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かんわ!    『名も知らなかったあいつ』

 サンタくん視点の話です。

 これで「1月2日のサンタ」はおしまい。ですが、続編「サンタくんのうわさ」があります。糖度があるはずのそちらも、もしよろしければ読んでみてください。

 それでは、どうぞ!



 あいつが部屋の明かりを消したことを確認してから、俺はゆっくりと白い袋を開いた。


 この袋の中には、配布する対象のための初夢が全て詰まっている。対象が寝入ったことを確認してから、その自宅付近で袋を開けることで、夢を配ることができる。配る夢は自動的に選択されて勝手に出ていくので、俺は袋を開封するだけでよかった。


 妙に膨らんだ白い袋から、霧のようなものが滲み出てくる。何度見ても気色が悪い。俺としては、こんなのが良い夢を見せることができるとしても、断固断る。

 夢はあいつの部屋に向かい、ベランダのガラスを通り越していった。たぶん届いたはずだ。


 しかし、改めて考えるとこのバイト内容はつくづく現実離れしている。今後他の新しいバイト先に応募するにしても、履歴書のバイト経験に『初夢を配るサンタ』と書くなんて無謀、聡明な俺は起こす気はない。

 そんなことをすれば、良くて門前払い、悪ければ精神科を紹介される。もしくは中二病をこじらせたかと勘違いされるか。教師には優等生で通っている俺に、そんな汚点は必要ない。


「そう考えると、あのチビは変わっている」


 先程まで会話をしていた小生意気なガキが、思い浮かんだ。

 奴は俺が初夢を配るサンタだと知る前から、変態だの眼鏡だのギャーギャー騒いでいたが、結局は俺を信じた。

 チビでガキなあんなのでも一応年頃の女だから、多少は警戒心を持つべきだ。世の中にいる特殊な趣味を持つ輩が、興味を示さないとは限らないはず。


たつつき……か」


 あいつは気づいていなかったようだが、チビと俺は同級生だ。組は異なるが、奴の噂は俺の耳にも入っていた。

 C組の愛玩動物としての認識は、学年を通してされている。やはり皆考えることは変わらない。あれはどこからどう見ても、小動物だ。

 だが、俺がそう思ったのは、今日が初めてだった。

 以前校内で目にしたあいつは、到底そうは見えなかった。



 ***



 最初に視界に入ったのはいつだったか。あまり詳しくは覚えていないが、入学して1ヶ月後頃だったはずだ。


 フラフラとおぼつかない足取りで歩く少女の後ろ姿を、偶然俺は廊下で見かけた。

 時間帯までは思い出せないが、確か休み時間中だ。


 そいつはまるで酔っぱらいのように、いつ転んでもおかしくない足運びで前へ進んでいた。

 重い荷物を運んでいるのかと思えば、奴は両手を下におろしているので、それは違うとわかる。となれば、体調が原因だろう。


 正直俺は面倒だと思った。ここで変に気を効かせるのが、後に外聞として良いことは実感していたが、後々のことを考えるとなかったことにしたい。

 何しろ、頭も運動神経も抜群で、顔も優れている優等生の俺はモテる。自慢じゃなく、事実だから致し方ない。友人からは、オブラートに包めとも言われるが、知ったことじゃない。


 幼い頃からこの整った顔目当てで、周りの女共がピーチクパーチク口やかましく騒ぐことは珍しくなかった。

 昔はガキなりに困っている人がいれば助ける、くらいの道徳心に従って行動していた。だが、助けた奴らのうち女全員が俺に脈アリだと勘違いをして、彼女顔をして擦り寄ってきた。酷い時にはその延長で、ストーカーの被害を受けたこともある。

 そのため、俺は極力、女には手を貸さないことにしている。面倒事から身を守る防衛策だ。


 この時も、俺はすっかり傍観する気でいた。

 歩調を早めて通り過ぎようと決意したのに、時間はかからなかった。

 だが、俺の考えをよそに、その女子生徒はふらりと体勢を崩した。

 目の前でしゃがみこまれれば、さすがの俺でも無視はできなかった。優等生という評価を崩すわけにはいかない。

 内心舌打ちをしながら、俺は平常心を心がけて話しかけた。


「大丈夫ですか?」


 俺なら絶対に大丈夫なわけがないだろバカが、とののしるに違いない言葉を吐きながら近づいた。だがこんな言葉でも、異性相手には問題ないことを俺は知っていた。ちょっとした嫌がらせだ。

 たるいと思いながら、横からそいつの顔色をうかがう。


 だがそこで俺は、言葉に詰まってしまった。

 なんだ、こいつ。顔色青い通り越して白いんだが。ここまで血色がない顔は見たことない。

 生気のない顔を見下ろして、思わず俺は眉を寄せた。それほどまでに、こいつの体調は悪そうだった。

 俺の問いかけに、時間差をおいてこの女は色がない唇を動かして答えた。


「す、みませ……ん。大丈夫、です」


 そんな今にも死にそうなツラで立ち上がるな。ゾンビかなにかなのか?

 ああ、それ見ろ。やっぱりまたしゃがんだだろ。


「……保健室に、行きませんか」


 俺の涙が出そうになるほど優しい提案に、生意気にもこいつは首を左右に振って拒否した。


「……嫌。大丈夫だもん」


 ああ? 何言ってるんだ、こいつ。

 そんな立つこともできない状態で、よくもまあそんなことがぬかせるな。敬語が抜けたことから、限界が近いのは明らかだろ。


 拒否をされた俺としては、この場を去っても全く問題はなかったが、どうもその返事がしゃくに障った。

 俺の誘いを断るとは、いい度胸だ。何が何でも保健室へ連行してやる。


 今思えば、その時俺はイラついていた。だから珍しく俺は、こいつに肩を貸してやることにした。

 こいつの左腕を俺の首の後ろに回し、さらに俺の右腕でこれの右肩をつかんで固定した。二人三脚の体勢だ。


「……離して」


 軽く身を捩られたが、対した力はない。

 触ってみると見た目以上に小さいし薄い肩だった。そして身長も低い。そのため俺との身長差のせいで、バランスが取りにくい。だがまあ、こいつに歩くことは期待していないので、引きずるかたちになっても構わないかと割り切る。


「黙れ、チビ」


 俺もいい加減イラついたので、一喝した。いいから黙って運搬されろ、この荷物が。

 言葉では反抗していたが、抵抗する力はないのか、保健室に着くまでこいつは為すがままだった。


 保健室にたどり着き片手で扉を開けると、待機をしていた教師がすぐに寄ってきた。たしか、養護ようご教諭きょうゆ、というのか。運搬したこれを見ると、それをベッドに寝かせてくれと頼まれた。

 ここまでくれば、毒喰らえば皿までと諦め、おざなりにベッドにそれをころがした。

 ベッドに奴を寝かしつけている教師の男に気づかれないよう溜息を静かについた。無駄に苦労をさせられた。


 もう帰ってもいいだろう。そう思ってきびすを返そうとした俺を、彼が呼び止めた。何故か茶に誘われた。

 断る目立った理由が浮かばず、また運動を強いられた俺としては喉を潤したかったこともあって、それに乗った。


「この子ね、これで四度目なんだ。まだ入学して一月しか経ってないのに」

「そうですか」


 ……何故俺に言う。いぶかしく思いながら、そんな感情は表に出さずに奴を心配するような接待用の表情を、俺は顔に貼り付けた。

 養護教諭の男は、気鬱きうつそうに奴を見やっている。彼は職業柄、奴の体調をおもんばかっているようだ。


 俺はここを利用したことが一度もないが、こいつは常連のようだった。1ヶ月でその利用頻度はさすがに多い。週に一度はどうなんだ。

 それと、彼の発言から奴は同学年だということが判明した。だが、俺のクラスでこの顔は見たことがないから、他の組の人間か。

 ベッドで横になっている奴の顔は、先ほどよりも改善されたように見える。どうやら寝たようだ。寝息が聞こえないのが気にかかった。まさか、死んでいるわけじゃないだろうな。


「別に彼女、身体が弱いわけじゃないよ」

「でしょうね」


 思わずそう相槌を打った。

 中学生か小学生かと思うほど小さな体をしていたが、こいつの肉付きは正常だ。病弱なら、食はしっかり摂取できないはずだ。


「いつもこんなふうに運び込まれてくるんだよね。おそらく彼女、あまり寝てないせいじゃないかな」

「寝ていない?」

「そう。少し前の健康診断では、体に異常は見つからなかったし。何よりここに来てからすぐ寝るのが証拠。こうなると放課後までぐっすりなんだ」


 傍迷惑な奴だな。きっと奴の友人やクラスメイト達はさぞや苦労しているだろう。前の四度の運搬は、彼らが行ったに違いない。


「なんで、寝ないんですか。こいつ」


 疑問が勝手に口から出た。聞き手に回って首を突っ込むつもりはなかったはずが、思わぬ失態だ。

 俺の言葉遣いが乱れたことに気がつかなかったのか、それとも流したのか、彼はそれについては何も言わなかった。


「私にはわからないね。一度聞いたけれど、にごされてしまって。眠れないのか寝ないのかもわからない。病院で診察を受けるように言っても大丈夫と言っていかないし」


 「自分としては、危なっかしくて目が離せないよ」と、そう言って嘆息する男を見た後に、奴に視界を移した。


 俺には理解できなかった。どうして倒れるまで我慢するのか、病院に行かないのか。

 ただ一つ分かるのは、こいつがとんでもない意地を張っている奴だということだけだ。

 さっき俺が手を差し伸べるまで無理に動こうとしたことからも察するが、よほど自分を曲げたがらないようだ。俺も友人や知人に、意地が張っていてその上を行く意地の悪さを持つと言われているが、ここまでではない。


 ――それとも何か、こいつなりの事情があるのだろうか。我慢して週一で倒れるほどの?


 ……さっぱりわからないな。

 まあいいか。俺には、さほど関係のないことだ。それに、組も違う奴とは、今後関わらないだろう。 意識も朦朧もうろうとしていたようだから、俺のことは顔も覚えてないに違いない。あとで、恩返しがしたいと押しかけてきたりはしないはずだ。

 余念のない俺は念の為に、養護ようご教諭きょうゆに釘をさす。


「先生、彼女には俺の名前は言わなくて結構です。ただ通りがかっただけですし、病み上がりに気に病むと悪いので」

「そう? 君がそう言うのなら、わかった。この子には名を告げないでおくね」


 頷いて承諾した男は、代わりにといった様子で、そのあとに言葉を続けた。


「もし今後、彼女が倒れそうになっているのを見かけたら、また連れてきてね」

「……わかりました」


 一瞬沈黙した俺は、悪くない。




 後日奴が押しかけて来なかったことから、養護教諭は俺との口約束を守ってくれたようだった。

 それから、彼の言葉を間に受けたというわけではないが、俺はたびたび視界の端に奴の姿が割り込むようになった。

 だが、いずれもその顔は見ていない。位置が悪いのか、その後ろ姿や、顔の一部しか目に入らなかった。

 毎回、数人の女子生徒と楽しげに談笑していた。彼らの表情は明るく、それは表面上でつくろった嘘のものでないのがわかった。どうやら奴の交友関係は良好のようだ。

 あの様子なら、例の体調が悪くなった際に付き添うのも、仕方がなくではないはずでなによりだ。



 最初は風景に入り込んでいただけのあいつを、そのうちに、俺は気に留めるようになった。

 きっかけはわからない。ただ、いつの間にか、としか言えない。


 だが、わざわざ話しかけるまでにはいたらなかった。

 いや、むしろ、話しかけなかった。会話を交わして、他の女共と同じように変に接されてもウザったいという懸念けねんと、そうなった時に面倒な上に奴に幻滅したくなかった。


 もしかしたらそれは、唯一俺の手をいらないと拒否したあいつの、理解できない行動や意固地を、面白いと感じて記憶していたせいかもしれない。

 それが、そこらへんにいる輩が取るようなびた態度で上書きをされるのを、俺は拒絶していた。

 俺の中に存在する唯一の異性の観察対象で興味対象。それがあのチビだった。

 


 ***



 そして、今夜。

 トナカイに引かれたソリから落とされたとき、俺は持ち前の運動神経を遺憾いかんなく発揮した。足からの着地に成功したが、その着地点のベランダを軽く震動させた。


 それからすぐに、カーテンが開いた。窓の向こうにいた人間は、目を丸くさせていた。

 舌打ちをして、通報されないようにどうすべきかを考えた。

 だが、あいつは携帯を手に取る前に、慌てた様子で解錠して窓を開け俺に話しかけてきた。


「だっ大丈夫っ!?」


 ……おい。それよりも前に言うことあるだろ。あと、悲鳴一つ上げないのはどうなんだ。

 そもそも、ベランダに知らない人がいたら窓を開けるな。無用心すぎる。

 この状況をラッキーだと思う以前に俺は、目の前の人間を怪訝けげんそうに見てしまった。そして、ふと気づく。


 俺の肩よりも有に低い身長。それに比例するように小さい顔。染めていない短い黒髪は、肩にかかっているくらいの長さ。

 服装はラフな室内着だったが、すぐにわかった。


 奴は、あのゾンビもどきのチビだった。


 久々に見た顔は、あの時よりは多少は血色が良いが、相も変わらず白い。こんな深夜を回っても起きているせいだ。そんな成長期がきていないような身の癖に、夜更かしするなんていい度胸だ。


 よく見るとガキの外見はそこそこだった。目はどんぐりのように大きく、きょときょとと忙しなく動く。それに釣られるかのようにくるくると動く表情は愛嬌があった。

 確かにこれなら、C組にマスコットとして認知されていても違和感がない。


 携帯もなしにトナカイに振り落とされた俺には、ここから逃げる手段がなかった。必然的にチビと交渉、もとい携帯を強奪するしかなかった。

 だが、俺は好奇心におされていた。奴の本性に幻滅するのを危惧きぐしながら、会話をした。必要最低限の言葉を交わせば済むはずを、欲望に負けてそれ以上の言葉を求めた。

 からかって、それに過剰反応を返すチビを見て楽しんだ。

 面白い。そう素直に思った。


 サンタと呼ばれたときには、実は俺のことを知ってるのかと疑った。

 俺の名前は、三田みた じゅん、だからな。読み方によっては、名字はサンタと読める。まぁ結局、単なる偶然だったが。……俺に変態眼鏡サンタなんて言ってきたのは、あいつだけだぞ。まったく。


 それに、チビの人に対して無防備すぎるところも興味を引かれた。

 俺のことを変態と言っていたくせに、チビはそういうことにうとかった。夜中に侵入したのが男なのに怖がるか逃げる行動をしないのは、危機感がなさすぎるだろ。少なくとも、怒っている場合じゃなかった。

 俺以外の男だったら身が危険だったかもしれないのを、わかっているのか。……いや、あいつは全くわかっていないはずだ。チビはやはりどうしようもないアホだ。


 わずか数十分くらいの会話だったが、俺はとても満ち足りた気分だった。

 話をしてより奴に対して興味が湧いたのは、何よりも大きな収穫だろう。このバイトの臨時報酬、まさに棚からぼた餅だ。


 あれほどまでに、からかいがいのある奴だったなんてな。

 まるでフグのように頬を膨らませねれば、慌てふためき誤魔化ごまかそうとし、気に触れば毛を逆立てた猫のように威嚇いかくして言い返す。

 話していてきがこない。俺が退屈しない相手だ。


「……変な奴」


 口の端が自然と上がっていたことに、その時俺は気がつかなかった。

 空を見上げれば、その色合いは薄らとだが明るみを増していた。

 さて、夜明けまでの時間はおしている。次の配布対象者のもとへ向かおう。

 ふざけた仕事着の赤と白で構成されている帽子を、風で飛ばされないように深く被り直す。


「新学期が、楽しみだ」


 ニヤリとした笑みを浮かべたまま、俺はトナカイの首輪につながる革紐のリードを強く握った。



 実はサンタくんは以前から伊月のことを認識していたり。


 もちろん伊月は、サンタくんに一度保健室に運搬されていたことを知りません。

 親切な誰かに助けられたとしか情報を養護教諭に与えられませんでした。


 一人称で、いかにサンタくんが残念なイケメンであることがわかったでしょうか(笑)。

 ちなみに、サンタくんは彼の友人たちには、顔面詐欺師と言われています。


 「サンタくんのうわさ」という続編を別に上げます。

 アドレスはこちら。


  http://ncode.syosetu.com/n0540bs/


 サンタくんと伊月の少し変化した学園日常が覗けるはずです。

 あらすじの予告通りに、ほのかに砂糖をまぶしています。あと不思議要素はなしです。ご了承ください。

 

 それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

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