6、港町カルノー
「ごめんなさい。やり過ぎました」
翌日は寝過ごし、起きたのは昼前。
ほぼ同時に目覚めたアリスへ、土下座しながらの謝罪であった。
「……いえ、私はご主人様のものですから。……それに、最初は痛かったんですけど、途中からは、その……ゴニョゴニョ……」
後半は聞きとれなかったが、頬を染めながら「オレのもの」宣言をしてくれて。その後、逃げるようにお風呂に身体を流しに行ってしまった。
思いやりに欠けた行動だったため、嫌われてしまったかと心配したが杞憂だったらしい。お風呂で致さないために、アリスが出るのを待ち、オレもお風呂で身体を流す。
せっかく創ったキッチンだったが、材料が無かった(食べ物を創るのは、なんとなく見送った)。仕方ないので、いつもの干し肉を挟んだ黒パン二個ずつを昼食にして出発。
寝過ごしてしまったので、港町カルノーに着くのは夜になりそうだ。二、三日の旅程だったのだが、結局は丸々三日かかってしまった。
ーーーーーー
「夜でも人が多いな」
隣を歩くアリスはテルミ村までしか来たことがなかったらしく、オレと同じでおのぼりさんになっている。
「えぇ、聞いていた通りの賑やかさです」
独り言のつもりだったオレの言葉に、隣を歩くアリスが答えてくれた。
(ありゃ、聞こえたのか)
アリスとの距離が昨日より近いような気がする。それで聞こえてしまったのだろう。
「来たばかりだけど、今日はもう宿屋だね」
「……あの。今日は、あの部屋は……」
「うん。お風呂に入りたいし、宿の部屋に入ってから設置するつもり」
「分かりました♪」
相当お風呂が気に入ったようだ。まぁ、それも当然だろう。
宿屋は、門番に聞いた食事が美味しいという噂の中規模の所にした。
「うん。噂通り美味しいね」
「はい。とても♪」
メニューはパンと焼き魚とサラダ。
パンは黒パンよりは柔らかい、やや黄色っぽいパン。魚はたぶん海魚なのだろう。アリスは食べた事がない魚だと言っていた。
味付けはそれほどでもないが、素材の味はかなりのものだと思う。
その日の夜は、きちんとアリスに文字を教えてもらった。もちろん、その後あんな事やこんな事もしたが、程よく疲れたくらいで眠りについた。
ーーーーーー
「おはようございます」
気持ち良く目覚めた朝。宿の主人に挨拶し、朝食をいただく。メニューはパンと具沢山な魚介スープとサラダ。これもまた美味しかった。
「今日は色々買い物をした後、冒険者ギルドへ行こうと思う」
まだ所持金に余裕はあるが、無限ではない。
(……まぁ、創れば無限なんだけどね)
だがしかし、オレの記憶が確かならば、それは経済の仕組み的にやってはいけなかったはずだ。ならば稼ぐ必要がある。そして、その手段として剣と魔法の世界の定番職業である冒険者になるのだ。
「何を買われるんですか?」
「まずはアリスの防具。それから新鮮な食料だね」
アイテムボックス内の元は商人の持ち物だった物資の中には、アリスのサイズに合う防具はなかったのだ。
「私の防具……。では、ご一緒してよろしいんですね!?」
「うん。アリスも十分戦えそうだし。待ってろなんて言わないよ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
食事を終えると、早速宿を出る。
「わぁ〜、……あれが海なんですね」
町に到着したのは夜だったためあまり見えなかったが、宿は海へと下る緩やかな斜面の中腹にあり、この場所から海を一望できた。
「うん。潮の香りがするね」
港町カルノーは人口一万人ほど。それなりに栄えているのではないだろうか。
街は河口を挟んで両側に広がっており、家はオレンジ色のレンガ造りの二階建てが多そう。さらに、対岸の街並みの中には城のようなものも見える。
(おぉっ!)
通りを見回すと、ちらほらと、これまで見なかった人種がいる。お待ちかねの、エルフや獣人だ。
この世界のエルフは小柄な美形。獣人は、見える範囲では、耳と尻尾以外は普通の人と変わらなそうである。
さらに、あそこに居るずんぐりむっくりした髭面はドワーフではないだろうか。見える範囲には男性しか居ないようだが、オレが知る異世界ものの物語のドワーフ女性には様々なタイプがある。この世界のドワーフ女性がどのタイプなのか非常に気になる。
(嗚呼、素晴らしきかな、この世界)
ちなみに、元の世界ではアニメやコスプレでしか見ないような、ピンクや紫や緑といった鮮やかな髪の色の人たちが普通に歩いていたりする。しかし、黒髪もさほど珍しくはないようだ。
異世界ものの物語の中には、黒髪の珍しさから悪目立ちしてしまうものもあったのだが、この世界なら大丈夫だろう。
(一安心だね)
余裕を持って街を眺めながら坂を下ると、商店が軒を並べる通りに出る。
まずは武具屋でアリスの防具を揃えた。オレと同じような、胸当て、籠手、脛当てという、革製の冒険者装備だ。
「お揃いですね♪」
アリスが嬉しそうにそんなことを言う。
(……この娘かわいいわ〜)
ついつい見惚れてしまった。
アリスの防具の微調整をしている間、武具屋の中を見て回ったのだが。武具の素材には鉄か魔物の骨や皮や甲殻などが使われているようだが、その中でも武器は鉄、防具は魔物素材ので作られる傾向にあると思われる。
(魔狼の皮を持ってくれば売れたのかも)
ちなみに、この世界の分類では人型に近い魔物が魔族、獣型をした魔物が魔獣、それ以外は魔物で一括りにされる。
他に用いられる素材としては、ファンタジーでお馴染みの魔法銀と呼ばれるミスリルがあるらしいのだが、残念ながら貴重品らしく、ここには置いてなかった。さらに残念なことに、オリハルコンやアダマンタイトといった金属は武具屋のオヤジも聞いたが無いそうな。
(まだ未発見というだけなら嬉しいんだけどな)
そのあとは露店を冷やかしてながらブラブラして昼食。そして、次はいよいよ冒険者ギルドである。
(の前に……)
現時点でのオレとアリスのステータスを確認しておこう。
アキラ
レベル:9
体力:80/80 魔力:∞ 筋力:30 敏捷:32 器用:26 知性:24 精神:28 幸運:100
スキル:柔術(1)、剣術(9)、魔法(5)、性技(7)(new!)
アビリティ:アイテムボックス、学習能力上昇、魔力操作、妊娠操作(new!)
ギフト:創造、無限の魔力
アリス
レベル:5
体力:60/60 魔力:60/60 筋力:21 敏捷:23 器用:24 知性:22 精神:20 幸運:40
スキル:家事(5)、槍術(4)、剣術(2)、魔法(4)、性技(3)(new!)
アビリティ:学習能力上昇、魔力操作(new!)
オレの新しいアビリティは、オレから射出される物体の生死を決められるもので、アリスと初めて致した夜にギリギリのところで創った。まだまだ旅を続ける予定なので、そのためには必要なものだろう(我慢するという選択肢はない)。
そして、オレとアリス共通の新スキルに関しては、……やはりヤリ過ぎてしまったのだろう。
反省はしているが、後悔はしていない!
ーーーーーー
「はぁ……。嘆かわしい……」
冒険者ギルドへ向かおうと、意気揚々と食堂を出たところだったのだが。
「なぁなぁ、にいちゃん。そいつ、ちょっと貸してくれよ」
若い、バカ丸出しのクズが群れて絡んできた。どうやらアリスに用があるらしい。世界が違えども、似たようなクズは湧いて出るようだ。
そもそも、主にアリスがだが、今日は朝から視線を集めていたので目を付けられるのは仕方ないだろう。
(……そう、分からなくはないんだけどね)
アリスは美少女奴隷だ。しかも、たった二日だが、お風呂で磨いた髪と肌はキラキラでツルツルなのだ。他の女性達が羨むのも、男共があんな事やこんな事をしたくなるのも分かる。
だがしかし、アリスはオレのものだ。人のものに手を出すような輩には、遠慮などする必要はない。
「こんなのでも、殺したら罪になるのかな?」
アリスに小声で聞いてみると、同じく小声で答えてくれた。
「あ、あの、街中ですし、この程度のことではさすがに……」
ついつい、元の世界のクズたちへの怨みが乗ってしまったらしい。思考が過激になっていたようだ。
(危ない危ない)
幸運にも力を手に入れた。が、その力の使い方を誤れば、オレが嫌うクズと同類になってしまう。オレの暴走を未然に止めてくれたアリスには、感謝しないといけないようだ。
「おい! なにコソコソ話してんだ!? コラ!? あぁん!?」
クズ共は三匹。普通の服装で、武器もナイフを腰にさしているくらい。おそらく町民なのだろう。それが、魔物などの相手をする冒険者であるオレに絡むとはどういうことだろう。
(……やれやれ、オレが弱そうに見えるのが悪いってことかな)
結局はオレに問題があったらしい。ままならないものである。
「おい! 聞いてんのか!? コラ! あぁん!?」
この世界のクズも、元の世界のクズと同じように顔を寄せてくる。この、臭い体臭で近づき、さらに臭い息を間近から吐きかけるという嫌がらせは、こちらを不快にさせるという一点においてのみ、とても有効であるということは認めざるを得ない。
(軽く殺意を覚えるくらいにはね)
確実に当てるため、軽く『思考速度上昇』を発動。狙い澄ました右拳でそれぞれに一撃ずつ、右の肋骨の下を内側から外側の斜め上に、抉るように撃つ。
「「ごふっ……! うげぇっ……」」
上手く肝臓に入ったらしい。威力は十分に抑えたが、三匹同時にうずくまると、のたうちまわりながら嘔吐する。
「ご主人様、さすがです」
周囲は、一瞬ざわめいたものの大きな騒ぎにはならないし、アリスも満足気だ。普段から迷惑を振りまくクズ共だったのだろう、この程度ならやり過ぎということはないようだ。
(ある程度の力は示せたかな? これで絡まれ難くなると良いんだけどな)
ーーーーーー
「お! ここだね」
冒険者。オレが知るファンタジーな物語に頻繁に登場する職業だ。その仕事内容は、魔物退治や商人の護衛などから迷い猫探しに倉庫整理、と多岐にわたる。いわゆる何でも屋のようなもの。
そして、そんな冒険者たちに仕事を斡旋したり戦い方の指導をしたりするのが、この冒険者ギルドである。
ここ港町カルノーの冒険者ギルドは、河を渡った先にあった。二階建てで、敷地はバレーコート2面分くらいの広さがあるのではないだろうか。
「大きい建物ですね」
開け放たれた両開きの扉をくぐると、そこは役所の窓口のような感じ。
(酒場風じゃないのね……)
その綺麗で落ち着いた雰囲気に、なんとなくガッカリしながら見回す。
正面に広い空間があり、その奥にカウンター窓口。左側が六人掛けのテーブルがいくつかある待合室のような場所で、右側に依頼書が貼り付けられた掲示板があるようだ。
そして、正面の四つある窓口に座っているのは、……全員おばちゃんだった。
物語では受付は綺麗なお姉さんと決まっているのだが、現実にそれを求めてはいけないようだ。
(べ、別に綺麗なお姉さんなんて、期待してないんだからね!)
心の中で何かに言い訳しながら、そのうちの一つに二人で並ぶ。
昼過ぎという時間帯のせいか人は少ないようだ。
「こんにちは。ご用件は?」
おばちゃんが、にこやかに聞いてきた。その素敵な笑顔に、綺麗なお姉さんを期待したことを謝罪しそうになる。
「ごめ……、コホン。冒険者になりたいんですけど」
「新規の方ですね。では、カードをよろしいですか?」
カードを受け取ったおばちゃんは、それを手元の装置に差し込む。
返ってきたカードには表示が増えていた。
名前:アキラ・サトウ(♂)
年齢:17
出身地:イーサリー地方
犯罪歴:なし
所持奴隷:アリス(♀、年齢:15)
冒険者ランク:F
その後、説明を受けた。
冒険者ギルドは国際的な組織であり、カードの情報はすべての冒険者ギルドで共有される。
冒険者ランクはSが最高、あとはA〜Fで、Fが最低。上のランクの依頼は一つ上までしか受けられず、下のランクの依頼はいくつ下でも受けられる。FからE、AからS以外でランクを上げるには、一つ上のランクの討伐依頼を五回成功させる必要がある(この討伐数は、個人でもパーティでも良いらしい)。
また、雑用系の依頼でも討伐系の依頼でも、依頼の種類に限らず二回連続で失敗するとランクが下がる。ただし、SランクとEランクから下がることはない。
依頼を受ける際には先に違約金を預け、成功時に報酬とともに返される。高い危険があると判断された依頼や緊急性の高い依頼など、違約金のないものもある。
と、こんな感じだ。
他にも、冒険者ギルドには、登録したカード所有者の死亡が分かるようになっているらしい。
「FランクからEランクへ上がるには、ゴブリンかコボルトを五体討伐する必要があります。
繁殖力の強いゴブリン、コボルトは、常時討伐対象ですので、依頼はなくとも討伐数に応じて報酬が支払われます。
AランクからSランクへは、世界に対する大きな貢献が必要です。
他に何か分からないことはございませんか?」
「いえ。今のところは大丈夫です。ありがとうございます」
ちなみに、魔物を討伐したのを確認する討伐確認部位というものがそれぞれあり。ゴブリンの場合はその特徴的な緑色の耳になる。持ってくる時は、左右どちらかに統一する必要がある。ただし、左右の耳を別々に提出して討伐数を水増しするなど、さまざまな不正はカードの情報で分かるようになっているらしい。もし発覚したら、一発で冒険者資格剥奪だそうだ。
(一昨日のゴブリンの耳を持って来てれば、いきなりEランクだった訳か。魔狼のときといい、情報は大事だね)
FからEへのランクアップに関しては、パーティ単位ではなく人数分のゴブリンの耳が必要なのだが、そもそも戦力とみなされないのか奴隷の分は免除されるらしい。
登録と説明が終わりカウンターを離れると、掲示板の横の扉から出てきた老人が話しかけてくる。
「ふぉふぉ。さっき食堂の前で面白い動きをしておったの? 見かけぬ顔だとは思ったが、まさか新規登録者とは……」