最大協力者は母親
さて、時は少しだけ遡る。
ちょうど、アレクサンドラから王家の影をうっかり殺っちゃった、と連絡が来た翌日の早朝のこと。
アレクサンドラの企みなど、改めて諸々を父カルロに話した途端、みるみるうちに顔を真っ赤にしていき、盛大な怒鳴り声が屋敷に響いた。
「お前……何をふざけたことを考えている!」
叫びながらセイリオスに殴りかかろうとしたカルロだったが、ひらりと躱されてしまったどころか足を引っかけられてしまった挙句、転ばされてしまった。
「うおっ!?」
「父上、頭に血が上りやすすぎですよ」
「お前……っ!」
「本当に……あなた、少しは落ち着いてくださいませ」
とても良く似た顔が二つ揃ってカルロを見下ろしている。
ここまで顔が似なくてもいいのではないだろうか、と思うカルロだったが、男の子は母親に似ると言う。とはいえ、ブチ切れている状態のミュリエルの迫力がとんでもないので黙ったままだ。
「……ミュリエル……だが!」
「お、ち、つ、い、て、く、だ、さ、い、ま、せ」
一文字ずつ区切られて言われた言葉に、カルロの喉の奥から、ひゅ、と奇妙な音が聞こえたような気がした。
ミュリエルがとんでもなく強い、というわけではないのかもしれない。だが、公爵家に嫁ぐほどの女性であることから、ある程度は己でできて当たり前というもの。
それはマナーしかり、魔法しかり……武力もまた、しかり。
ここまで極めろだなんて言ってない……とカルロはげんなりしているが、それをいち早く察したミュリエルは容赦なくぎろりと己の夫を見下ろした。
「ミュ、ミュリ、エル?」
「ずーっとね、言おうと思っていたんですの。そろそろ大概になさいませ、と」
「へ?」
「父上と、オルヴァーシス公爵閣下のいがみ合いの件ですよ。何間抜け面晒してるんです?」
「うぐっ」
何やらダメージを受けているらしく、倒れ込んだままもごもご言っているがそんなもの気にしてはいられない、と言わんばかりにセイリオスもミュリエルも、遠慮なく言葉を紡いでいった。
「あなたがいつまでも意地を張っているから、あちらだって意地を張り続けてしまっているのではありませんこと?」
「だ、だが」
「そもそも論、母上に失礼すぎることをしている自覚がないんですかクソ野郎」
「ク、クソ……野郎……だと」
「実際そうじゃないの。わたくしのこと、何だと思っていて?」
更に特大の杭がどす、とカルロの胸を貫いた、ような気がした。
「だ、だがしかし俺は君のことを妻として愛していて……」
「愛などいつ、わたくしが期待いたしましたか。余計な感情を持ち込んでいつまでもお子様じみた、バカバカしいいがみ合いを繰り返すな、と申しておりますでしょう。セイリオスとアレクサンドラさんまで巻き込まないでくださいまし、この甲斐性なし野郎」
「ぐふっ」
別にミュリエルだって、カルロのことを愛していないわけではない。
多少なりとも愛がなければセイリオスは生まれていない、だがしかし、王宮で顔を合わせた途端に火花を散らしつつ子供のような言い争いをするような状態をやめろ、と何度繰り返したことか。
「アレクサンドラさん、そしてうちのセイリオスがあの馬鹿王子とどこぞのクソ王太女に舐められきっているというのに、親としてあなたは何も!我が子に!協力しないと、そう言うのですね?」
まさに氷点下、ともいえるほどの絶対零度の眼差しを向けられてしまえば、王宮内で淡々と仕事をすることで大変有名な『氷の宰相』と呼ばれているカルロも、ミュリエルのこの対応には勝てない。
というか、負ける。ほぼ負け続けているから、逆らっても良いことはないと理解はしている。が、しかし、だ。
「だか、俺にだって多少なりともプライドが!」
「犬も食わないような初恋の君が忘れられないとかいうクソみたいなプライドなぞ、捨ててしまえばよろしいのでは?」
ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う、とカルロは少しだけ苦い顔になるが、よいしょ、と言いつつカルロと視線を合わせるようにしてしゃがんで来たミュリエルが、表情から一切の感情を消して、淡々と告げる。
「くだらないプライドを取るのか、家族を守るのか。どちらです?」
「…………え」
まさかそんな風にまで、とカルロは一気に顔色を悪くしてセイリオスに助けを求めるように視線を動かしたものの、息子からはとても冷たい視線が向けられるばかり。
「あ、あの、ミュリエル」
「いつまでもわたくしのだぁい好きなドロテアのことを想い続けるのは、結構。ですが、それで家族をまだまだ蔑ろにするのであれば……わたくし離縁させていただきます」
普段おっとりしているミュリエルの真剣な声と、表情に『本気だ』とすぐさま察したカルロは、慌てて体勢を変えて土下座をした。
「す、すまない!その、君のことを蔑ろにしたいわけでもなく、ただアイツが……」
「……セイリオスが死ぬ未来がやってくるとしても……それでもあなたは、セイリオスとあの王太女との婚約を継続させると、そういうことですね」
ミュリエルは、静かに問う。
カルロはその言葉にぐっと押し黙り、ぎりり、と悔しそうに手を握り締めた。
そもそも巻き戻って、顔を合わせて喧嘩になりつつもセイリオスは、カルロに対して『アレクサンドラのおかげで死ぬことを免れ、やり直しができている。そもそもシュミットとエスメラルダ、二人揃って婚約者を裏切り、今後の国交に関わるような婚約破棄を仕掛けてきたのだから、対策は取らなければならない』ときちんと話した。
にも関わらず、これか……と。ミュリエルは氷点下の眼差しのまま、更に言葉を続ける。
「子を守れずして、何が親ですか。契約結婚だとしても、わたくしはセイリオスが可愛い。だから、わたくしは守ります。アレクサンドラさんとの婚約を、何がなんでも締結させてみせます」
「俺だって死にたくありませんから。だから、彼女の提案に乗り、舞い戻ってきた。父上はなかなか信用してくれませんでしたが……母上にこのような顔をさせてまで守りたいプライドなんか、犬にでもくれてやったら良い」
「……っ」
妻と息子に詰められた内容を聞くに、きっと彼らの中での最終警告なのだろう。
答えを間違えると、詰む。
「俺、は」
「協力してくれるか、否か。否、と回答した場合母上は最終手段として本気で離縁を考えているそうですが」
「……そ、そんなのは駄目だ!」
「それは、あなたの貴族としてのプライドかしら?わたくし、そんなもの守ってあげる義理なんてないのだけれど」
「そうじゃない、俺だってセイリオスが死ぬなんて未来はごめんだ!だが……どうやって信じろと……」
「信じきれていないのであれば、父上は傍観者としてそこで立ち尽くしていればいい。だが、俺と母上は抗います」
そもそも、巻き戻ってきた理由が理由なだけに、ミュリエルは即座にセイリオスの言うことを信用した。というか、我が子を信用しないなど親の所業ではない、とまで言い切った。
「離縁したとて、わたくしの両親はわたくしとセイリオスのことは受け入れてくれます。何ならセイリオスはアレクサンドラさんのところに婿入りでも何でもすればいい。それだけよ」
おっとりが家出をしてしまっているミュリエルの言うことがぐさりぐさりと突き刺さりまくって、カルロはここでようやく腹を括りにかかった。
離縁なんてしてたまるか、という想いが強いのもあるが、そもそもドロテアのことは既に己の中で決着をつけている。
ただ、ほんの少し。そう、ほんの少しだけ、死ぬほどエドワードが嫌いなだけ。
元々学生時代の頃から犬猿の仲だったことに加え、ドロテアの件が重なってしまったのだ。両家のいがみ合いの歴史は思っているよりも長い、だからこそそろそろいい加減にしてくれ、というのがセイリオスとアレクサンドラ、そして双方の妻たちの言い分である。
「……分かった、協力はする。だが……」
「だが?」
「具体的に何をどうしろと」
よろりと立ち上がりながら、『いうのだ』と続けようとしたカルロを、ミュリエルもセイリオスもジト目で睨んでいた。
「何だよ!!」
「まぁ、とりあえず信用しましょうか」
「嘘ついたらわたくしが遠慮しなければいいだけのお話よ、セイリオス」
「はい、母上」
こいつら似てるなぁ……と思ったカルロは、これにて妻と息子に全面降伏をすることにした。
意地を張り続けていても何も変わらないし、息子に死んでほしくないのも事実だし、妻を愛しているのもまた事実。
そして、ただ自分は状況に応じて臨機応変にセイリオスとアレクサンドラの味方をしてやれば良い。
いがみ合っている二家だからこそ、手を取りあった時の恐怖がどれだけ恐ろしいのかということを、あの腐りきった王家に知らしめてやらねばならない。
これが、セイリオスたちの出した結論であったのだ。




