5、異世界三日目
「……ん」
ふと、火の爆ぜる音で目を覚ました。
疲れは取れた感じがしたので、未だ不機嫌なアリスを無理矢理横にならせた。
やはり疲れていたのか、今日はすぐに眠ったようだ。
(やってみた感じ、定番の魔法システムだよな)
無詠唱で魔法が発動するならイメージ次第で色々出来るかも、と試してみることにした。
(まずは、魔力を身体中に巡らせる『身体能力強化』)
立ち上がり、身体の力を抜く。体内の魔力から細い支流を作り、ぐるりと身体を一周し、再び大きな魔力へと戻す。
さほど意識せずに出来るようになると、そっとアリスの側を離れ、ごく軽くジャンプしてみる。
すると、50センチくらいの高さが出た。
(うん、成功だ。これを自然に出来るように、常に維持。で、次は……)
身体を巡らせているのとは、別の流れを作り、今度は目に流す。
(簡単に二つの流れを作り操れる。これも、《想像力強化》の恩恵かな?)
左右の目で違う本を読むような感じだ。出来ている自分が気持ち悪い。そんなことを思いながら周囲を見る。が、何も見えない。
(……『暗視』は失敗。……いや、形を与えてないんだから当たり前か)
しかし、なたき火近くのアリスを見ると、さっきより近くに見えるような、詳細に見えるような、そんな気がする。
(視力の強化が出来ているということかな? ならば、これに形を与えれば良い……『暗視』。……光を集めるイメージ)
巡らせていた魔力を目に留めイメージする、形を帯びたところで、その魔力を脈打たせる。
すると、真っ暗だった視界に色が満ちる。
(よし! 成功!)
もう一つ試したい事があったが、今は効果が分かり辛そうなので諦めた。
(あとは、……鍛錬でもして時間を潰すか)
『身体能力強化』と『暗視』を維持しつつ、剣を抜いて素振りを始める。
ーーーーーー
「……ふぅ」
また無心で剣を振っていたらしい。
空が白み始めたのに『暗視』で光を集めているからだろう、かなり眩しくなっている。
(意識していなかったと思うが、『身体能力強化』と『暗視』は維持してるな。とはいえ、周囲を警戒してなかったら意味がない。要反省だな)
『暗視』を解除し、消えかけのたき火に近づくと、気配に気付いたのかアリスが目を覚ます。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いえ。大丈夫です。良く眠れました……」
そこまで言ったところで昨夜のことを思い出したらしく、少し不機嫌そうな顔になる。が、すぐにブンブンと勢いよく頭を振ると。
「ご主人様、私に剣の使い方を教えて下さい」
と真剣な表情で言ってきた。
なぜ? と問うと、オレの役に立ちたいから。という答えが返ってくる。
「文字と言葉、それから生活魔法を教えることが出来る、と思っていたんですが……。魔法は教えた直後に遥か先を行かれましたし、この調子では文字と言葉もさほど時間はかからないでしょう」
だから、剣を教えてくれ。ということらしい。
どうも昨夜不機嫌だったのは、オレの役に立てなくなるという危機感があったのが原因のようだ。この世界の常識的に、役立たすになると捨てられるとでも思ったのかもしれない。
しかし。
(フフフ……このオレが、こんな美少女奴隷とお別れするなどということがあるだろうか?)
そんなことはあり得ない。
「あの〜。ご主人様〜。ご主人様〜〜」
「はっ!」
どうやら、思考の海に心が旅立っていたようだ。
(オレが守ると決めた。とはいえ、アリスが強くなってはいけない、という訳ではないよね。となると、ゲーム的にはオレが剣で近距離だから……)
確か、商人の馬車から頂いてきた物の中に良さそうな物があった。
「じゃあ、これを」
と言って、木の柄に鉄の穂先を持つ槍を、アイテムボックスから引っ張り出す。
「……え? ……今、どこから?」
目を真ん丸に見開いて驚くアリス。
(おや? アイテムボックスの事は言ってなかったっけ?)
少し気まずい。
「あ〜、……これはアイテムボックスという、物をしまっておける便利な能力なのだ!」
ここは勢いで誤魔化そうとしたのだが。
「……もういいです。ご主人様の非常識さには慣れました」
失敗したようだ。ジト目で言われてしまった。
べ、別に傷付いてなんかいないんだからね!
「でも……。槍、ですか?」
「うん。オレ自身、人に教えられるほど剣は使えないからね。これなら突くだけで近付きにくいんじゃないかな?」
「なるほど。分かりました」
そう言って槍を構え、二、三度突きを放つが、かなりサマになっている気がする。
「村に来た冒険者が使っているのを見た事がありますから」
だそうだ。見ただけって、……アリスってなにげにスペック高いよね。
(スペックといえば……。アリスを手放すつもりはないし、良いよね)
そして、アリスにステータスを創り、学習能力上昇を付ける。これはアリスが確認する必要はないだろう。オレだけが見れれば問題ないのだ。
アリス
レベル:1
体力:30/30 魔力:20/20 筋力:13 敏捷:15 器用:16 知性:15 精神:14 幸運:40
スキル:家事(5)、槍術(2)、剣術(1)、魔法(3)
アビリティ:学習能力上昇
魔力と幸運以外のすべての能力が、レベル1の時のオレより高い……。さらに、四つもスキルを持っている。
(……いやいや。現代の日本に比べれば、はるかに厳しい世界の住人なのだから!)
これが異世界クオリティというやつだろう。
ちなみに、現在のオレは。
アキラ
レベル:5
体力:60/60 魔力:∞ 筋力:22 敏捷:23 器用:18 知性:20 精神:18 幸運:100
スキル:柔術(1)、剣術(4)、魔法(5)(new!)
アビリティ:アイテムボックス、学習能力上昇、魔力操作(new!)
ギフト:創造、無限の魔力
こんな感じ。
筋力も22になり、腹筋も割れてきたと思う。短期間で筋力値に応じて筋肉がつく仕様なのは、無意識にオレがそう望んだからだろう。ただ、オレの望み通りならば、どれほど筋力値が上がってもゴリマッチョにはならないはずだ。
《思考からの拡張解釈》さんの仕事ぶりに期待である。
ーーーーーー
「お風呂? って何ですか?」
槍を貰ったアリスは再びご機嫌になった。その後、順調に午前中の旅程を消化し、干し肉を挟んだ黒パンで昼食を済ませ、のんびり休憩していた時だった。
元の世界でも屈指のお風呂好きの国で生まれ育ったオレが、二日も洗っていない頭に危機感を覚え。
「次の港町には、お風呂のある宿屋とかあるのかな?」
と、聞いたときのアリスの答えが先ほどのもの。
話を聞いてみると、どうやらこの世界には風呂の文化がないらしい。基本は水浴びで、金持ちや貴族くらいでようやく桶に貯めたお湯と質の悪い石鹸を使うようだ。
「……そんな、……バカな」
気付かぬうちに崩折れていた。オレは、五千年の停滞というやつを軽くみていたのだ!
(なんとかしなければならない)
その後出発するも、まったく地に足がつかず。
(そこら辺に風呂を創ることは出来るが、それでは一時しのぎにしかならない。では、どうするか)
などと延々考えながら、道なりに進んでいると。
「「ゲゲッ! ギャギャッ!」」
大きめの岩陰から、汚い緑色の肌をした人型の生き物が飛び出してきた。
ぱっと見は、いわゆるゴブリン。それが六匹。ゲームなどでは最下級の雑魚だし、こうして実物を見ても、背丈がオレの胸ほどまでしかなく、粗末な格好をした頭の悪そうな存在だ。
しかし、目の前に集団で迫ってくるそれは、脅威であった。
「ご主人様。ゴブリンです!」
思わず立ちすくむオレの横で、槍を構えてオレの前に出ようとするアリスが声を上げる。
(そうだ。オレは、守ると決めたのだ)
ならば、アレを試してみよう。
身体にめぐらせている魔力を少し増やし、『身体能力強化』を一段階引き上げる。それとは別に、新たに作った流れを脳へとまわす。
(……『思考速度上昇』)
ゴブリンたちの動きが、かなり遅く見える。
(成功だ)
少し薄暗くなった視界の中、一歩踏み出し剣を抜く。
(『身体能力強化』を一段階引き上げたのは正解だったね)
ゆっくり流れる時間の中で、やや重い感じはするものの、問題なく動ける。
(これなら、いける!)
確信を得て、バラバラに向かって来るゴブリンを見据えて駆け出す。
まず一匹目。目線がこちらに追い付いていない、そいつの首を刎ねる。魔狼の時には意識出来なかった、刃筋が通るのが分かる。
二匹目の腹を薙ぎ、三匹目を袈裟掛けに斬りすて、四匹目の首を刎ねる。
(グロ耐性は精神値の上昇のおかげかな?)
五匹目でようやく、オレに目が追い付く。オレに向けて錆びたダガーを構えようとするそいつに対し、剣を振り上げながら背後に回り込むと、頭頂部めがけてまっすぐ剣を振り下ろす。
結果はまさに一刀両断。固い骨などなかったかのように、綺麗に左右に真っ二になる。
(あと一匹……)
と、探した六匹目は、アリスによって喉を貫かれていた。
(いかんいかん。守る、とか言っておいて周りが見えてなかった。雑魚だったから良かったが、これも要反省だ)
周囲を確認して安全を確認すると、『思考速度上昇』を解除してアリスに歩み寄る。
「教えられるほど剣は使えない。と、おっしゃってませんでしたか?」
何だろう。笑顔なのに、背後に『ゴゴゴゴゴッ』とか見えそうな感じだ。
「……イヤイヤ。ホントデスヨ? 今のは、ズルしたようなものデスヨ?」
思わず、怪しい敬語で反論する。
「……はぁ、まあいいです。あんな動き、やれと言われても無理ですから」
しょんぼりするアリス。
(どうだろう。出来ないのかな?)
確かに、《想像力強化》なしで、複数の魔力の流れを操るのは厳しいだろう。しかし、『思考速度上昇』は必ずしも必要なものではあるまい。
(たぶんアリスなら『身体能力強化』だけでも十分だよね)
アリスをなだめ、ゴブリンの死体を街道の傍にどかして出発を促す。
この場を十分に離れ、さらに進みながら教えることにした。
「アリスは、自分の中の魔力を感じたことはある?」
「……そう、ですね。……分かると思います」
「じゃあ、着火の魔法を使う時、身体の中の魔力から分かれて、指先へと流れる魔力は感じる?」
そう聞くと、アリスは詠唱して、何度か指先に火を点けたり消したりする。
「……はい。確かに、言われてみれば魔力の流れがあります」
「では、詠唱せずにその流れを再現出来る?
それが無詠唱になるんだよ」
「そんなこと出来るわけが、……でも、ご主人様は出来るんですよね」
そう言うと、アリスは立ち止まって人差し指を立てると目を閉じた。
二分ほどそうしていただろうか。おもむろにアリスの指先に火が灯る。
「……出来……ました」
「うん、おめでとう」
アリスは、自分がやった事が信じられないのか呆然としている。
(《想像力強化》は無いはずなのに、オレとたいして変わらない早さだよね……)
結局のところ出来ないという思い込み、……いや、無詠唱の可能性を考えもしないあたりが問題なのだろう。
五千年の停滞の原因の一つなのかもしれない。
「では、応用です。魔力の流れを作り、身体をぐるりと一周させてから、また元の魔力に戻す。これをしばらく維持してみて」
先生気分で言ってみると、また二分くらいで。
「……出来て、います」
出来るようになったようだ。
「そのまま、ちょっとそこら辺を走り回ってごらん」
と促すと。
「すごい! 体が軽いです!」
すぐさま、かなりのスピードで周囲を跳びまわるアリス。
「なるほど、先ほどの動きはこれだったんですね!?」
ご満悦のようだが。
(ふむ、こんな感じなのか)
『身体能力強化』状態での動きは、はたから見るとかなり異常なものに思える。この世界で戦いを生業とする人たちの動きを確認するまでは、あまり人前でやるべきではないだろう。
とはいえ、アリスの機嫌もすっかり直ったし。教えたことに後悔はない。
ーーーーーー
「シェルタ~」
夕暮れの野宿予定地。今日は薪を集めなくて良いとアリスに告げると、オレはノリノリで半径50センチほどの跳ね上げ式の円形扉を《創造》する。
(これは、扉の下に2LDKの空間を持つ、持ち運べる宿泊施設。豪華なテントのようなものなのだ!)
この世界はおろか、元の世界でさえも明らかにオーバースペックな宿泊施設。しかし、暴走と言うなかれ。目立つことはしたくないが、お風呂のためには仕方ないのだ!
と言っても、オレだってまったく考えなしに創った訳でもない。見た目はただの丸い鉄板で、しかも地面に固定したら動かせなくなる仕様。おそらく盗賊は見向きもしないはず。そして、魔物も天候も気にせずにすむのだから、宿泊施設としてこれ以上のものはないだろう。
(これぞ一石三鳥)
決して! 決して!! 風呂のことだけしか考えていないわけではないのだ!
「あの……。これは?」
アイテムボックスから出したと思われたのか、アイテムの発生源については聞かれなかった。
「こうして使うものだよ」
地面に置いて固定し、扉を開く。
これほど大規模な物が創れるのは、《想像力強化》とは別にレベルアップによる知性値の上昇も影響があると思う。
「な!? ……梯子があります!」
「中へどうぞ」
「え゛? ……降りるんですか?」
「大丈夫だから」
恐る恐る降りるアリスの後から入り、扉をロックする。
梯子を降りると六畳ほどの広さのホールになっており、その正面には玄関ドアがある。室内はオレの故郷ではお馴染みの靴を脱いで上がる部屋、そしてオール電化だ(……その電気は魔力で作ってるんだけどね)。
中に入ると広い玄関の正面に廊下があり、その先が三十畳のLDK。廊下の右側には水洗の洋式トイレ二つと、洗面所、脱衣所、そして十人は余裕で入れる大きな浴槽の風呂があり、左側には十畳の寝室二つ。
さらに、この中にあるすべてのものは自動修復&自動洗浄機能付きのメンテナンスフリーで、廃水は浄化して海へ転送するエコ仕様。
今一度言おう。暴走と言うなかれ!
「……うわ〜、綺麗なお部屋ですね♪」
アリスも嬉しそうだし、問題ないのだ。
「では、夕食の前にやるべき事があります」
一通り見て回った後、なぜか敬語でアリスに告げるオレ。
「はい?」
「それは、お風呂に入ることです」
「ああ、お昼に言われていたアレですね」
アリスを促し、脱衣所に入る。
「ここは?」
「服を、……脱いで」
お風呂があり、警戒せずに眠れるベッドがあるのだ。それをしない理由がない。
もちろん、元の世界には好きな子もいた(付き合っていたとは言ってない)。しかし、もう二度と会うことはないのだ。
(そもそも、男ってのは生物的に気が多いものなのだよ)
言い訳終了。
「……あ、は……い」
こちらの雰囲気に何かを感じたのか、素直に服を脱ぐアリス。オレも手早く脱ぐと、一緒に風呂場へ入る。
オレの身長は172センチ。そのオレの肩のあたりに頭がくる、真っ白で小柄な身体。
手の平から少し溢れるくらいの胸の膨らみ(Bカップくらい?)と、薄っすらと毛の生えた股間を恥ずかしそうに隠している。
その様子に、オレの心臓が激しさで飛び出しそうなほどに早鐘を打つ。
(待て待てオレ、落ち着け)
その前にやるべき事があるのだ。
ボディソープや、シャンプー、トリートメント、コンディショナーなどの使用方法、風呂へ入るマナーなどを教えないといけない。
(家族は元気でいるかな? ……まぁ、良く出来た兄貴がいるから問題ないだろうが)
アリスの髪を洗っている時にこんなことを考えたのは、妹のことを思い出したからだ。ほんの数年前まで、少し歳の離れた妹の髪を同じように洗ってあげていたのだ。
「……おぉ」
アリスの髪をすすぎ終わると、光が溢れた。背中まであるストレートの髪は、手入れの不備と旅の汚れでわからなかったが、綺麗なプラチナブロンドだった。
その後、身体の洗い方を教え、アリスを湯船に入れると、急いで自分自身を洗って同じく湯船につかる。
「……ふぅ、お風呂はどうだい?」
「身体の芯まで温まって、とても気持ち良いです♪」
「うんうん、そうだろうそうだろう」
どうやらアリスもお気に召したようだ。
風呂から上がり、柔らかいバスタオルで身体を拭き終わると、もう我慢出来なかった。
「あっ、あの、……ご主人様?」
戸惑うアリスを、お姫様抱っこで寝室へ運ぶ。
「アリス、君が欲しい」
「は……い。……よろしく、お願いします」
そのあとは、アリスが気を失うまで止まれなかった。今日は夕食を食べ損ねたし。文字も教わる予定だったんだが。……十代男子の青い性欲というものを甘く見てました。




