3、異世界初日
「……どうしたものか」
呟くオレをキョトンとした顔で見上げる少女
(綺麗な青い瞳だな……。って、違う!
まぁ、考えるまでもないんだけど。そのうちちゃんと言葉を学ぼう)
一生をこの世界で過ごすことを考えれば、それに頼りっぱなしではいけないと自分を戒めるのだが……。外国語の授業が苦手であったことを思い出し、学ぶのに時間がかかりそうだとウンザリする。
逸れかけた思考を戻し、翻訳機能を付与した指輪を左手の中指に創る。
「あ~……、大丈夫かな? どこか痛い所はない?」
「あ、はい。大丈夫……、です」
そう言いながら、狼(?)に襲われていたのを思い出したのか、周囲を見回し色々確認した後に自分の身体を見下ろす。
さらに、オレが持っている空の小瓶を見てから、焦ったように口を開く。
「私ごときの為に高価な薬を使わせてしまい、申し訳ありません。魔狼は、ご主人様が倒されたのですか?」
「気にしないでいいよ。当たり前のことをしただけだから。魔狼? は運が味方して何とか倒せたよ」
狼(?)は魔狼と言うらしい。
オレの持つファンタジーの知識によると、強い魔力を持つに至り、より強く凶暴になった狼といったところだろう。
そこでふと、聞き捨てならない単語があったことに気づいて問い返す。
「ご主人様って言った?」
「あ、はい。私は奴隷ですから……」
そんなオレに答えながら、少女は自らの首をぐるりと一周する、入れ墨のような青い線を見せる。
(この世界は奴隷制度有りか!)
その衝撃の事実に、オレの中のエロくてゲスい部分が密かにガッツポーズする。
そして、状況を確認するふりをして手短に話を聞いた感じでは、都市や村などの外、人の居ない所での拾得物は拾った人のものになるらしい。つまり、所有者のいない奴隷は拾った人のもの、ということになるようだ。
もちろん、所有者を殺して奪おうとするなど、いくつか成立しない条件はあるようだが、今回は問題無く所有権が移っているはずだという話。
(早速出ました、異世界トンデモ常識)
そんな話をしていると。
「よろしければカードでご確認ください」
こんなことを言ってきた。
(カードって何?)
と思ったが、異世界ものの物語でオレが知る設定を思い出し、取り敢えず念じてみる。
(カード……)
出て来ない……。次は言葉と共に念じてみる。
「カード!」
出て来なかったら赤っ恥だったが、言葉を発した瞬間、掌から現れる。
名前:アキラ・サトウ(♂)
年齢:17
出身地:イーサリー地方
犯罪歴:なし
所持奴隷:アリス(♀、年齢:15)
表示される情報はこれだけで、オレが生まれ育った国の言語で書いてあった。
(レベルとか能力値とかは無いのかな?)
カードは、この世界での身分証明書となり、産まれた時から持っているらしい。犯罪歴は、罪状と指名手配をしている都市名が記入されるそうだ。また、奴隷のカードは主人のカードと統合される。その結果として、主人のカードに名前が記載されることになるようだ。
ちなみに、イーサリー地方というのはこの辺りのこと。つまり、この世界に降り立ったあの草原が、オレの出身地になっているということだ。
「アリスっていうんだね。オレの名前はアキラ。よろしくね」
と言いながらカードを見せる。
「アキラ・サトウ様。家名をお持ちなんですね。よろしくお願いします」
どうやら読めるようだ。しかし、言葉が違ったのだから、この世界の文字がオレが使っていたものと同じということはないだろう。つまり、読む人によって表示される文字が違って見えていると思われる。と同時に、アリスは最低でも文字が読める程度の教育を受けていることが分かる。
家名に関しては、王侯貴族や騎士の他、過去に功績のあった平民も持っていることがあるらしい。
(とりあえず一安心かな?)
家名のせいで貴族だと誤解されたりはしないようだ。
そんな話をしながら、馬車を漁り。慣れたのか、テンションが高かったおかげで大丈夫だったのか、埋葬する余裕のない死体から使えそうな物をいただいたりした。
(蘇生薬は駄目だったか)
創ろうとはしてみたのだが、何の手応えもなかった。《創造》には一部制限があるという話だったし、それの一つが死者蘇生であるのは当然と言えば当然だろう。
それから、二人ともボロボロで血塗れになっている服を着替えた。アリスは革靴に茶色がベースの町娘のような服。オレは白いチュニックに茶色のズボンと革靴。その上に、胸当て、前腕を覆う籠手、脛当てと、すべて革製の冒険者装備だ。
(急がないと……)
先ほども思ったが、ここは森が近い。血の匂いに惹かれて、何が出て来てもおかしくない。
食料など、ある程度の物資を馬車にあった荷袋に詰めて背負い、さぁ出発。となった時、置いて行くことになる大量の物資が勿体無かったので、思い付いたことを試してみる。
(アイテムボックス……)
今までにない大量の魔力が消費される感覚とともに能力が創られる。
「さぁ、行こうか」
アリスに出発を促し、視線が外れたところで、アイテムボックスの能力を発動。音も無く現れた黒い窓に、馬車に残った物資を根こそぎ放り込む。
(この能力は定番だよね)
容量無限の質量無視。内部は時間停止で、温かい物は温かいまま、冷えた物は冷えたままだ。
個人的には魔法の世界にありがちな能力だと思うのだか、この世界には存在しないようだ。
(そういえば、アレも無いっぽいんだよね)
オレが知る異世界ものの物語の定番システムのことを考えながら、少し先を行くアリスに追い付く。
「今日中には、この先の村に着くんだよね」
「はい。夜遅くなりますが、この近くで野宿するよりは良いと思います」
この辺り出身のはずのオレが、この近くの村の場所を知らないことを疑問に思ったのか、アリスがキョトンとした視線を向けてきた。
(まずかったかな?)
思わず目をそらし見上げてしまった先に、地球と同じ様に赤く染まり行く空が見えた。
ーーーーーー
「アリスは、奴隷を解放する方法って知ってる?」
暗くなり始めた空を見ながら、歩き続ける疲れを誤魔化すように聞いてみた。
この世界の成人は十五歳。山向こうの村で産まれたアリスは、小さい時に両親を失った後、村人たちによって育てられたらしい。今年その村は深刻な飢饉に陥り、アリスは村への恩返しとして、食糧を買う金の為に自らの意志で奴隷として商人に売られたそうだ。
「はい。主人の許可があれば、契約魔法で解放出来ます」
どうやら常識だったらしく、バカにされたと思ったのか。
「そのぐらい知ってます。これも契約魔法ですから」
と、首の青い線に触れながら軽くにらまれた。
が、すぐに心配そうな顔をして聞いてくる。
「ご主人様は、私を解放されるおつもりですか?」
「なにか問題でも?」
先ほどは奴隷制度を喜んだが、その方が一番最初の好意を得るためのハードルが低くなることを期待したからだ。オレのようなフツメンが女子から好意を得るためには、そのくらいの事がないと無理なのだから仕方ない。
(まぁ、惜しいとは思うけどね)
奴隷美女とイチャイチャするのは、全男子が憧れるシチュエーションである! 異論は認めない!
そんなことを思っていると、少し迷いながらアリスが答える。
「私は……、一人で生きる術を持ちません。故郷の村も食糧は厳しく、今さら帰る訳にも……。ですから、ご迷惑でなければ、ご主人様のお側に置いて下さい」
村に帰っても、また売られる可能性が高く。アリス的には、一度身売りをしたことで恩返しは終了しているので、村に帰るよりはオレについて行きたい、と。
(で、そのオレとの繋がりを得る手段が奴隷という訳か)
オレ一人で魔狼を倒してしまったので、頼りになる男だと思われているのかもしれない。
「うーん……。いいの? その場合、オレは遠慮しないよ? あんな事やこんな事しちゃうよ?」
ニヤリと笑い、手をワキワキと動かしながら聞いてみる。
「あ、あぅ……。か、覚悟は出来ていま……す」
言質を得てしまった。そういう事をして良いらしい。
オレ的に、一度手を出してしまえば、アリスは完全にオレのものということになる。それすなわち、オレにはアリス守る義務があるということになる。
(と言っても、元の世界ではケンカすらしたことがない平凡な高校生だったんだよね)
せいぜい授業で柔道を習ったくらいである。戦い方など、まったく知らない。
(能力の使用を自粛してる場合ではないってことだよね)
身体能力強化を付与したアイテムなどは有効だとは思う、しかしそれでは駄目なのだ。もっと根本的に、自分自身を強くしたいと思っている。
(ならどうするか)
そこで思い出す。この世界には無いことに気づいた、オレが知るゲームや異世界ものの物語で定番のシステム。
(ステータス…………)
世界全体ではなく、自分だけを対象にシステムを創る。ごくごく限定された範囲のものだが、それでも膨大な量の魔力を消費したのが分かった。
(ステータス)
今度は、システムを発動する為に念じると、青白い半透明なウィンドウが視界の中に開く。
アキラ
レベル:1
体力:12/20 魔力:∞ 筋力:10 敏捷:10 器用:10 知性:10 精神:10 幸運:100
スキル:柔術(1)
アビリティ:アイテムボックス
ギフト:創造、無限の魔力
レベルは1。残念ながら、システムを創る前に倒した魔狼の分は関係無いようだ。
(幸運値100!? ……うん。なんだか納得した)
この世界に来れて、その日のうちにアリスに出会えたのだ。それを考えれば当然の値だろう。
(それか……)
神(?)が別れ際に「幸運を祈る」と言ってくれたのを思い出した。ひょっとしたら、神(?)の祝福みたいなものがあるのかもしれない。
(にしても、他の能力の10という値がどのくらいなのかがさっぱりだ。……ひどく雑魚っぽいけど)
そんな気持ちを追い払うかのように。
(このステータスというシステムは、様々な経験を積みレベルアップすることで、効率的に能力を上昇させることが出来るのだ!)
と、心の中で誰にともなく語っていたら。
「あの、……ご主人様?」
ぼんやりしているように見えたのだろう。アリスが心配そうに話しかけてきた。
「あ、ごめんごめん」
「お疲れなのですね。あそこがテルミ村ですよ」
いつの間にか、村の灯りが見えるくらいまで来ていたらしい。
ーーーーーー
「通っていいぞ」
そう言うと兵士は、カードを返しながら門を開けてくれた。
テルミ村は、高さ3メートルくらいの木製の塀に囲まれた集落だ。
門をくぐったオレたちは、この村唯一の酒場を兼ねた宿屋の場所を門番に聞き、そこへ入る。
盛り上がっている酒場を見回していると、ゴツいおっちゃんが話しかけてきた。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「はい、二人部屋をお願いします」
オレの答えに、なぜか少し身を強張らせるアリス。
「二人部屋だと……、空いてるのはダブルになるけど良いかい?」
と、おっちゃんが聞くが。
(……ダブルって、ベッドが二つだっけ?)
歩き続けた疲れがあり、宿に着いたことで安心したためか、急激に眠くなり、考えるのが面倒くさくなる。
「えぇ、大丈夫です」
カウンターへと向かいながら話を続ける。
「料金は一泊朝食付きで銅貨五十枚。他に、桶と手拭いとランプは、それぞれ銅貨一枚で貸し出すぞ」
宿の規模から予想はしていたが、やはり風呂はないらしい。裏の井戸を使って桶に水を溜め、手ぬぐいで拭くだけ。
「分かりました。とりあえず一泊で、ランプを一つ、桶と手ぬぐいを二つずつお願いします」
そう言って、銅貨五十五枚をカウンターに置く。
これで所持金は、金貨五枚、銀貨六十二枚、銅貨百三十枚になった。このお金は商人たちが持っていたものだ。ありがたく使わせてもらっている。
ちなみに、金貨一枚=銀貨百枚、銀貨一枚=銅貨百枚。金貨二枚あれば、四人家族の平民が一年過ごせるらしい。この世界には、電気、ガス、水道などの公共料金は無いだろう。なので、銅貨一枚が百円くらいになるのだと思う。
「まいど」
そう言って、おっちゃんが手を出してくる。
一瞬戸惑ったが、ふと思い当たり、カードを出して渡す。
「アキラ・サトウ、ね」
どうやら正解だったらしい。宿帳に書き込んでいく。
(そういえば、文字と言葉を覚えないとな)
寝ぼけてタガが緩んだのか、さほど考えずに思い付いたアイデアを実行しておく。
「はい。部屋は209ね」
「分かりました」
鍵とランプ、桶と手ぬぐいを受け取り、井戸で水を汲んでから二階に上がる。
扉を開けると中は真っ暗だった。部屋の前でランプ片手に戸惑っていると。
「あ、私が点けますね」
そう言ったアリスが、なにかモゴモゴと呟くと、指先に火を灯してランプに火を点ける。
「アリスって、魔法が使えるの!?」
「え? ……生活魔法ですよ?」
どうやら、この程度のものは誰でも使えるらしい。
あらためて、常識を教えて貰う必要を感じる。
(やっぱり、アリスにはオレが異世界人だと話しておくべきか?)
と、思ったものの。明日で良いか、と部屋に入る。
(あ〜……。ダブルって、ダブルベッドか。……まぁ、いいか)
女の子と同じベッドで寝たことなど、もちろんない。だがしかし、とにかく眠い。
「オレ、あっち向いて身体を拭くから、アリスもさっさと拭いて、今日はもうベッドに入ろう」
「は、はい……」
手早く身体を拭き、ワラの上にシーツを敷いた簡素なベッドに、チュニックとパンツで寝転がる。
横を見ると、丈の長い肌着姿のアリスが、ベッドの脇でモジモジしている。身体は拭き終わっている様子。
「ん? 早く入りなよ」
「わ、分かり……ました」
アリスがベッドに入り、ギュッと目を閉じたのを確認して、ランプを消す。
目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
夜の日本から、昼頃のこの世界に来た。おそらく、朝起きてから二十時間以上起きていたことになる。
本当に、長い一日だった……。