手の届かなかった場所
「……何者だ、貴様?」
魔王はいきなり現れた俺に顔をしかめたが襲い掛かっては来ずに慎重だった。
そして俺はこの隙に、ある意味では魔王以上に何をしてくるかわからない相手にちらりと視線を向ける。
「……」
勇者ツクシは予想外に動きを止めてじっとこちらを見ていた。
何を考えているのかと警戒していると、子供のような満面の笑みを浮かべたツクシは俺を指さして歓声を上げた。
「ロボだー!」
「……」
ロボですよ? まぁ正確にはパワードスーツですがね?
俺はツクシに向けてサムズアップ。
頼むから交戦の意思がない事だけは伝わってほしい。
さて同じ土俵にむりやり上がりはしたものの、本題はこれからだ。
コケにされた魔王はテカテカした体に幾筋も血管のような筋を浮かび上がらせて怒りをあらわにしていた。
「また妙なのが出てきたか……ええい! 雑魚が! 砕け散れ!」
「っ……!」
魔王はこちらが敵であることを確認すると、その全身から鋭利な槍が飛び出した。
次々襲い掛かってくる槍はすさまじい速さで、息つく暇もなく降り注いだ。
何度もチリリと黒板をひっかいたような音を立ててぎりぎりを通過する槍に、俺はパワードスーツの中で冷や汗をかく。
だがこの攻撃を避けられたことがなにより重要だ。
黒い槍は昔も遠目で見たことがあるが、前の俺ならまず秒殺だった。
だがどうだ、今ならこの通り、ちゃんと回避できている。
それがすべてで、兜の下の頬も緩む。
全身が細かく振動し、存分に力を溜めた俺は魔王に向かって突っ込んだ。
「ぬ!」
俺は魔王からすればあっさり死んでしかるべきだったのだろうが、そうはいかない。
拳に巻き付けたマフラーからバシリと光がほとばしる。
さらに目の前に槍の切っ先が飛んできたが、今度はギリギリで身を捻って受け流し、俺は魔王に向けて今、とっておきの拳を叩き込む。
リバーを狙った横殴りの一撃は油断した魔王の脇腹に吸い込まれるように突き刺さった。
「……!」
魔王の体はしかし、水面が揺れるように波打つだけだ。
三つの目が俺をじろりと見て若干の怒りをにじませるが、わずかな時間差で表情は驚愕に変わった。
「ギィ!」
悲鳴を上げたのは間違いなく魔王だ。
火花が弾けて、叩き込んだ電撃が本体を覆っていた黒い皮膚に流れると、中に隠れていた褐色の肌が見えるほどに四散した。
十秒もたてば元の形状に戻っていたが、今の手ごたえは中々いい。
しばらく魔王は飛び散った体からギチギチと音を立てて痙攣していた。
「今、はがれたな?」
『はい。確認しました。電気ショックはあの寄生体を引きはがすのに有効です。しかし宿主へのダメージを考慮は必要かと』
「なら―――なるべく手早く終わらせたいね。引き続き分析よろしく!」
『お任せください』
現状のまま放っておく選択肢はない。
ならばここから畳みかけたいところだった。




