9、二人目
「いくらだい?」
通りかかった裏路地の一角。そこでは奴隷商人たちが通りに奴隷を並べていた。
通りにならべている。つまり、表通りどころか裏通りにすら店を持てない商人たちなのだろう。
そんな場所にいる、総じて暗い表情をした商品たち。その中の一人が目に留まったのだ。その人は、華奢な身体に整った顔。そして、特徴的な長く尖った耳をしていた。
(エルフ奴隷、だと……)
この世界、エルフの奴隷は貴重だ。そんな高額なはずのエルフの奴隷がなぜこんな所にいるのか……。それは、彼女があまりにもボロボロだからだろう。
整った顔の半分を覆って片目を潰す傷跡。右腕を失っている上に、力なく座る様子から足にも問題があるのかもしれない。
(ひどい状態だな。……けど)
オレの気を引いたのはそんな所ではなかった。
その目。他の奴隷たちと比べてさえ、より絶望に染まり光を失ったその目に、見覚えがあったのだ。
オレは中学生の時、イジメを受けていた。今にして思えば、エルフの彼女ほどの絶望ではないのだが……。視野も思考も狭まっていたその時、オレは確かに絶望していたのだ。
そんなオレだったが、ある少女によって救われた。だからこそ、救われたオレは、同じ目をした彼女を救わなければならないのではないか。そう思ったのだ。
「身体が治ったら何をしたい?」
オレがそう聞くと。一瞬だけ目に光が戻り。
「……復讐を」
と言った。これなら希望がありそうだ。
そして、冒頭のセリフになる。
ーーーーーー
「こいつを買ってくれるのか? 助かるよ」
エルフなら何とかなるかと仕入れてみたが、どうにもならず困っていたらしい。金貨一枚という捨て値で売ってくれた。
きちんと売買が完了したか確認する為にカードを見る。
名前:アキラ・サトウ(♂)
年齢:17
出身地:イーサリー地方
犯罪歴:なし
所持奴隷:アリス(♀、年齢:15)、フェリ(♀、年齢:50)
冒険者ランク:E
名前はフェリ。年齢は、……さすがはエルフ。
(見た目はアリスと変わらないくらいなんだけどな)
思った通り、立てない彼女を背負い宿へと向かう。
何の前触れもなく、通りすがりに奴隷を買ったが、アリスの様子に変化はない。
(ぱっと見、まったく役に立ちそうにない買い物なんだけど……。何か考えがあると思ってくれているのか、それとも、この世界的に良くある事なのか)
そんなことを考えながら歩いていると、今日の宿に着いた。
「二人部屋を一晩頼む」
「ツインで良いかい? 朝食二人分付きで銅貨70枚だよ」
宿屋の主人らしき上品な老人は、オレが背負うエルフにチラッと視線を向けたが、何も言わなかった。
一応、身体の状態が分からず、寝ているだけに見えるように背負っているつもりだ。それはそれで犯罪っぽいが、一緒にいるアリスの存在が、その印象を打ち消しているのだろう。
そのまま二階の奥の部屋に入ると、フェリをベッドに寝かせる。
(……超再生回復薬)
早速、必要な薬を創り飲ませる。
「……くっ、……あぁっ」
あっという間に顔の傷跡が消え、腕が再生していく。が、その過程に痛みがあるのか、呻き声を上げる。
「……これは。ひょっとして、最初に私が頂いたものですか?」
「うん、そうだよ。(正確に言うと、ちょっと違うけど)」
そういえば、アリスも最初はボロボロだった。まだあれから二週間も経っていないのだ。
(こんなにも常に誰かと一緒なんて、そんな事なかったもんな)
時間の濃さが長さに感じられているのかもしれない。
「やはり凄い物だったんですね。改めて、ありがとうございます」
そんな会話をしている間に再生し終わったらしい。
身体に起きた変化に気付いたのか、その目に光が宿る。
「……う、ん。……な、にが? ……身体が、……右腕?」
「大丈夫か? どこか問題のあるところは?」
そこでようやく気が付いたらしい。こちらに目を向ける。
「これは、……まさか、貴方が?」
「あぁ、そういうことになるかな」
オレの答えを聞くと、居住まいを正し。
「私の名前はフェリと申します。私の全ては貴方様のものです。いかようにもお使い下さい」
こんな事を言ってきた。
この世界のエルフにとっては弓の腕がすべて。それ故に、右腕を失い弓を引けなくなるという事は、存在する意味さえ失うほどのことだったらしい。
だから、腕を取り戻させたオレに全てを捧げる。奴隷という立場は大歓迎という結論に至るそうだ。
「お、おう、よろしく。オレがアキラで、こっちがアリス」
「フェリさん、よろしくお願いします」
つまり、守るべきものが一つ増えてしまったということだ。
ーーーーーー
「じゃあアリス、フェリにお風呂の入り方をおしえてあげてね」
シェルターに下りると、アリスと、キョロキョロ落ち着きなく周囲を見回すフェリにそう言って、オレはリビングへ入る。
フェリの怪我の原因はジャバウォックという森を住処とする魔獣らしい。聞いた感じでは、全長10メートルほどの翼を持つ獣。
(ドラゴンとは違うっぽいな)
フェリは、セルエムからさらに東、ネシアス帝国との国境付近にある森の中のエルフの村で生まれ育った。その森にはジャバウォックは住んでいなかったのだが、どこからともなく飛来したその魔獣によって、あっという間に村が滅ぼされたらしい。
フェリ自身も、魔獣が放った火球の爆発に吹き飛ばされ意識を失い。気が付いた時には、片腕を失い足は動かない状態で森の端に転がっていたとか。
(で、通りがかった人に治療を受け一命をとりとめたが、治療費を請求され、それが払えず奴隷商人に売られた、と)
また新たな異世界トンデモ常識である。
(治療してやったんだから金よこせ。無いなら自分を売って金作れ。とか、この世界怖いわー)
一通り聞いた後、フェリにもステータスを創った。
フェリ
レベル:1
体力:80/80 魔力:70/70 筋力:20 敏捷:25 器用:28 知性:26 精神:24 幸運:20
スキル:弓術(8)、剣術(3)、魔法(5)、探知(1)
アビリティ:学習能力上昇
どうやら、ステータスを適用した時がレベル1になるらしい。まぁ、考えてみれば元々なかったシステムなのだ、そんなものだろう。
それはともかく、フェリのステータスは結構高いと思う(レベル5の時のオレくらい)。しかし、村の中では強い方ではなかったらしい。
(そんな村が、あっという間に滅ぶ……)
それは魔獣ジャバウォックが、かなり強いという事だろう。
もちろん、チート持ちのオレが手段を選ばなければ、倒すのは簡単だ。だが、それではフェリの復讐にはならないと思う。
(ジャバウォックを倒すために、フェリと共に強くなる必要がある)
そこまで考えて、ふと思い出す。
(防御フィールドを付与したアイテムを渡さないとな。……どうしたものか)
オレ的には、いずれは奴隷から解放するつもりである。そして、フェリの方は今すぐ解放しても問題なくオレについて来そうだが、アリスの方はまだ、そうしても捨てられないと信じてもらえるだけの関係を築けている自信はない。
(先に仲間になったアリスを解放せずに、フェリの方を先に解放するのはこの世界の奴隷に対する価値観的に良くない結果になりそうだし)
どちらも奴隷としてしばらく旅をするなら、人間関係は大事だ。そして、オレのオタク知識によると、奴隷同士の人間関係を築くにあたり、上下関係をハッキリさせねばならないらしい。つまり、先輩であるアリスと同じ腕輪はマズいのだろう。
(かといって指輪は、……オレの価値観的によろしくない)
という事で、シンプルな筒状の耳飾り、いわゆるイヤーカフを創った。これも個人的な理由なのだが、ぶらんぶらん揺れるイヤリングは邪魔くさいと思うからだ。大きさがアリスの腕輪より小さいし、これで良いだろう。……たぶん。
そんなことをしていると。アリスたちが風呂から上がったようだ。
「お待たせしました」
「……お風呂、素晴らしいです」
そこには同じ位の背丈の風呂上がりの美少女が二人。分かっていたのだが、エルフであるフェリもまた美少女だった。
腰まであるストレートの若草色の髪に、同じく若草色の瞳。どちらかというと可愛らしいアリスとは違い、まさに美しいという表現がふさわしい顔立ちをしている。
趣きの違う美少女二人が、湯上りで頬を赤く染めて薄着で並ぶさまは、まさに至上。
「……あ、主様?」
「あ〜、……ご主人様は、たまにこうなられるんですよ」
ふと気付くと、アリスが呆れたように、フェリが心配そうに、こちらを見ている。どうやら、見惚れて止まっていたようだ。
「……はい、これを身に付けておいて。お守りみたいなものだから」
「よろしいのですか? ありがとうございます」
フェリもまた装飾品が嬉しいようだ。張り詰めた表情が、少し柔らかくなった気がする。
「じゃあ、もう今日は遅いから休もうか」
「は、はい。……あの、ご主人様、その……」
「ん? ……あぁ。オレ、まだお風呂に入ってなかったっけ。じゃあ、お風呂入ってくる」
「はい♪ 分かりました」
風呂へ向かう途中、そういえばと思う。
(弓、どうしたものかな……)
港町の武具屋で、使う予定のなかった弓は全く見ていなかったのだ。創ろうと思えば創れないことはないと思うが、出来ればこの世界で一般的な物の方が良いだろう。
フェリの装備は、明日改めて武具屋に見に行く必要があるようだ。