4、異世界二日目
「う……ん」
どこかで鳥が鳴いているらしい。その声で目が覚めたようだ。
よく分からない素材の白く濁った窓から、うっすらと明かりが透ける。
「うおっ!」
隣に寝ていた美少女に驚き、思わず声が出たところで、昨日の出来事を思い出す。
(夢じゃなかったんだな……)
アリスは寝つきが悪かったのか、まだグッスリ寝ているようだ。
(オレの驚いた声で起こさなくて良かった)
起こさないように静かにベッドを降り、剣を持って一階に降りる。まだ少し早いのか、朝食を食べている人はいない。
そのまま裏庭に出て井戸で顔を洗うと、剣を抜き、素振りをしてみる。
(これもまた、経験になるはず)
上から下へ、左から右へ、右上から左下へ、剣を振る。
前へ、後ろへ、右へ、左へ、足を運ぶ。
しばらく無心で降っていたようで、何か掴めた気がし始めたころ。
「おはよう、ございます。……ご主人様より後に起きてしまうなんて。申し訳ありません」
朝に弱いのか、少し不機嫌そうなアリスが降りて来ていた。
「ん? ……お、おう、おはよう。気にしなくて良いよ。顔を洗ったら、ご飯食べに行こうか」
「……分かりました」
アリスが顔を洗っている間に、ステータスを確認する。
アキラ
レベル:3
体力:45/50 魔力:∞ 筋力:17 敏捷:17 器用:15 知性:13 精神:14 幸運:100
スキル:柔術(1)、剣術(3)(new!)
アビリティ:アイテムボックス、学習能力上昇(new!)
ギフト:創造、無限の魔力
素振りをしただけで剣術(3)のスキルを入手していた。
(いきなり剣術(3)とかチョロ過ぎる気はするな。と言っても、それがどの程度なのかは分からないんだけど)
学習能力上昇というアビリティは昨夜創った能力で、言語の習得を効率良く行うためのものだ。寝ぼけていたが、ちゃんと創れているようで安心した。
レベルも順調に上がっているようで、すでに3になっている。昨日、長距離を歩いたのも影響しているのだろうが、筋力や敏捷など元の倍近い。実際に力こぶを作ってみると、以前より固くなっている気はする。
「お待たせして申し訳ありません」
「ん? いや、大丈夫だよ。行こうか」
ゴツいおっちゃんの奥さんらしき、ふくよかなおばちゃんに朝食を頼み、端の方のテーブルに座る。
朝食は黒パンとクリームスープだった。この世界に来て初の、保存食ではないまともな食事。黒パンは固くパサパサだったが、クリームスープはまあまあ美味しい。
そして朝食をたべながら。
「では、ご主人様は異世界? からいらした、と?」
神(?)のことや、この世界へ来た理由などは伏せ。事故にあい、気が付いたらこの世界にいた。という感じで話してみた。
「信じられない、かな?」
「いえその、……異世界? と言われましても、聞いたことがございません」
どうやら、この世界の他に別の世界がある、という考え方がないようだ。と言っても、翻訳の指輪が「異世界」という単語をどのように訳しているのかが分からないのだが。
「あ〜……。うん、誰もいないような、ものすごい山奥から出て来た。って感じかな?」
「なるほど、異世界は私が生まれた村より田舎なのですね。聞いたことはありませんが、それほどの田舎なら仕方ありません。ご主人様の常識の無さに納得が出来ました」
サラッとディスられた気はするが、朝食を食べ終わる頃には機嫌が直ってきたようだ。
「そもそも、ご主人様は優し過ぎるのです。奴隷を、ただ宿に泊めるなんて。……だから、昨夜は、そういうことなのだろうと……ゴニョゴニョ……」
なぜか真っ赤になってうつむいてしまった為、後半はよく聞こえなかった。
その後、宥めすかしながら根気よく話を聞くと、宿泊するとき、奴隷は軒下か良くて納屋くらいなものらしい。ヘタなご主人様に買われるくらいなら、商品として大事にされ、モチベーションの為に少ないながらも給金が出るという、娼館に売られた方がよっぽどマシなのだそうだ。
(再び出ました、異世界トンデモ常識。人権? ナニソレ美味しいの? って感じだね)
アリスも見た目の良さから、この先の港町の娼館へ売られるはずだったらしい。
「まあ、これで知ってて当たり前な事も怪しいと分かって貰えたかな? ということで、この世界の常識面でのフォローと、言葉と文字、それから魔法も教えて欲しいんだ」
「言葉は問題なく話されていると思いますが? それに、私は生活魔法しか使えませんよ?」
「言葉は、この指輪で翻訳されているんだよ。あと、その生活魔法を教えて欲しいんだ」
左手の指輪を見せながら言うと。
「そんな聞いたこともない魔法のアイテムをお持ちなのに、生活魔法をご存知ないなんて……」
と、呆れられてしまった。
そもそも、この世界は全世界的に同じ言葉、同じ文字らしい。
嗚呼、素晴らしきかな、この世界!
「よろしく頼むよ」
「分かりました。お任せ下さい」
最終的には、保護欲を掻き立てられたらしく。
「ご主人様は、私が守ります!」
なんて言ってくれた。
(えぇ娘や〜。この娘えぇ娘や〜)
ーーーーーー
「お世話になりました」
次の目的地である港町までは徒歩でニ、三日かかるということなので、村内を回ったりせずに出発することにした。
「おう。またのお越しを」
気軽な感じで手を振るおっちゃんにオレも手を振り返して宿を出ると、夜は分からなかった村の様子が見える。
木造の、ほぼ平屋の家並み。見える範囲では、宿屋が一番大きな建物だ。
「何か必要なものはある?」
拳二つほどの間をおいて隣を歩くアリスに聞いてみる。
ニ、三日かかり、港町への街道沿いには集落もないという話なので、最低一回は野宿である。が、どちらかと言うとインドア派のオレに野宿の経験などない。
「保存食は十分にありますし、まだ寒くなる時期ではないので大丈夫だと思います」
アリスも野宿の経験は少ないらしい。自信無さ気に答えてくれた。
(まぁ、いざとなれば創れば良いか)
ということにしておく。
「じゃあ、出発しようか」
「はい」
村を出て南へ向かう道中。
「あ、そうだ。これを身に付けておいて」
そう言って、オレのと同じ、シンプルな銀の腕輪を渡す。
違うのは、防御フィールドが任意発動ではなく自動発動になっていること。装着者に迫る危険に反応して自動で防御フィールドを張ってくれるように創ってみた。
他にも、腕輪の位置がオレに分かるようになっているので、もし大都市などではぐれても安心だ。
「え? このようなものを頂いてよろしいんですか!?」
凄い勢いで聞いてきた。
「お、おう。お守りみたいなものだから」
「ありがとうございます♪」
異世界の女性もアクセサリーが好きなのは変わらないらしく、ニコニコしながら腕輪を撫でている。よっぽど嬉しかったのか、自動でサイズが調整された時に少し驚いていたが、すぐに気にならなくなったようだ。
(やっぱり女の子には笑顔でいてもらわないとね)
そんなつもりはなかったのだが、喜んでいただけて何よりです。
ーーーーーー
「今日は、ここで良いかな?」
その日は魔物にも盗賊にも遭遇しなかった。といっても、村より南、町に近いこの辺りは、頻繁に見回りが行われているらしく、めったに出ないという話だ。
「はい。大丈夫だと思います」
まばらに木が生える自然豊かな一本道。のどかな雰囲気の中に危険を見出すのは難しいが、アリスたちが魔物に襲われたのはつい昨日の出来事なのだ、油断はするべきではないだろう。明るいうちに、林の近くの見通しの良い所で野宿の準備に入ることにした。
(うん、絶好調だね)
ステータス上昇のおかげか、まあまあ歩いたはずなのに昨日ほどの疲れはない。まぁ、ステータスというシステムを持たないアリスもまだまだ元気いっぱいだが、危険な異世界で生まれ育ったがゆえの身体能力の高さであろう。
(そう、けっして元のオレが貧弱だったわけじゃない!)
何かに言い訳しつつ手分けして薪を拾ってくると、アリスに火を点けてもらう。
そして、夜空に細い三日月が昇る頃。
「じゃあ、今日は魔法を教えて」
黒パンに干し肉を挟んだものを食べ、人心地ついたのでお願いしてみると。
「分かりました、おまかせください」
少し嬉しそうな表情をしたアリスは、居住まいを正し話し始める。
「まず、魔法とは魔力を使い世界を変えることです。そして、魔法を使うには、魔法語による詠唱と、起こす結果のイメージが必要です――」
そして一通り魔法とは何かを語り。
「では、やって見ますね」
と言って、人差し指を立てると。
「小さな火を灯せ。着火」
人差し指にライターサイズの火が灯る。
(ん? 魔法語は?)
と思ったところで翻訳の指輪の存在を思い出した。
「あ、ごめん。もう一回お願い」
指輪を外し耳をすます。
「asm、fil、lam。ign」
相も変わらず綺麗な声だ。だがしかし。
(うん、さっぱり分からん)
指輪をはめて、アリスに聞いてみた。
「魔法語の詠唱って、どういう役割りがあるの?」
「魔力を導き、形作る補助と、発動のきっかけだと言われています」
「なるほど。じゃあ、やってみるから、間違ってる所を教えてね」
また指輪を外す。
「asn? file? le……」
「asm、fil、lam」
「asm、fil、lalu?」
「asm、fil、lam。ign」
「asm、fil、lam。ign」
言えたらしい。笑顔でウンウン頷いてくれた。
それにしても、聞いたこともない言葉の割に、スムーズに頭に入った気がする。
(これはアレか? 学習能力上昇の恩恵か?)
この世界の言葉と文字を覚えやすいように創った能力のつもりだったが、魔法語の習得にも効果があるようだ。ひょっとすると、今朝の剣術スキルの成長にも関係があるのかもしれない。
(そんなつもりはなかったんだけど、けっこうなチート能力を創っちゃったのかも)
まぁ、意図しなかったとはいえとても有益な能力なのだから、得をしたのだと思っておこう。
気持ちを切り替え、いよいよ実践。今度は人差し指を立て、火を点けるイメージを持ってやってみる。
「asm、fil、lam。ign」
ごくわずかな魔力の流れを感じると、立てた指先にポッと火が点いた。
「おし! 成功!」
火が点いている間は、魔力が少しづつ消費されているようだ。
(これは……。魔力の流れをなぞれば無詠唱でいけるタイプでは?)
オレが知る異世界ものの物語の魔法システムに近い。
火のついた指先を観察しながらそんなことを思っていると、アリスが何か言っているので魔法を解除して翻訳の指輪をはめる。
「スゴイですご主人様。こんな短時間で使えるようになるなんて!」
「いや〜。それほどでも〜」
いかんいかん。色々ズルしてる結果なのに調子に乗ってしまいそうだ。
「ところで、無詠唱って聞いたことある?」
「無、詠唱? ……詠唱せずに魔法を使う、ということですか?」
「そうそう」
「そんなこと出来ませんよ」
「なぜ?」
力一杯否定したアリスだったが、再度の問いに戸惑ったように答える。
「なぜって、……そんな話、聞いたこともありませんし……」
「出来ないってことが証明されてる訳じゃないんだよね?」
「それは……。そうなんですけど……」
そこまで聞いて、試してみる。
(まずは、身体の中の魔力を感じる)
火を点ける時の魔力の流れを、逆にたどるように身体の中に意識を向ける。
すると、今まで意識していなかった膨大な力を感じる。
(これを指先に流し集める)
身体の中からごく小さな支流を作り、肩から肘、肘から手首を通して指先に集める。
(ここで、指先に灯す火のイメージ)
魔力の形が変わる。
が、火が点かない。
(……あれ? ……そうか。発動のきっかけが必要なのか)
おそらく、詠唱の最後の部分。
「ign。だったっけ」
言った瞬間。指先に集めた魔力が脈打ち、その感覚と共に魔法が発動する。
「おぉ。なるほどね」
さらに、魔力の流れを太くすると、イメージの形のまま、火のサイズが大きくなる。
(魔力の量で発動する魔法の大きさが違うな。……でも、これは魔法の威力が違うとは言えない、かな?)
納得するオレの隣で、アリスが目を見開いてこちらを指差していた。
「な、な、なんでそんな事が出来るんですか!?」
あまりの剣幕に。
「えー、……やってみたら出来た?」
正直に答えると。
「もう知りません!」
そう言って、「私は怒ってます」と言わんばかりに頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
その後、何度か呼びかけるも、機嫌が直ることはなく、仕方ないので二交代制を宣言して、先に眠りにつく。
(少し前までご機嫌だったんだけどな〜)
これが、女心と秋の空というやつなのだろうか。