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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
第一部:立志篇

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第六話:無職という烙印


「で、具体的にどうするつもりなのさ」

食事処あいばのカウンター席で結衣は腕を組みながら晴斗に問い詰めた。閉店後の店内には出汁の匂いと結衣の呆れたため息が満ちている。晴斗の前には彼女が作ってくれた生姜焼き定食が湯気を立てていた。


「どうするって……まずは選挙について調べるところからだ」

「調べるってそんな悠長なことでいいの? 次の選挙っていつなのよ」

「確か春だ。統一地方選挙だから……あと四ヶ月くらいか」

「四ヶ月! あっという間じゃん!」

結衣の言う通りだった。四ヶ月など瞬く間に過ぎていくだろう。それなのに自分はまだスタートラインにすら立てていない。

「まあ食えよ。腹が減っては戦はできぬって言うでしょ」

結衣はぶっきらぼうにそう言うと自分用の麦茶をグラスに注いだ。その優しさが今は少しだけ痛かった。


その夜、晴斗はアパートに戻ると早速インターネットで「市議会議員選挙 立候補」と検索した。

ずらりと並んだテキストの中に「供託金」という文字が目に飛び込んできた。三十万円。選挙に出るために法務局に預けなければならない金だ。もし一定の票数を獲得できなければ没収される。

晴斗は自分の預金通帳を開いた。市役所の臨時職員として二年かけてこつこつと貯めた全財産。

残高、三十八万七千円。

背筋がぞっと凍りついた。供託金を払えば手元に残るのは九万円にも満たない。落選すればその三十万円は泡と消え文字通り路頭に迷うことになる。

「……これが最初のハードルか」

政治は金のない人間には参加する権利すら与えないのか。社会の冷徹な仕組みを改めて思い知らされた。


退職してからの数日間は地獄だった。

まず親に電話を入れた。大学卒業後一度も実家に顔を見せていない親不孝者だが市役所を辞めたことくらいは報告する義務があると思ったからだ。

「……市役所を辞めただと?」

電話口の父の声は地を這うように低かった。

「ああ。それで今度の選挙に……」

「馬鹿者ッ!!」

鼓膜が破れるかと思うほどの怒声が携帯から響いた。

「お前を大学までやったのは市会議員ごっこをさせるためじゃない! ようやく安定した職に就いたと思ったのにそれを自ら投げ出すとは何事だ! もうお前はうちの子じゃない。勘当だ!」

ガチャンと一方的に電話は切られた。わかってはいた。保守的で世間体を何よりも気にする父が理解してくれるはずなどないと。それでも胸の奥にずしりと重い鉛が沈んだ。


追い打ちをかけるようにアパートの大家から電話があった。契約更新の時期が近いという。

「木島さん、お仕事辞められたんだって?」

どこから聞きつけたのか大家の老婆の声はねっとりと探るようだった。

「ええまあ……」

「次の更新だけどねえ。無職の方に部屋を貸すわけにはいかないからねえ。保証人の方に連絡させてもらうけどそれでいいかい?」

保証人は父だ。勘当された今頼れるはずもない。

「待ってください! すぐに次の仕事は……いや選挙に出るんです!」

「あらまあ選挙。お金かかるんだろう? 家賃払えるのかい?」

その言葉は鋭い刃物となって晴斗のプライドを切りつけた。社会的な信用とは毎月決まった日に口座に振り込まれる「給料」という事実の上に成り立っている脆いガラス細工のようなものなのだ。


日中はハローワークに通った。

選挙活動の資金を少しでも稼ぐため日払いのアルバイトでも見つけようと思ったからだ。しかし職員に経歴を話した途端その顔はあからさまに曇った。

「前職は市役所……。退職理由は選挙出馬のためですか」

職員はまるで理解不能な生き物を見るかのような目で晴斗を見た。

「まあとりあえずこちらの求人などいかがでしょう」

紹介されたのは深夜の工事現場の交通整理や倉庫での荷物運びといった体力勝負の仕事ばかりだった。社会は一度レールから外れた人間にも冷たい。


街を歩けば市川幸太郎のポスターが嫌でも目に入る。その笑顔を見るたびに焦りと言いようのない屈辱がこみ上げてきた。

自分は一体何と戦おうとしているのか。

市川議員か? 再開発計画か? いや違う。

今目の前に立ちはだかっているのは「無職」という社会から押された烙印そのものだった。

その烙印一つで人は信用を失い部屋を追われ親から勘当される。

情熱も理想もその巨大な現実の前では何の力も持たないのかもしれない。


退職してから一週間。

晴斗の心は早くも折れかけていた。

希望の光などどこにも見えなかった。

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