10、弓矢の可能性
「……なぜこうなった」
翌朝、オレの両脇で眠る裸のアリスとフェリを見て、思わずつぶやいてしまった。
昨夜のオレには、その気はなかった。例えサミルの護衛で二日ご無沙汰だったとしても、その気はなかったのだ!
(ただなぁ、あんなもの見たら)
風呂上がりのオレが見たのは、すっかり出来上がって準備万端なフェリと、それを成して満足気なアリスの姿だった。
アリス的には、先輩奴隷として当然のことをしたらしい……。
(……アリスさん、そんな娘じゃなかったのに)
その後は簡単な話。オレが据え膳を食わぬはずがなく、美味しく頂きましたとさ。
(……なんだ、結局オレが悪いのか)
ふ〜やれやれ、と起き上がると、その動きに気付いたのか二人も目を覚ます。
「……あ、ご主人様おはようございます」
「……主様、……おはようございます」
そこまで言って、自分たちが裸なのを思い出したらしい。慌ててお風呂へ身体を流しに行った。
フェリの様子を見るかぎり、昨夜のことは問題なかったようだ。
(相変わらず、この世界の考え方は分からん)
その後、オレも身体を流し、朝食を食べに宿屋の食堂へ入る。
今日の朝食は甘辛いモツ煮込みっぽいもので、なかなか美味かった。鉱山という土地柄から、スタミナが付きそうなものになるのかもしれない。
「今日はフェリの装備を整えた後、討伐依頼を一件受けようと思う」
「……討伐依頼ですか?」
「うん。今のままだとジャバウォックには勝てないからね。経験を積んで強くならないと」
そう言うと、フェリは驚き立ち上がる。
「ヤツを倒しに行っていただけるのですか!?」
「当たり前だろう。フェリはオレもの、つまり、フェリの敵はオレの敵だ」
アリスもうんうんと頷いている。
「あ……ありがとう、ございます……」
フェリが泣き出してしまった。復讐出来ることが泣くほど嬉しいらしい。まぁ、生まれ育った村が滅ぼされたのだ、当然なのだろう。
ーーーーーー
「じゃあ。とりあえず良さそうな防具を選んでみて」
武具屋でフェリに言うと、オレは弓を見に行く。
置いてある物を見るかぎり、この世界の弓は、木製、金属製いずれも単一素材で作られているようだ。
(何だっけな? ……複合弓? 複数の素材を張り合わせたようなのは無さそうだな。というか、そもそもの話サイズの大きな魔獣に対して矢というものは効果的にダメージを与え得るのだろうか?)
何か考える必要がある。
なんてことを思いながらしばらく眺めていると、フェリが装備一式を持って来た。アリスにも確認すると、言いつけ通り遠慮せずに選んで来たみたいだ。
早速購入して装備を整えると、フェリは丈が長めのシャツにショートパンツ、革の胸当てに革手袋とニーハイブーツという装備になった。
(……なんというか、オレの想像するエルフそのままな格好だな)
ついついしみじみと見てしまった。
「あの、……主様?」
「あ、ごめんごめん。武器は、買うとしたらどれが良い?」
そう聞いて、フェリが選んだ弓と小剣をじっくり観察する。
「なるほど、こういうのね。……じゃあ、武器はあてがあるから、次は冒険者ギルドに行こうか」
「え? ……はい、分かりました」
「フェリさん大丈夫ですよ。行きましょう♪」
そして冒険者ギルドで、いくつかあるEランク討伐依頼の中から大猿の討伐依頼を受ける。
大猿とは、普通の猿が大きな魔力を持つに至り、より強く凶暴になったものらしい。
この手の大きな魔力を得て動物から魔物になったヤツらは、基本的に単独行動する傾向にあるため、魔獣にしてはランクは低めになるようだ。と言っても、オレが最初に戦った魔狼はCランクらしいので、元の動物としての強さによっては高ランクの魔獣もいるのだろう。
「よし、出発だ」
「はい♪」
「……は、はい」
目的地は鉱山の町セルエムの西にある山だ。
ーーーーーー
「じゃあ、武器はこれを使って」
町から十分に離れると、周囲に何もいないことを確認し、小剣を一つ、弓と矢筒を二つずつ創る。
小剣は鋼鉄製に、不壊と斬れ味強化を付与。弓は分からないようにミスリルを挟んだ複合弓に、不壊と射出力強化を付与。そして矢筒は、どれだけ矢を使っても尽きることのない無限の矢筒。その矢も矢筒から出すと一時間後に消滅する、環境に配慮した素敵仕様。
なぜ二つ創ったかというと、オレも弓矢を使ってみたくなったからだ。
弓矢の細かい仕様などオレには分からないが、《世界の理による最適化》によって高性能なものに仕上がっているはずだ。見た目はともかく性能に関してはさほど自重するつもりもない、そんなオレの意思も反映されるだろう。
「あの、……これは?」
「はい。今、創りました」
「え?」
「今、創りました」
戸惑うフェリはアリスの方を伺う。が、アリスはニコニコ顔でうんうん頷きながら。
「フェリさん。ご主人様は非常識ですから、気にしたらダメですよ」
と言った。
(……あれ? 今、オレってばディスられた?)
いやいや気のせい気のせい。と、気持ちを切り替える。
「じゃあ次は魔力操作を覚えてもらう」
フェリは、魔力操作を三十分くらいで問題なく使えるようになった。
「これは、……素晴らしいですね」
しばらく高速で動いて満足した顔のフェリに、今度はオレが弓矢の扱いを習う。
魔法で土を盛り上げて作った的に、20メートルくらいの距離から矢を放つ。
一射目は外したが、それによって何か掴めた。二射目、三射目はほぼ狙い通りに飛ぶ。
「……二射目で!? そんなバカな」
なんてフェリが呟いているが、驚くのはまだ早い。ここからが本番なのだ。
(こんな、感じかな?)
魔力を鏃へと伸ばし、イメージで形作って魔法を発動。50メートルくらい離れた場所にある岩へ向けて矢を放つと、硬質な音を立てて三分の一ほど岩へと突き刺さった。そして、魔法の発動から五秒後、……小さな爆発が起こり岩が砕ける。
「よし! 成功だ」
「さすがご主人様! 素晴らしいです♪」
「……な!」
アリスはニコニコしているが、フェリは驚きのあまり言葉もないらしい。
(『爆裂矢』ってとこかな?)
大きい魔獣へ効果的にダメージを与える方法として考えたのがこれ。
刺突より爆発。そして、体の表面より、刺さってから内部で爆発する方がダメージが大きいと思ったのだ。
「じゃあフェリ。さっきの魔力操作の応用だ。同じことをしてみて」
「あんなこと出来るはずありません!」
「今、目の前でオレが出来た。魔力操作だって出来ただろう?」
ここで新事実が判明した。
呪文詠唱による魔法は右手からしか発動しない(呪文の中にそういう設定が含まれるのかもしれない)。そのため、身体の外、鏃の部分まで魔力を伸ばす感覚が分からないらしい。
剣に炎を纏わせたりはするのだが、その場合は刃に触れて魔法を発動させるとか。
しかし、やはり実際にやって見せたのが良かったのだろう、爆発や遅延発動のイメージに苦労したが、また三十分ほどでフェリも『爆裂矢』を使えるようになった。
「いよいよ今日の最終目的である、大猿の討伐へ出発だ!」
「はい♪」
「……はい。……あんな事が出来てしまうなんて」
相変わらず何が嬉しいのかニコニコしたアリスと、何かを失ったような顔をしたフェリを連れて西の山へ。
ーーーーーー
「……いるね」
「はい。少し大きめの気配を感じます」
「え!? 主様たちも気配がお分かりなのですか?」
西の山の麓、探知するとすぐに分かった。存在の力強さみたいなものも感じられるようになった気がする。
「うん、分かるよ。オレは探知って呼んでる」
「気配を探るのは我々森人族が得意とすることです。人の中にも出来る者がいるとは聞いていましたが……」
フェリが呆れ顔で何か言っているが、気にせず行くことにした。
ちなみに、普通の人のことを平人族、エルフを森人族、ドワーフを山人族とも言い。獣人は、その種族によって色々あるそうだ。
「じゃあ、風下から弓で先制攻撃。今回は『爆裂矢』は使わずに」
「はい♪」
「……分かりました」
そして、30メートルほど離れた木陰まで、気配を消すことを意識しながら近づき、弓に矢をつがえる。大猿は体長2メートルほどだろうか。幸いなことに、こちらに背を向けている。
「三、二、一、射て」
オレは頭を狙ったが、フェリは背中の中心あたりを狙ったようだ。
当たる! と思った瞬間。何か気配を感じたのか、大猿が横に跳ぶ。その結果、オレの矢は外れ、フェリの矢は左腕を貫く。
(なるほど。的の小さい頭は回避し易いってことか)
いろいろ学ぶことは多い。
「アリス、行くよ。フェリはそのまま矢で援護を」
「「はい!」」
矢の方向からこちらを察した大猿が、かなりの速度で近付いて来る。
その間にもフェリが矢を一本放つ。が、あっさり避けられてしまった。
(一本じゃ正面からは厳しいか)
とはいえ、こちらは三人だ。《身体能力強化》を一段階上げたオレの剣が右腕を切り落として怯ませたところで、アリスの突きが胸の中心を、フェリの矢が眉間を貫き、あっさり倒すことが出来た。
ーーーーーー
「はい、確認しました。こちらが報酬の銀貨十枚です」
夕方には町に帰り着くことが出来た。
一日で銀貨十枚は良い稼ぎだと思っていたら。
「大猿は捕捉が難しい魔獣なのですが、一日で終わるとは運が良かったですね」
と受付のおばちゃんにニコニコ顔で言われた。
本来なら四、五日かかる依頼らしいのだが、純粋にこちらの運の良さを喜んでくれているだけで、オレたちの異常さに気づいた訳ではなさそうだ。
「ええ。ありがたいことです」
と言って出てきたが、目立ちたくないならもっと慎重に行動するべきだったのだろう。
(やれやれ。もっと効率的に稼ぐ為には、もっとランクを上げた方が良いのかな?)
ランクを上げてから下のランクの討伐依頼をこなせば、短時間で狩っても目立たないのかも。
そんなことを思いながら、なんとなく宿の方へ向かう。
「夕食、何か食べたいものはある?」
と聞いたら。
「屋台の食べ物を食べてみたいです」
「あ、私も……」
ということになった。
港町カルノーでは行かなかったが、ここセルエムにも広場に屋台が並ぶ一角があるのだ。
「美味しそうな匂いがしますね♪」
「森の中ではお目にかかれないような食べ物ばかりです」
美味しそうな匂いと煙と喧騒に満ちたそこには、鉱山労働者らしきごつい男の姿が多く見られる。
「討伐の報酬も入ったし、気になったものを適当に買って来て」
そう言ってお金を渡すと、置いてあるテーブルの一つを確保する。
アリスとフェリがそれぞれ何往復かすると、テーブルいっぱいに皿がならんだ。
(遠慮がなくなってきたなー)
と思うが、それは好ましい傾向でもある。
「この串焼き美味しいです♪」
「この野菜とお肉を薄い生地で包んだものも、とても美味しい」
二人には好評だったし、実際に美味しいのだが……。
(B級グルメとしては、香辛料が足りない気がする。……やっぱり香辛料は高価な物なのかな?)
結局、二人も一番気に入ったのは、黒砂糖をまぶした揚げ菓子だったりする。口にする機会は少なそうだが、やはりこの世界の女性も甘い物が好きなようだ。
(プリンは作り方を知っているし、この世界の材料でも何とかなるかな? 今度作ってあげよう)




