勝負は一瞬
「うおぉ……おっかねぇ。武者震いが止まらんわ」
心境としては大怪獣に挑む隊員と言った感じだろうか。
脚に仕込んだ札がちゃんと発動してくれるのか、それが勝負の分かれ目である。
額から知らない間に流れた汗を感じながら、呼吸を整えていると、俺の肩をたたいたのは影丸だった。
「いいか? 忍具は合言葉を頭に思い浮かべれば足場が現れる。一言「駆けろ」だ、それ以外考えるな」
「ああ、わかった」
「それと……一瞬だけあいつの注意を拙者に向ける。ダイキチは一切こっちを気にせず角に一撃入れることだけ考えろ」
「……わかった」
影丸は何かするつもりらしい。
だが無謀な試みなのはこっちも同じである。
俺達は二人同時に飛び出した。
「……オオオオオ」
トシは唸りながら、こちらを気にした様子はなかった。
痛みのイライラをぶちまけるように足を振り上げ建物を粉砕した。
まだ熱は残っているようだが、あの状態でも手を出せば機敏に動くだろう。
まず当てることから難しいが、全力を尽くすだけだ。
「テラさん……左手の必殺技で行く」
『万全です。しかしできる限り全力での使用は回避してください』
「え? 何それ振り? 残念ながらいきなり全力だよ!」
『そうでしょうね。あの生物に物理攻撃のみでは望み薄です。生き残るつもりがあるのなら、ためらわないことですね』
「……」
左手の籠手に光が溜まるのを確認して、俺はマフラーを掴みぐっと拳に力を入れる。
そして影丸は一人立ち止まり指を立てると、その身体を煙が包んだ。
煙の中から現れたのは赤い肌の色をした屈強なオーガだった。
「……変化の術」
「おい!」
「いいからいけ!」
それを見つけた瞬間、トシの目玉が血走り始める。
正面から浴びたら鼓膜が破裂しそうな振動がたたきつけられた。
「グオオオオ!」
俺は身がすくんで動けなくなりそうなところを、ただ一つの目標に向かって突き進む。
息を止め、死角を意識して、全力で飛んだ。
パワードスーツの全開の跳躍である。
やろうと思えば高層ビルだって垂直跳びで楽勝だ、角までくらい跳躍力は十分。
一息で相手の頭上に躍り出たが、予想通り気が付かれた。
「!」
ぐるりと顔がこちらを向く。
角が輝き、ついさっき見たのと同じ光景に全身の毛穴が逆立った。
「ここで必殺技かよ!」
こんなコバエに必殺技をふるまってくれるとは有り難い。
だが、攻撃なら何でも構わない。
どっちにしろ一回はかわさなければならないなら大技大歓迎だ。
「駆けろ!」
俺はもう一段思い切り空中を踏み込む。
タイミングはバッチリだ。
「うほおおおお!」
光線は俺のすれすれ横を通り過ぎてゆく中、角を捉えた俺は左手で狙いをつけた。
「チャージ完了しました」
「いけ! 俺の最大火力!」
限界まで威力を高めた一撃は角をへし折るはずだった。
だが怪物化したトシの反射神経は思った以上だった。
「!」
拳が角の先をかすめた時、すべてがスローモーションに感じた。
たった一回しかないチャンスを逃した絶望的なその一瞬。
追撃は間違いなく来る。俺は死ぬのを覚悟した。
時間にして一秒前後、しかしその瞬間はやってこない。
なぜなら追撃のタイミングでトシはバランスを崩したからだ。
トシの足元を陥没させたのは、忍者の忍法だった。
「……土遁の術」
俺は何かせねばと、とにかくマフラーを振っていた。
そして悪あがきのマフラーは罅の入った角に巻き付く。
トシは怒りに燃えて、目の前にちらつくうっとおしい俺に全力で怒りの拳を振り下ろす。
だがそれを待っていた。
「……おおおお!」
腕を組み、何よりマフラーだけは離すまいと重すぎる衝撃を耐えた。
俺が空中でもがいたところでたかが知れている、ならそのとんでもないパワーを利用させてもらおう。
「ギャオオオオ!!!」
バキンと音がして、同時に絶叫が響いたのは俺が地面に衝突した直後だ。
がっちりと角に巻き付いたマフラーは化け物じみた力の負荷をもろに罅に伝えたらしい。
俺は拳と一緒に地面にたたきつけられる中で砕けた角と、化け物の巨体が一気に縮んでゆくのが見えた。