始まりの夢
赫。
その色が、瞼の裏を塗り潰した。
肌がざわざわと心地悪く、身体の表面が熱くなっているような気がする。
強烈な赫。
その正体は、地面を割って空へ伸びる炎柱とそれを煽る風の色。
ただ、赤く塗りつぶされていくだけの情景。
「…っ」
悲鳴を飲み込んだ喉が引き攣り、少年はばっと目を開けた。
微かに震えている両手を月光に晒して見つめてみる。
じんわりとした嫌な汗が両手の平に浮かんでいた。
銀色の髪に隠れたこめかみから、同じ液体がするりと流れて落ちた。
暫く食い入るように両手を見つめていた少年は、徐々に冴えていく意識の中で夢を思い出してみた。
「…今の…」
ただの夢だ。それは解っている。けれど夢にしては、映像も感覚も厭にリアルだった。
汗ばんだ手の平をゆっくりと開閉してみる。誤って火鉢棒の先を掴んだ時のように熱い。
戸惑いと怯えを含んだ金色の目玉が揺れ、ふと視界の端に淡く輝く金糸の髪を見つけた。
幼い頃から傍らにいる少女が飼葉に埋もれてぐっすりと眠っている。
縋るように彼女の髪の一房を握り締め、少年は意識して強く瞼を閉じた。
鼻先に触れる髪から手製の石鹸が香り、怖じながらも昂った彼の心を静かに鎮めていった。
少年と少女は戦争孤児だ。
今よりもずっと幼い頃に起こった戦争は、彼らから両親と記憶を奪っていた。
故に、戦争がどんなものだったのか詳しくは知らない。
知っているのは、自分達が敗戦した国の子供だという事だけだ。
九年前、大陸の西に位置する文明大国バリスティアが、東の小国アルラストに攻め入った。
大陸の先住民族であったアルラストの歴史は古く長い。
太古の昔より他民族との交流を持たずにひっそりと生き永らえてきた彼らには、天地と火水を操る力があった。
機械での文明を築きあげたバリスティアは、その特殊な力を怖れていた。
東西戦争の幕切れは、驚くほど呆気無かった。二人の同胞は根絶やしにされたのだと言う。
この九年間、一度も柔らかな布団に包まれて眠った事は無い。
自分達の正体も、確実な朝が来るのかも解らないまま、ただ生きている。
心地良い眠りの誘いに意識を預けながら、少年は今夜も夢想する。
いつか、まだ目醒めていない力が手に入ったなら。
少女を連れて、誰も自分達を知らない場所へ行こう。
その願いが叶うのは、彼が奇妙な赫い夢を見た一年先。
二人から両親を奪った戦争から、丁度十年後の事。




