怪盗フォックス
「で、のこのこと出てきてしまったが……貴族の威信舐めてたな」
俺はとある建物の上から双眼鏡を覗き込み、物々しい警備を見て軽くため息を吐いた。
テラさん特製収音マイクを向けて聞き耳を立てる、拾った音は中庭の物々しい様子を俺にダイレクトに伝えてきた。
「相手は我らを出し抜いてきた賊です。遠慮などせず叩き潰してしまいなさい!」
「「「「「はっ!」」」」
号令の返事だけで腹に響く。
騎士達を指揮している派手な鎧は二人いた。
まず号令を飛ばしているのは、ご存じシャリオお嬢様。
そしてもう一人、貴族特有の派手目の鎧を着ていたのは、妙に青い騎士だった。
こちらも女性で、青い髪を後ろ髪で縛り、彼女はサファイアの様に蒼い鎧と大きなカイトシールドというかなりの重武装である。
「おめぇら! 鼠一匹通すんじゃねぇぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
男気溢れる号令は、先ほどのシャリオ様の号令よりも更に気合が入って聞こえた。どうやらずいぶんと荒っぽい方のようだ。
そして檄を飛ばした青い騎士は今度はヘラリと笑ってシャリオお嬢様に話かけていた。
「よう! シャリオ。久しぶりじゃねぇか。聞いてるぜ? ドラゴンと戦ったんだってな?」
青い騎士の声色はどこか挑発するような響きがある。
対して、シャリオお嬢様はいつも以上に迫力のある笑みを浮かべて、自慢の巻き毛を左手で跳ね上げた。
「……ごきげんよう。マリー。相変わらず品のないしゃべり方ですわね。貴女も隊を任されるようになったのでしょう? いつまでも学生ではないのだから少しは改めるべきではないのかしら?」
「うるせぇよ。戦いに行くのに気取ってなんか意味あんのか? ああ、お上品にやっててもやらかす時はやらかすようだがな?」
「……あら、なんのお話かしら?」
「お前、例の白い戦士とやらに出し抜かれたんだろう? 聞いてるぜ?」
「…………あら? それは貴女も同じことでしょう? 魔王の一件で毛筋ほどでも役に立ったのかしら?」
「……あぁん?」
「……なんです?」
あまりにも剣呑な雰囲気に遠目でありながら俺は胃に痛みを感じた。
「やだわー……あそこ近づきたくない」
何あの青い人、すげぇおっかない。しかもシャリオお嬢様と死ぬほど仲が悪いとか危険すぎる。
殺気さえ漂ってくる形相で睨み合う二人に、並んでいる兵士達は脂汗を掻いていた。
「うへぇ……うっかり迂闊に出ていったら、一緒に一網打尽にされそうだというか、ミンチにされそうだ」
双眼鏡から目を外し、顔をしかめて舌を出す。
今回の俺の作戦は騎士団が出張ってきていることもあって消極的である。
単純に件の怪盗フォックスが出てくるまで待ち、逃走に成功しそうなら捕まえる。
期待通りの怪盗であるなら、出てくれば騒ぎの一つも起きるだろう。
警備網にも引っかからずに逃げおおせたというのならちょっと探してみようかな?
そんな感じである。
「……我ながらめちゃくちゃアバウトだな」
ともあれ今は潜伏にこそ本気を出すべきだ。
そうじゃないと、見つかったら俺は完全に不審者で、言い逃れすらできそうにない。
人の家の屋根の上で、俺は作ってきていたあんパンとわざわざ買ってきた牛乳を飲む。
「なんというか張り込みの味がする。最悪それだけで満足して帰ろう」
屋根の上から日が沈んでゆくのが見える。
太陽が沈めば、もうコソ泥の時間が迫っている感じがした。
「本当に現れるのかね? ……だいたい来ない可能性の方が高いんだよ。予告状の次の日にでも忍び込んだ方が勝率あがるだろうに」
不意を突こうと思えば、馬鹿正直に行動しないのも手の一つだと思う。
所がちびちび食べていたあんパンと牛乳が底をついたころ、屋敷で異変が起きていた。
「……屋根の上に誰かいる?」
俺は慌てて双眼鏡を覗き込むと、目を見張った。
「あ、あれは!?」
その女は影のような真っ黒な服を着ていた。
真っ黒いタキシードにマント。そして目の部分を隠す真っ白な狐の面をかぶった盗人はあまりにも怪しすぎる。
(か、怪盗だぁ……!)
そしてなにより屋根の上でマントを翻すその姿はあまりにも怪盗だった。




