お約束の婚約破棄から全て始まった
「忌々しい女だ!いいか、この場で宣言させてもらう!お前とは婚約破棄だ!どこへなりとも消え失せろ!」
「貴方なんか、このわたくしの婚約者にはふさわしくなかったの!!そのお顔、二度と見たくありません!!婚約破棄いたします!!」
とんでもないドヤ顔で告げられた婚約破棄宣言を受け止めた相手二人は、真顔でそれを聞いていた。
言い終わった後の二人はフフン、と得意気に笑っている。
言われた側はとんでもなく冷めた目で二人を見ているのだが、それに気付いているのかいないのか。
(……まぁ、良いけれど。破棄上等ですわ、これで解放されるということね)
(顔が良いだけになーんかムカつくな、あの宣言。嫌々婚約したってのに、何だあの)
言われた側の二人は、互いに別々のことを考えながら、ふと視線を互いに交わす。
どちらからともなく、ぺこりと頭を下げあっている二人は、全く、これっぽっちもダメージを受けている様子は無かった。
「ぐ、っ……」
「ノーダメージ……だとでも言いたいの!?」
まったくもってその通りである。
婚約破棄を突き付けられた令嬢の名は、アレクサンドラ・デュ・オルヴァーシス。
同じく令息の名は、セイリオス・イヴァ・バネンシア。
オルヴァーシス家、バネンシア家、それぞれ由緒正しき公爵家。
国に二家しか存在していない由緒正しき公爵家の二人、ということなのだ。
オルヴァーシス家は、国防を。
バネンシア家は、政治を。
そうやって支え合いながら国のために、と奔走しているのだが、色々と癖のある二家である。
そんな二人に対して婚約破棄を突き付けたのは、この国の王太子であるシュミット、そして隣国の王太女・エスメラルダの二人である。
そんな二人に対して、アレクサンドラもセイリオスも王配として嫁ぐことになっていたはずだし、各々王の伴侶たる存在になれるように、と日々厳しい教育を受けていた、そんな矢先の今回の婚約破棄宣言騒動。
「ちょっとセイリオス! 貴方わたくしから婚約破棄をされてどうしてそんなにも平然としていられるのよ!」
「……どうして、って」
別にどうとも思っていない、というだけ。それに、破棄をつきつけられた二人は家のための婚約打診が王家からあったので、それを受けたというだけの話だ。
双方、互いの婚約者に対しては恋愛感情は持ち合わせていないし、持つこともできないだろうな、という謎の自信があった。
だからこそ、それに付け込む形でこの目の前の二人があれこれいちゃついた結果、破棄を突きつけてきたのだろうが、根本から間違えているということに気付いていないのは、どうしようもできる訳が無いのだ。
「――フン、破棄を突きつけられたくせに、随分と冷静な……って、ああもしや、そこにいるセイリオスと浮気をしていたんじゃないだろうなぁ!?」
「は?」
お前じゃあるまいし、と喉元までやってきたが、アレクサンドラもセイリオスも頑張って呑み込んだ。
そもそも目の前にいる自分たちに破棄を突き付けている馬鹿二人が、うっかり出会ってしまったことによって、いつしか恋愛感情を抱いた……とか何とかいう内容が、彼らが演説をしていた中に盛り込まれていた気がする。
セイリオスがちらりと隣に座っているアレクサンドラを見れば、彼女は扇で顔を隠しているけれど明らかに『不快です』と文字で書いているかのようにも見えてしまう。
「……殿下じゃあるまいし、そのようなことしませんわ」
「何だと!?」
「だって、あからさまにそちらの……ええと、エスメラルダ王女殿下と、とぉっても仲良しのご様子ですし……ねぇ?」
「貴様!」
なお、今この場所は王宮の応接室。
シュミットの護衛騎士もいるし、エスメラルダだって護衛騎士を連れてきている中で、アレクサンドラとセイリオスはほぼ丸腰の状態。
入室前に二人だけは護衛を入室させないように、と制限されてしまったが、何かあればアレクサンドラは暴れまわる気満々だ。
一応、王太子の婚約者、隣国の王太女の婚約者と地位を鑑みた結果、応接室に招かれ、ソファーに座るように勧められた後、お茶が出された途端にこの婚約破棄宣言に至るまでのあれこれが語られていた、というわけである。
まさかそんな話をされるとは思っていなかったアレクサンドラは、内心で『どうせまた執務を手伝えとか、執務放棄した馬鹿の尻拭いをしろとかいう命令を王妃にされるのだろうな』くらいにしか考えていなかった。
「ご自身が先に浮気をしておいて、あれこれ被害妄想膨らませて語らないでいただけませんこと?馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」
「な……!?」
「貴女、シュミット様を馬鹿にするの!?不敬よ!」
「……不敬、ねぇ」
不敬だというなら、そこの馬鹿にきちんと政務をこなしていただきたいものだ。
「何だと!?」
「……あら」
思っていただけのはずが、見事に口からぽろりと零れてしまったらしい。
やっちゃいましたわ、と呟いているアレクサンドラを見たセイリオスは、思わず笑う。
「……?」
「失礼。楽しいご令嬢だ、と思って」
「あら、そう?」
にこ、と微笑んでいるアレクサンドラと、彼女を見つめるセイリオスは、恋人同士に見えそうだが会話をまともにするのはこれが初めて。
何せ現当主同士が驚くほど仲が悪いのだ。
会えば一触即発になるが、双方国の中枢を担っている役割の両家の当主同士。
月一回の政務会議では、それはそれはとんでもない殺気が満ち溢れているまま時間が経過していくとか何とか。
その両家の令嬢と令息が、それぞれ国のために身を捧げるという話はあちこちに広まっているが、己の子を自慢しまくる父親同士によって、二人はほぼ会わないまま過ごしてきていたのだ。
また、二人の通っている学園は共学と謳っているものの、男子部と女子部に分けられているから、学園でも顔を合わせることはほぼないまま、ここまで過ごしてきた。
父親同士が犬猿の仲であるものの、本人同士は何か衝突があったわけでもない。だから、こうして普通に会話できている。
そもそも顔をまともに見るのが今回初めてのようなものだし、会ったことがあるかもしれないけれど、父親同士のバトルがとんでもないからそれぞれの母親に避難させられていたかもしれない。
幼い頃の記憶はさておいて、のほほんとしていて完全ノーダメージな二人を見ているシュミットとエスメラルダは、悔しそうにしながら二人を指さした。
「いい加減にしろ! お前たち、自分たちの状況を理解しているのか!?」
「王配になれないんですからね! 二人とも婚約破棄をされたキズモノとして、これからどうやって生きていくおつもりぃ!?」
「ここで泣いて謝れば、アレクサンドラのことは側妃にしてやっても良いんだぞ!」
「セイリオス、貴方のことは二番目、として愛して差し上げても良いわ!」
何とも自分勝手なことを言い放つ二人に、アレクサンドラとセイリオスはげんなりしてしまう。
痛むこめかみをおさえ、アレクサンドラは溜息を吐きつつ口を開いた。
「……あなた方が結婚するとして、エスメラルダ王女殿下は王太女。シュミット殿下は王太子。であれば、どちらがどちらに嫁ぐというのですか……」
「そんなこと、お前に関係ないだろう!」
「ああ嫌だ、悔しいからってそんな負け惜しみを言うだなんて!」
(どこが負け惜しみなんだ)
思わずセイリオスが内心ツッコミを入れるが、アレクサンドラも同じことを考えているようで、心なしか顔色が悪くなっているではないか。
「……アレクサンドラ嬢、大丈夫か」
「……一応」
「フン、俺たちの愛を理解できないのであれば、お前たちなぞ必要ない」
「そうですわ。お二人が浮気していたとして、親諸共罰して差し上げましょう! おっほっほ!」
何とも幼稚な二人の思考回路だが、本人たちは至って真剣。
そして二人の護衛たちも、何故だかドヤ顔をしているが物事の本質を理解していないようだ。
「……浮気の証拠などどこにもありはしないのに、そういったことを平然となさるお方とご結婚なさる、と……まぁまぁそれは何とも」
アレクサンドラは静かに、とてつもなく怒りを込めた声で呟けば、エスメラルダがびくりと体を震わせたが、お構いなしで言葉を続けた。
「とんでもなく頭の悪いおサルさん同士、とぉってもお似合いですわねぇ」
「な……っ」
シュミットは顔を真っ赤にして口をパクパクとさせている。
だがしかし、事実だからどうにかしてアレクサンドラを罵ろうとしても、うまい文句が出てこないのか、アレクサンドラのことを指さしたり、その手を下げたり、とても忙しくしているだけ。エスメラルダはあんぐりと口を開けたまま、何も反論できていなかったがすぐさま我に返り、ソファーから立ち上がり、ローテーブルに足をずだん、と乗せたかと思えばアレクサンドラとセイリオスをびっと指さした。
「舐めた真似を!! お前たち、この馬鹿二人を牢へ! そして一族丸ごと殺してしまえ!」
「え……」
「お待ちくださいエスメラルダ様! そのようなこと……!」
「我が国からも軍を派遣します! 早く! この女と男を、あたしの前から消してぇー!!」
(――乗ってくれたわね)
に、とアレクサンドラが微笑んだことには気が付かず、オロオロしている護衛たちはエスメラルダの言葉のままに、アレクサンドラとセイリオスを牢へと入れた。
そうするようにアレクサンドラに誘導された、とも気が付かないまま。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……で」
「何です?」
「ここに俺たちを連れて来させた理由があるんだろう?」
「ご理解が早くて、とっても助かるわ」
二人が連れて来られたのは、一応貴族牢。
護衛はとりあえず馬鹿ではなかったようで、待遇としては及第点と言えるだろう。主を見る目は最低ランクだが。
「……ひとまず、ここに来た理由を……」
「コケにされて、このままで済ませられまして?」
おや、とセイリオスは思う。
冷静に見えていたが、内心激怒していたアレクサンドラは手にしていた扇をばき、とへし折り床に叩きつけたのだ。
「わたくしは、到底許せませんわ。人の努力を踏みにじって……挙句、勝手な発言ばかり。王家から請うた婚約であるが故に、婚約を了承したというのに!」
「それは同感だが」
「あの馬鹿共が遠くない未来に国を治めるだなんて……吐き気がするでしょう?」
「それも同感だな」
「そもそも、当家を取り潰すだなんて大馬鹿者、セイリオス様は野放しにいたしますの?」
そう問われてしまえば、とセイリオスは考え込んだ。
「野放しにできるわけはない、が」
途中まで呟いて、自分の家とアレクサンドラの家のことを考えてしまい、口ごもる。
だが、コケにされてしまってこのままでいたくないのも事実。
「っていうか、お父さまたちが仲が悪いのって、わたくしたちに関係ありまして?」
考え込んでいるところに、アレクサンドラがずばりと切り込んだ。問われたセイリオスは、思わず目を真ん丸にしてしまう。
「それ、は」
「わたくしたちには、何も関係ない。違う?」
「……まぁ、そうなんだよなぁ……。こちらの親父殿と、そちらのご当主様がいがみ合っているのは、あくまで二人の問題だし」
「そう」
「……だが、どうやって」
セイリオスの言葉に、アレクサンドラはにっこりと微笑んでセイリオスに近付いていく。
二人の距離を縮めてから、アレクサンドラはすっと腕を上げて左手首にある刻印を見せた。
「――奇跡を、起こしましょう。あの馬鹿共をぶちのめせるならば……奇跡を起こすなど、対価としてはとってもお安いものですわ」
アレクサンドラには、たった一度だけ起こせる『奇跡』を宿した刻印がある。それがあるからこそ王家は『アレクサンドラ』を欲した。
だが、それを手ばなしたのは誰が何と言おうと王家自身の判断。
「これから、たぁっぷりと……思い知っていただきましょうねぇ……」
にた、と微笑むアレクサンドラの迫力に、セイリオスは息を呑んだ。
(ああ、どうやら馬鹿が敵に回したのはとんでもない女だったようだ。ならば……俺は彼女と手を組んだ方が良い)
そう思いながら、セイリオスはすっとアレクサンドラの前に膝まづき、彼女の右手を恭しく取って言葉を紡いだ。
「――協力しよう。……未来の我が妻」
「まぁ……お気が早いことですわ」
二人はいたずらっ子のように笑い合い、密やかに囁き合う。馬鹿に与える制裁のことを考えると、愉しくて仕方ないから。どうやって料理してやろうか、と考えるだけで色々な『未来』が想像できてしまうのだから。




