魔法使いが現れた
「これはいよいよ普通じゃないな……」
この町で使われている魔法とは明らかに効果が違う。
少なくともシャリオお嬢様のように属性を持っていれば、もう少し効果に偏りが出るはずだ。
フォックスの力はむしろ魔王やツクシのような異質な力を思わせる。
だがそれはともかく俺はふとあることに気が付いて、混乱がぴたりと収まった。
「……確かにでかいが。ちょうどいいな」
例えば必殺技の実験台なんかに。
人間相手だと思って使うよりはずっとやりやすい。
俺はガキンと新装備を握りこみ、さっそく左手に電気を集めた。
徐々に左手の籠手にチャージされ中心が光っている。
テラさんのメッセージが合図だ。
『チャージ完了。いつでも攻撃可能です』
「あれだけでかけりゃ直接打ち込んでいいんじゃないか?」
『……初見の相手で兵器のテストをするのはやめた方がよいかと』
「人のことをぺろりといただこうとする相手に遠慮なんてできないだろ?」
『肯定します』
「よし、とりあえず全力で行こう!」
話もまとまったし、これ以上待つ理由もない。
「おや? どうしました? 恐ろしくて腰が抜けましたか?」
俺は巨大狐と化したフォックスに飛び掛かり、左手を突き出したのだが……。
「ん?」
おかしいぞっと思った時にはもう遅い。
ちょっと予想したよりもはるかにでかい閃光と雷鳴が轟いた。
気が付くと俺はひっくり返っていた。
左手が光ったと思ったら爆発したみたいな衝撃で後ろに吹っ飛ばされたらしい。
「う……おぉ、ビビった。これは……失敗……したのか?」
効果は―――絶大だ。
俺の新装備は、なんか爆発した。
いや幸い腕は健在だし、籠手も壊れてはいないのだが、近くで見ると爆発したとしか思えなかった。
周囲には川の水が蒸発して濃い霧になっている。
蒸気の合間からかすかに見えた石の橋が、半ばから粉砕されているのを見て俺は青くなった。
「な、なんだこれ! やばいな!」
『……必殺技ということでしたので威力を重視しています。橋が砕けるとは思いませんでしたが』
「テラさんスペック確認ちゃんとしとこうよ。中、遠距離の攻撃手段が欲しかっただけなんだ」
『放電で攻撃となると、それ相応の出力が必要になりますので、手加減は難しくなります』
「そ、そう? でも俺ごと爆発はまずくない?」
『申し訳ありません』
テラさんが素直に謝るというのもぞっとする話だった。
だが俺は今のでたらめな威力の電撃を食らわせたというのに、あの化け狐の姿がない事に気が付いた。
「あ、あれ! あいつどこ行った?」
「貴方、めちゃくちゃしますね……」
「お、元の姿に戻ったのか」
水蒸気の中から出て来たフォックスは元の人間の美女に戻っていたが、さすがにほんのり焦げている。
今の不意打ちをかわしたのか。
仕掛けた俺でさえ吹っ飛んだのになかなかやる。
フォックスのセリフは幾分抗議が混ざっていた気がしたが、まぁ事故なのでと心の中で呟いておいた。
貴族の家で盗みを働いておいて、これくらいの火力で正気を疑われるのは覚悟が足らない気がするが。
「いやいや、貴族の屋敷を襲撃なんてしたらこれくらい当り前だろう?」
そう言うと、フォックスは俺をせせら笑う。
「あるところから奪って何が悪いのでしょう? そんな恰好で夜を飛び回っているくせに臆病ですね」
「いやいやいや。そういうことではなく。……相手は貴族だぞ? 相手にするには……火力がやばい」
「火力? 兵力での間違いでは? 有象無象が何人来ようと、関係ありません。私が幻に落として差し上げましょう」
どうにも話がかみ合わないフォックスに俺は眉を顰めて首を横に振った。
「……違う。兵隊の数なんて問題じゃない。貴族個人の火力がやばいんだよ。そうじゃなきゃ貴族じゃない」
「? まぁ、いいです。それよりも貴方は有象無象とは違うようですね。どうです? 手を組みませんか? 私も特殊な事情がありましてね、腕の立つ仲間がいると助かるのですが?」
そう言ったフォックスはゆっくりと俺に歩み寄り、手を伸ばす。
仮面の上からでもわかる、かなりの美女である。
ふと気が付けば息がかかるほどの距離にいたフォックスだったが、俺としてはとても鼻の下を伸ばす気にはならなかった。
「お断りだね。自分がどれだけやばいことに首を突っ込んでるかもわかってない相手と、手なんて結べるわけがない……」
「それはいったいどういうことでしょう?」
「どういうも何も……」
言いかけて、俺は全身を串刺しにされたような寒気を感じ、空を見上げた。
その瞬間ブワッと冷や汗がにじむ。
「……ほーらおっかないのがやって来た」
「……何あれ」
見上げた先には赤々と夜空を食い殺さんばかりに燃え盛る、炎の化身がいたからだ。
「……ごきげんよう? 怪盗さん。少しばかりお痛が過ぎるのではなくって?」




