチに舞い込んできた」
それに、アッシュが訊ねる。
「その面倒ってのはどういう意味合いでだ」
「一見、唯の護衛任務だ。ここから王都『ガラデア』まで、数人の冒険者を雇いたい。……だが、『魔猪の谷』を越えて行くルートを執ってというオマケが付いてきている」
『魔猪』魔獣の中でも特に怖れられる存在であり、そこそこ腕の立つ冒険者でもあっさりと殺されるケースが後を絶たない。そして、その『魔猪』が群れとして生息しているのが『魔猪の谷』と呼ばれる道だ。
確かに、『イリア』から『ガラデア』に向かうルートで考えればそれを通るのが最短距離である。だが、それを知っていても先ずそれを選ぶものは居ない。
「なあ、お前達。この依頼、請けちゃくれねえか」
親仁は、珍しく切羽詰まった様子で三人に頼み込んだ。
それに対し、アッシュはこの依頼には更なる『裏』があると踏んでいた。
「親仁、その期日は何時だ」
「明日の払暁を見ゆる前。西の大門にて待て、との事だ」
アッシュは親仁に問う。
「額面に、ウラがあるな?」
「ああ、だがそれは教えられん。コレが、依頼書だ」
そう言って、親仁は懐から一枚の紙を取り出した。
確かに一見すれば並の護衛任務。だが、その褒賞額が並ではなかった。
「どうして僕達なんだ?」
親仁は、三人を見て言う。
「お前達は。義に篤く、腕があり、しかし驕らず、互いに信頼し合う。俺も認める『冒険者』だ。一度請ければ必ず依頼をこなし、決して人を裏切らない……改めて言うが。もう、殆ど見なくなった『本物の冒険者』なんだ」
だからこそ頼みたい。と親仁は頭を下げた。
ユートは、一度レネイに目をやり。そしてアッシュに対して頷いた。
「分かった、親仁とは二十年の付き合いだ。請けよう」
「……すまない、恩に着る」
そのような会話を経て。三人は宿の部屋にて話し込んでいた。
「正味、今の俺達なら『魔猪の谷』を越える事はできるだろう」
アッシュの言葉に、ユートは訊ねる。
「だから親仁は僕等に依頼を?」
「恐らくそれもある。今時あんな危険な場所を『通れ』と言われて本当に抜けようとする奴なんて数えるほどしかいない。まあ、イリアの冒険者じゃ俺等しかいないだろうな」
「……何だかそれだと、無鉄砲っていわれてる気がする。で、その『ウラ』っていうのは何?」
レネイは、まだこの街に来て日が浅い。国の動向というモノには疎い様であった。
「恐らくだが、王都『ガラデア』に何かがあった。親仁が『話せない』と言ったあたり戒厳令が敷かれているに違いない」
「つまり護衛対象はそれなりの人物ってことか?」
「ああ、あくまで予測に過ぎないがな」
アッシュは、改めて問う。
「今ならまだ、取り消すことは出来る。さあ、どうする?」
彼はそう二人に問うたが、その回答に淀みは無かった。
「そんなの考えるまでもない。やろう」
「うん、誰かが困っていて。助けを求めているなら」
「……そりゃ良かった。その言葉を聞いて、俺も肝が据わった。必ず、『依頼人』を送り届けよう」




