第12章【1】
リティカの探し人の姿は中庭にあった。爽やかな風の中、静かに本のページを捲っている。前世ではただ「悪役令嬢」としてしか見ていなかったが、少し物憂いげな表情は儚く、その横顔は美しい。なぜこの人を悪役令嬢として破滅するのが当然などと思っていたのだろう。彼女は自分と同じ、自分の意思を持つひとりの人間なのに。
ひとつ息をつく。身分の差だろうか。話しかけるときは少しだけ緊張してしまう。
「ドロテア様」
顔を上げたドロテアは微笑みこそしないもの、穏やかな表情でリティカを見上げる。この世界に来たばかりの頃、友達になろうなどとは思っていなかった。この世界が現実になったと理解できていなかったからだ。
「さっきは大変でしたね。まさかゴブリンの巣を突く人がいるなんて、思いもしなかったです」
「そうですわね。これでゴブリンの巣が危険なものであると理解したでしょう」
ドロテアは本にしおりを挟み、静かに閉じた。それを膝に乗せたまま、リティカの瞳を真っ直ぐに見据える。
「リティカさん。あなたは何かわかっているのではなくて?」
まるで心の中を見透かすような視線に、リティカはどきりと心臓が跳ねた。
「な、何かって……?」
「わたくしの魔法のことですわ」
「えっと……なんのことですか?」
しどろもどろになるリティカに、ドロテアはふと優しい表情になる。その表情は、悪役令嬢のものであるとは思えなかった。
「あなたは優しい人ね。何かわかっているのでなければ、こうしてわたくしに親切にしてくださるはずがないわ」
闇属性の魔法を持つことで悪役令嬢となったドロテア。生まれ持った特性のせいで周囲から疎ましく思われている少女。ゲームとしてはそれが当然であったが、現実ではそれはあまりに残酷なことだ。
「そんなことありません! 私は純粋にドロテア様と仲良くなりたいと思ってるんです!」
「ええ、ありがとう。あなたがそう思ってくださっているのはわかりますわ。けれど、わたくしのそばにいては危険ですのよ」
ドロテアから感じるのは、確かな孤独。他人を寄せ付けないほど、ドロテアは独りに慣れてしまったのだ。リティカには、それが痛々しく見えた。
「それは……魔法のことですか?」
「わたくしが周囲からどんな目で見られていることはご存知でしょう?」
闇属性の魔法使い。人々は滅多に生まれることのない魔法を恐れ、ドロテアを遠ざける。それだけ闇属性の魔法は危険で、だが、リティカにはドロテアが自分と同じひとりの人間であることはわかっている。
「もしものことがあるかもしれませんわ」
「……そんなの、関係ありません。誰がどんな魔法を持っていようが、関係ありません」
言葉にするだけでは簡単なことなのかもしれない。ドロテアがリティカの言葉を信じることは、容易なことではないのかもしれない。それでも、リティカは心からその言葉をドロテアに届けたかった。
「生まれ持った魔法は、ドロテア様のせいではありません。私だって、たまたま光属性だったというだけです」
ドロテアがどんな噂を流されているかも知っている。ドロテアがそれを知っていることも。
「私、友達は選ぶ人間なんです。あ、その……ドロテア様を“選んだ”だなんて烏滸がましいですが……」
「……ええ、ありがとう」
ドロテアは優しく微笑む。けれど、と続けたドロテアはリティカから視線を外し、目を伏せた。
「友達は本当に選んだほうがいいですわ」
それはリティカを拒む言葉のように感じられた。それだけ、ドロテアは重い孤独を抱えている。真っ直ぐに見つめるリティカの目を見ていられないほどに。
「私を信用してください。私がドロテア様を裏切ることは絶対にありません」
「……ありがとう。あなたは心の美しい人ね」
そう言って微笑むドロテアは、どこか寂しそうに見えた。リティカの言葉が心からのものだと知っても尚、ドロテアは孤独を選ぼうとしている。自分の魔法の危険性を理解し、そのせいで周囲から疎まれていることも知っている。だからこそ、リティカを拒もうとしている。リティカには、それを変えることはできないのかもしれないという無力感だけが残った。




