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裏.ある少年の覚悟 ※タイチ視点

「タイチ、少しは頭が冷えたかい?」


 黙りこんだオレに、カオル兄は少し声を和らげた。


「サク様が自分に特別な感情を持っていなかったことが許せなかったんだろう? あの子は良くも悪くも子供っぽいところがあるからね、惚れた腫れたの話はまだ分からないんだよ。サク様にとってお前は、ただの遊び仲間でしかなかったってことさ」


 カオル兄の言葉は的確にオレの胸を切り裂いた。オレはうぬぼれていたのかもしれない。確かにアイツのオレへの態度は、幼いころとなんら変わっていない。大抵の女は15にもなると、手練手管を身に付け終えているにも関わらずだ。


 オレだってかなり血筋のよい分家の生まれだからか、女に言い寄られたこともそれなりにある。なんならサクより年下の奴もいた。そいつらと比べても、圧倒的にサクは女っぽくない。


「それでも時間をかければ心は動かせると踏んでいたんだけど……流石に今回のことは僕も予想外だった。まさかサク様に神託が下りるとはね。しかも東に嫁げだなんて、聞いたこともないお告げだ。お前も驚いただろう?」


 カオル兄は苦笑する。その笑みに一瞬陰がよぎったのはオレの見間違いだろうか? 瞬きの間でその陰は消え、代わって真剣なまなざしがオレを射抜いた。


「さて、そろそろ聞いておこう。タイチ、お前はいったいどうするんだ?」



 ――――――



「どうするんだ、って……どういう意味だよ」


「どうもこうもないさ」


 カオル兄はオレの肩に両手を乗せ、グッと目を覗き込んできた。


「お前はサク様が好きなんだろう? このままサク様がトヨサトを出ていくのを黙って見てていいのか、と聞いているんだよ」


「!」


 いきなり核心を突かれて心臓が跳ねる。それはオレが今日一日ずっと考え続けて、答えが出なかった問題だった。


「正直に言うと、僕はお前にならサク様を任せてもいいと思っていたんだ。なんだかんだ言って、お前はちゃんとあの子を大切にするだろうからね。だけど、東国の人間といえば野蛮で粗野なことで有名だ。結婚してもサク様を幸せにできるか……。怪しいもんだ。タイチ、お前はどう思う?」


「オレは……オレもそう思う。アイツが辛い思いをするんじゃねえかって」


「僕もそれが心配なんだ。僕がサク様に同行するのも、一つにはその相手をこの目で確かめなきゃ納得できないっていうのがあってね。トヨサトにいたままじゃ、何も分からないわけだし」


 カオル兄の話はなおも続く。


「タイチ、本当にここで何もせず別れていいのか? たしかにサク様はお前のことを何とも思ってないかもしれない。けれど、お前の気持ちは、あの子に届かない程度で折れるようなものだったのか?」


「ああ? そんなことはねえよ!」


「そう? ないっていうんなら、ここが正念場だよ。なにしろ明日にはもう旅立つわけだから」


 カオル兄はあくまで冷静だ。そう、オレにはもう時間がない。


「タイチ、よく聞いて。ここでサクを黙って見送るのは簡単さ。だけど、それは逃げじゃないかと僕は思うんだよ。自分の気持ちに蓋をして嘘をついて、サクへの気持ちをなかったことにしてこの里で生きていくのか? タイチ、お前はそれで幸せかい?」


 カオル兄の言う通りだ。オレにはサクがいなくなったトヨサトが想像できない。


 オレがそう言うと、カオル兄は一度大きく息を吐いた。そして素早く辺りを見渡し、オレを手招きする。オレが訝しみながら顔を近づけると、カオル兄は耳元で囁いた。


「それと、これは言おうかどうか迷ったんだけど……言わずにいて恨まれたくもないから言うことにするよ」


 他言無用だ、と念を押してカオル兄はオレに衝撃の事実を告げた。


「今回の旅は、お前やみんなが考えているほど安全なものじゃない。サク様が平気な顔をしているから黙っているけれど……死ぬ可能性だってあるんだ」


 ザアッと血の気が引いた。おそらく今のオレは幽鬼のような顔をしていることだろう。死ぬ? アイツが? ……アイツは覚悟がどうとか言っていたけれど、その言葉の重みを分かっていなかったのはオレのほうだったのかもしれない。オレがサクに対して抱いていたイライラとかモヤモヤは、その一言で全部吹き飛んでしまった。


「だから余計にこうしてお前に話しておこうと思ったんだよ。サク様は、命をかけてでもこのトヨサトを出ていくことを決めた。僕も、ユキも同じだ。今度はお前が決断する番だ。……さあ、もう一度聞こうか、タイチ」


「お前は、いったいどうするんだ?」


 カオル兄の二度目の問いかけに、もうオレは迷ったりしなかった。



 ――――――



「オレも付いていく。いいだろ? カオル兄」


 オレがそう言うと、カオル兄はわずかに目を見開いた。


「急に思い切ったね」


「カオル兄のおかげで決心がついただけさ。やっぱり、オレはサクが好きだ。どうしても嫌いになれそうにねえ。アイツが危険な目に合ってるのに、側にいて守れないのは嫌なんだ。アイツがオレの知らないところで、その、死んだりなんかしたらと思うと、目の前が真っ暗になる。絶対にオレが守りきる」


「それは分かるけれど、お前が出ていったら悲しむ人もいるだろう?」


「……分かってくれるさ。それでも、サクを追いかけたいんだ」


「たとえ自分を好いてはくれなくともかい?」


「ああ。それでもいい。アイツを守れればそれだけでいい」


 オレがきっぱりとそう答えると、カオル兄はしかめっつらを崩してオレの肩を叩いた。


「よく言ったよ、タイチ。お前が決めたことなら、僕も最大限協力するよ」


 カオル兄のその笑みを見て、オレは心から安心した。やっぱりカオル兄はいつもオレを助けてくれる。それからオレたちは具体的な作戦を立て始めた。


「長へは僕が話しておく。お前はすぐに旅の準備をしなさい。足りないものがあれば僕に言ってくれ。いいかい、くれぐれも家族には秘密にしておくんだよ。バレたら引き止められるのは目に見えているからね」


 オレはすぐに家に帰り、一晩かけて旅支度を整えた。愛剣には丁寧にヤスリをかけ、物置からオレ用の甲冑をこっそり運びだす。家族には会わなかった。「置手紙を残しておけばいい」というカオル兄の助言に従って、手紙を書いただけだ。


――二度と帰らないかもしれないが、その時はオレは死んだと思って忘れてくれ――


 筆を置いて外を見やれば、もう夜が明けようとしていた。



 ――――――



「……アンタがなんで付いてきてくれる気になったんかは分からへんけど、二度と帰れんかもしれないんやで? それでも、ウチと一緒に行くっていうん?」


「ああ。ここでオマエを見送ったら、オレは一生後悔する。だから付いていく」


 オレが目の前に現れたとき、サクはずいぶん驚いているようだった。昨晩あんなに言い争ったのだからそれも当然かもしれない。けれど昨日とはまるで違う。オレは久しぶりに清々しい気持ちだった。


「分かった。ウチと一緒に来てや。アンタがおると、心強いわ」


 オレの本気が伝わったのか、サクはそう言ってにっこりと笑った。その言葉にオレは不覚にも照れてしまう。くそ、自分の感情は後回しにしようと決めたばかりなのに。例え恋愛感情から出た言葉じゃないとしても、アイツがオレを頼りにしていると言うならオレはその期待に応えよう。それがオレが選んだ道なのだから。


 一行に加わったオレに、ユキが小声で話しかけてくる。


「タイチ様どうしたんですか、昨日あんなに喧嘩していたのに」


「ああ、昨日カオル兄にいろいろ聞いて決めたんだよ。よろしくな」


「……そうですかー。分かりました! こちらこそ、これからよろしくですー」


 屈託のない笑顔にオレもつられて笑みをこぼす。そこへカオル兄も近づいてきた。


「タイチ、お前が来てくれてオレも嬉しいよ。二人でサク様をお守りしていこう」


「もちろんそのつもりだよ。オレ、カオル兄にはほんとに感謝してる。ありがとう」


 いつもは照れて満足に礼も言えないオレだが、今回ばかりは思い切って口に出してみた。そんなオレの言葉に不意を突かれたのか、カオル兄は一瞬真顔になった。が、すぐにいつもの微笑みを取り戻し、オレの肩を軽く抱いた。


「……ああ、僕もお前には本当に感謝しているよ」


 カオル兄の体重を感じながら、オレは先のことに思いを馳せる。これからオレたちはオウミの豪族のもとで冬を越すらしい。雪解けまでの間、カオル兄に剣の稽古をつけてもらおう。オウミの一族と手合わせもしよう。とにかく今は少しでも力が欲しい。


 踊るように先を行くサクの背中を見ながら、オレは強くなることを心に誓った。



ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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