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勇者ツクシの真骨頂

「お前魔王だろ? なんでお前がかかってこないんだ? 前はでっかいモンスターだったのにやめたのか?」


「……何を言っているんですか?」


 ツクシの質問に男は訳がわからないとでも言いたげに問い返していた。


 すでにBGMは止んでいた。


 もちろん観客もわけがわからない。


 そんな中でツクシだけはやはり怪訝な表情のままだった。


「だって匂いがおんなじだからな! 」


「……お前は犬か!」


 怒鳴りあう二人の声が響き渡るたび、困惑と動揺が広がっている。


 シャリオお嬢様も、眉間にしわを寄せ俺に尋ねた。


「魔王? あの魔物使いが魔王だというの?」


「……いえ前は普通にモンスターでしたよ。でも……ツクシの勘はよく当たります。あそこまで断言する時は、確信もあるんでしょう」


 ツクシは勘だけでも侮れない。それはもう野生の第六感的なもので、正直未来を予知しているんじゃないかと疑うレベルだ。


 俺がそう言うとシャリオお嬢様は表情を引き締める。


「……では、また魔王が復活したと言うの? 姿を変えて?」


「ツクシの言うことを信じれば……そうです」


「でもどう見ても人間でしょう?」


 シャリオお嬢様の言う通り、魔物使いの姿は完全に人間だった。


 勇者ツクシが倒した魔王の姿は、絵物語になるほどに王都の人間に知れ渡っていた。


 その姿は一つ目の巨人のような恐ろしい怪物で、間違っても人間と同じ姿ではない。


 勇者自身がその名を出しても、会場は混乱するばかりだ。


 そんな中、唯一動いたのは魔王と名指しで呼ばれた魔物使いだった。


 豹変した魔物使いが大声で叫んだ瞬間、事態は動きだす。


「……ヤレ!」


「ゴアアアアアア!」


 ビリビリ会場全体を震わせる咆哮と共にモンスターは拘束していた鎖を簡単に引きちぎった。


 千切れとんだ鎖はそのまま戦闘の合図となる。


「じゃあ行くぞ! 今日は全力でやっていいって言われてるからな!」


 ツクシはもうすでに飛び出していて、全身から魔法の光があふれ出た。


 彼女の魔法はジャンルで言えば肉体強化に近い。だが、その力は一線を画す。


 四肢と髪が長く伸び、完全に大人の姿になったツクシは全身が白く輝きだした。


 これが彼女の戦闘形態である。


 戦闘形態の彼女を形作るのはツクシ自身のイメージだ。


 彼女の思い描く明確な最強のイメージが肉体に反映され、現実に具現化する無敵の魔法。


 それこそが春風 ツクシの真骨頂だ。


 大人の姿になる前は大きすぎるように思えた鎧が、むしろ小さく見えてしまうほどの急成長に観客席から歓声が沸く。


 それほどに魔法を使ったツクシは戦女神のように美しい。


 だけど俺はよく知っていた。


 外見など、中身に比べたら大した問題じゃないことを。


「そいや!」


 気の抜けた声で気合を入れてツクシは剣を振りぬき、気が付けば剣の刀身は鞘に収まっていた。


 カチンと納刀の音が響いた時、ツクシがモンスターに何をしたか分かった者は少なかっただろう。


 しかし観客に振り返り、両手でピースを作ったツクシのポーズは勝利宣言だった。


 バッサリと真ん中から一太刀。


 切り裂かれたモンスターは黒い霧となって消滅した。


「……」


 俺は目を細め、その光景を見た。


 観客席は一瞬だけ静まり返り、シャリオお嬢様も鮮やかに両断されたモンスターに驚きを隠しきれないようだった。


「な、なにをしたの今?」


「剣の斬撃を飛ばして斬ったんですよ」


「……そんなことできるものなのかしら?」


「はい。あの状態のツクシならそれくらいのこと簡単にやってのけます」


 あのツクシが本気で出来ると考えれば、空だって飛べるはずである。


 それを支えるのは彼女の魔法と、そして何より出来るという強固なイメージだ。


 ツクシは、ツクシだからこそ強すぎる。


 モンスターが仕留められたことで会場に冷静な判断力が戻り、人々は一斉に逃げ出していた。


 青い羽織を着たマッチョがそこら中に見えるので、ツクシが動いた時点で、新撰組も動き出しているようだ。


 あいつらなら市民からの信頼が厚い。避難もより迅速に進められるだろう。


「く、くそう!」


 魔王の悔しげな悪態が思惑を潰した証明だった。


「よし! 次はお前だな!」


 ツクシは手短な巨大石像にしがみつき、力任せに持ち上げているところだった。


 どうやら魔王に投げつけようとしているらしい。


 あまりに迅速に殺しに来るツクシに、魔王らしき男も慌てて声を上げていた。


「待て! いや、待ってください!」


「えぇー。やだぞ。重いし」


「重いならそんなもん持ち上げるんじゃない!」


 ツッコミを入れた魔王は血相を変えた。


 だが無駄だと悟ったのだろう、覚悟を決めたのか勇者に向かって走り出した。


「仕方がない……!」


「?」


 ツクシは妙な顔をしていて、迎撃するでもなく魔王を横に払いのけた。


 所がたったそれだけのことで魔王は簡単に地面を転がった。


「なんだ? 匂いが離れた?」


「後ろ!」


 俺は咄嗟に叫ぶ。


 遠目から見ていた俺は、何が起こったのか見えていた。


 ツクシに向かって飛び出した男の背後から黒い泥のようなものが噴出され、生き物のように動いている。


 一瞬推進力的な何かかと思ったそれは、魔王の連れていた銀髪の少女に纏わりつく。


 泥に包まれた瞬間、少女は苦しみだしたが、すぐに大人しくなった。


「……こういう場合に備えて切り札は用意してある!」


 少女の中に泥が浸み込んでゆくのを見て、俺は魔王について一つだけ理解した。


 どういう理屈かは知らないが、あの泥こそが魔王なのだと。


 あいつは他人の体を乗っ取れるのだ。


 少女の体からドロリと黒ずんだ泥が流れ出て、全身を覆っていった。


 泥は変化し、凶悪なかぎづめと翼が形作られる。


 三つ目の大きな目玉がぎょろりと瞼を開くと、魔王は笑いだす。


「ヒヤハッハッハ! 貴様のせいで段取りがめちゃくちゃだよ! さぁ勇者! こうなればもう貴様を殺すだけでいい!」


 宣言した魔王は、大きな黒い幕をドーム状に展開、闘技場をすっぽり覆い観客席の戦力とツクシを完全に分断した。


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