第二十一話 島の皇国
「……んっ……んん……こ、ここは?」
目を覚ましたとき、エルフィーナはやわらかい草の上に寝かされていた。むっくりと起き上がって辺りの様子を確認すると、すぐに魔王達を見つけることができた。
「おいっ……魔王。ここは、どこだ?」
エルフィーナの質問に答えたのは魔王ではなくガイコツであった。
「あなた方がお休みになっておられる間に、休息がてらこの島に来たのですが……どうやら有人島のようですね」
ガイコツの視線をたどると、小さな標識の様なものがある。よく見ると『野守ヶ原』と書かれていた。
「のもり……がはら?」
「どうやらこの草原の名前のようだな。……面倒を起こさないようしばらく休んだらまた出発するとしよう」
彼女は、草原の先の森林の生い茂る巨大な山々を見ながら口を開いた。この島の住民との接触は面倒事だと判断したようだ。
魔王討伐隊がどのようにして彼女達を追いかけているのかは見当もつかないが、できればなるべく自分達の痕跡は少ないほうが良い。唯でさえリチュレの町では多数の人間に目撃されたはずだ。船に乗って魔王討伐隊が追いかけてくることは十分考えられる。
「そうだな……ってこいつはまだ寝てるのか……」
エルフィーナは彼女の言葉に同意しながら、すぐそばで未だに眠りこけているクロを呆れた目で見やる。ほんとに彼女の臣下なのか少し疑問に思えてくるが、そんなクロが急にぱちりと目を開けて身体を起こした。
「どうしたクロ?」
「分からん……だが、何か来る!!」
ごおおおおおっ!!
クロの言葉にかぶるように突然突風が吹くと、彼女達の眼の前に、巨大な化け物が現れる。見た目は巨大な山椒魚に手足が何本も生えているといった感じだろうか……あまりに突然、その場にふと現れた怪物に彼女達は身構える暇もない。
「……まずいな。おい、ガイコツ……貴様の能力で何とかできんか?」
眼の前の巨大な化け物に顔を顰めながら、彼女は自分の家臣に小さく口を開く。しかし、当のガイコツは、自分の体を左右に振って無理だと答える。
「さすがにここまで強大な力を持つ者にワタシの能力は効きません……逃げた方がよろしいかと……」
クロは唸りながら巨大な化け物を牽制しているが、相手には全く効き目がないらしい。ただじっとこちらの様子を見ている。石のように微動だにしないところがまたなんとも恐ろしい。彼女は小さくうなずくと、背後の海に向かって走りだそうとした。
「動くな!!」
少し離れた所から、突然男の怒鳴り声が聞こえ彼女達の体は反射的に動きを止めた。彼女達を怒鳴り付けた男は、何やら黒く丸い物体をとりだすとそれを遠くに向かって投げる。その黒い玉は投げられた拍子に爆発するとそのまま爆発を続けながら、その化け物を誘うようにひゅるひゅると動き出す。
巨大な化け物はその黒い玉の不規則な動きに興味を持ったのか彼女達から離れその黒い玉へと向かった。
「さぁ!!今のうちにこっちに来い!!」
男は森の方に来いと手招きしている。彼女達はとりあえず男の誘う方へと走った。
……しばらく走り草原から鬱蒼と木の生い茂る森の中へとやってきた魔王達。森の中では先程の男が、車輪のついた奇妙な乗り物の前で腕を組んでいた。
「おう……お前ら良かったなぁ。野守神に見つかったら動かないでやり過ごさなきゃいけないんだ。あのまま動いてたら、食べられちまってたぜぇ」
「……貴様は誰だ?」
軽い口調で話す男に彼女はついっと眉を吊り上げると不機嫌そうに静かに問う。対する男は、緊張感のない声で笑いながら彼女に答えた。
「おいおい、命の恩人になんて口のきき方だ全く……俺ぁ人運びのゲンソクってもんだ。この人力車で皇国まで人を運んでんのよ。あんたら大陸から来た人間だろ。俺も何回か大陸には渡ったことがあるよ」
「……皇国?」
エルフィーナはゲンソクの言葉に首をひねった。しっかりとフードをかぶっているため、エルフィーナの表情を見ることはできないが怪訝な顔つきをしているのであろう。
「あれ?知らないのか……この山を越えたところにワクワークって呼ばれる皇国があってよぉ……この島を治めてんのよ。あんたら皇国に行くもんだと思っていたが違うのかい?まあ、違くても関係ねぇ、わざわざこんなとこまで来たんだ、寄って行きなよ。俺が運んでってやるぜえ?」
彼女達の答えを待たずにゲンソクは、荷物を人力車に積むと彼女達を人力車に無理無理乗せる。
「ちょっ……ちょっと待て!!まだ誰も乗るなんて……うわぁ!!」
エルフィーナの抗議も空しくゲンソクは意気揚々と出発の準備をはじめる。
「ワン公もちゃんとのったか?……んじゃあ出発ぅ!!」
グイッとゲンソクが勢いよく引きはじめ人力車はワクワーク皇国と呼ばれる何とも怪しい国に向かった。
***
「おい……良かったのか?」
エルフィーナがそっと魔王に耳打ちする。それに魔王と呼ばれる彼女は特に気にした様子もなく、たくさんの木が鬱蒼と生い茂る景色を見ている。
「良いも悪いも、こうなっては仕方ないだろう」
彼女はエルフィーナの問いへの答えもそこそこに車を勢いよく引くゲンソクに口を開く。
「おい、貴様……先程の生き物について何か知っているようだが……あれはなんだ?」
「あ~……あれはあの野守ヶ原を守る神様だよ。だからあそこを踏み荒らす者は生きて帰ってこれないのさ。……あの船もせっかく忠告してやったのに……」
「船?一体何のことを言ってるんだ?」
ゲンソクの言葉が引っ掛かったのか、彼女とゲンソクの会話にエルフィーナが口をはさむ。ゲンソクは少しだけ間を開けると真面目な顔になって話し始める。その間もゲンソクの脚は走り続け遠くには小さく森の出口も見え始めた。
「昨日、沖で海が炎上していたのは知ってるか?」
エルフィーナはこくりと頷く。知ってるも知らないも、そもそも自分達はその船に乗っていたのだから一番近くでその様子を見た張本人である。
「あそこの沖は真黒神っていう神様の聖域でよ~その上をあのバカでかい船が通るのは危ないって何日か前に大陸の沿岸部の国に言っておいたんだぜ。ところがどっこい俺の言うことはまるで聞かないで、結局あのざまだ」
「神だと?あの黒い魚がか!?」
エルフィーナは驚きの声を上げる。あの巨大な化け物魚が神には到底見えなかったからだ。どちらかと言えば魔物のように見えた。
「おい……話しているところ悪いがあれが目的地ではないか?」
彼女の言葉にゲンソクはエルフィーナとの会話を止めて、視線を前に向ける。遠くにはちらほらと人影も見え、家や店が立ち並んでいる。しかし、人々の様子は暗く、店も閉まっているように見える物が何件もある。
「あれ?おかしいな……いつもならうるさいくらいにぎやかなのに……」
「お前はこの国の人間だろ、なにか知らないのかよ?」
エルフィーナはゲンソクの引く人力車が先ほどよりも速くなったせいで強くなった風からフードを守る様におさえながら、町に向かって焦ったように走るゲンソクに聞く。
「俺は昨日大陸から帰って来たばっかりなんだよっ!!」
ぐいっとゲンソクがかなりの速さで道を曲がったため、その勢いで車体が傾く。随分と危険な走行をしばらく続け、ゲンソクはようやく町へと付いた。遠くではよくわからなかったが、人々は皆困った困ったと右往左往して、辺りでは怒鳴り声や、子供の泣き声もする。
「おいっ!!爺さん何があったんだ!!」
「おおっゲンソク帰っとったのか…………聞いてくれゲンソク。まずいことになってしまったわい。早く何とかせんと」
ゲンソクは車を止めるなり、すぐ近くにいた一人の老人に声をかける。老人はゲンソクの知り合いだったのか少し目を見開いた後、ゲンソクにどうしたものかとすがりついてきた。
「一体何があったってんだ!?」
「おぬし八頭は知っておったな。あれの封印が近々解けるらしいっ」
「ヤツガシラっていうとあの黄泉の祠の…………」
ゲンソクは腕を組んで空を見上げる。さっぱり話に付いて行くことができない彼女達は、とりあえず自分達の荷物をまとめると彼らの方へ声をかけるために近づいた。唯でさえよくわからないこの土地で、よくわからないまま厄介事に巻き込まれるのだけは遠慮したい。
「おい……全く話が見えんが、そのヤツガシラとはなんだ?」
彼女が明らかに不機嫌なオーラを出して老人に詰めよれば老人はそれだけで震え上がってしまった。ゲンソクは慌てて彼女と老人の間に割って入る。
「ったく怖がらせるな。ヤツガシラっていうのはなぁ……」
ゲンソクがため息を吐いて説明しようと口を開いた時、薄暗かった空がさらに黒い闇色になって、巨大な雷がすぐ近くに落ちた。村人たちはそれに怯え、各々勝手な方へと逃げていく。竜巻の様な荒々しい風が辺りを吹き抜け、木を根ごと引き抜かんとする勢いに、誰ももうどうすることもできない。
と、また先程の雷のように大きくまた地響きのように低い声が空から聞こえてきた。
【ワレワ、カミナルモノ。ニンゲンヨ……オソレオノノキニゲマドウガイイ。ワレワ、イチマンネンノネムリカラサメ、キサマラトカワシタヤクソクヲハタサセテモラウコトニスルワ……ソレマデセイゼイミジカイイノチヲタノシンデイキルガイイ…グワッハッハッハッ!!】
「……まるで私の読んだ書物にあった理想的な魔王ではないか……いやここまで来るともはや魔神か?」
突風に耐えながら彼女は、地鳴りのような笑い声の響く漆黒の空を見上げた。
お読みくださり、ホントにありがとうございます。