第96話「四つの欠片」
王都に戻った一行は、早速各地の異変の情報を集約し始めた。ヴィオラが食糧庁の調査網を駆使して集めた報告書が、屋台のカウンターに積み上げられている。ランドル率いる監察局からも、各地の巡察官からの報告が次々に届いていた。
「情報が多いな」
リリアが茶をすすりながら、山のような報告書を眺めて言った。
「ああ。でも、これで欠片の在り処が絞り込める」
「サジョウの感じた気配と、実際の異変の報告を重ね合わせればな」
サジョウは緊張した面持ちで、報告書の束を一枚一枚めくっている。エルムが杖で地図を示し、グレゴールが情報を整理し、エレナが無言で仕分けを手伝っていた。
「まず南の島だ」
俺は地図の南端を指さした。
「ここでは“味が消える霧”が報告されている。島の漁師たちが、夜中に甘い霧に包まれてから味覚を失う例が相次いでいるらしい」
「残香の欠片の一つ——“味を消す力”が暴走している可能性があります」
サジョウが言った。
「本来は味を留めるための力が、歪んで消し去る側に回っている。氷の祠と同じ現象の別の形です」
「次に東の峡谷」
エルムが地図の東の山岳地帯を示す。
「ここでは“味が閉じ込められる風”が吹いているという。風に当たると味覚が鈍り、何を食べても味がしなくなる——ただし、消えるのではなく、“どこかに閉じ込められたまま”になるらしい」
「閉じ込める力か。留める力と似ているが、もっと悪質だな」
「はい。閉じ込められた味は、どこかに溜まり続けているはずです。それが解放されなければ——」
「三つ目は西の砂漠」
ヴィオラが西方からの報告書を広げた。
「ここは無味砂漠とは別の、もっと奥地の砂漠だ。奇妙なのは——“味がひとりでに動く”現象が起きている。料理を作っても、味だけが勝手に移動して、別の料理に移ってしまうらしい」
「味が動く——それは欠片の“留める力”が逆に働いているのか」
「たぶんな。留められずに、味が逃げ出しているんだ。それを捕まえなければならない」
「そして最後が——北の果て、氷原のさらに奥」
エルムの声が少し沈んだ。
「ここには“氷の権能”そのものが眠っている。まだ直接の異変は報告されていないが——サジョウの感じた気配がある以上、欠片がここにも存在する可能性が高い」
「氷の権能は、残香の権能とは別物だ。しかし欠片同士が共鳴しているなら、いずれ動き出すかもしれん」
「その時は——また北へ向かう必要があるな」
弟子たちが心配そうな顔で集まっている。シノは包丁を握りしめ、アリシアは静かに話を聞き、リクは鉄鍋を胸に抱え、サジョウは自分にできることはないかと考え込んでいた。
「師匠、俺たちも——」
シノが一歩前に出た。
「いや。今回は少人数で行く。欠片の数は四つ。それぞれの場所に適した料理人が必要だ」
「じゃあ——」
「南の島には、リク。お前の東方の味は、潮の香りで消えた味を呼び戻せる」
「はい!」
「東の峡谷には、アリシア。解毒スープの応用で、閉じ込められた味を解放しろ」
「承知しました」
「西の砂漠には——サジョウ。お前にはまだ難しいかもしれないが、味が動く現象を最もよく知っているのはお前だ」
「……私が」
「ああ。自分を信じろ。お前はもう料理人だ」
サジョウは深く息を吸い、包丁を握り直した。
「はい。やってみます」
「シノは——ここに残れ。屋台を守り、常連客たちを飢えさせるな」
「……わかりました。ここは任せてください!」
リリアが弓を背負い直した。
「私はどこに行けばいい」
「北だ。氷の権能の封印地——まだ異変は起きていないが、調査だけでもしておきたい。リリア、ギリアム、ゴルドア、マクシミリアン。お前たちで北を偵察しろ」
「了解」
「ああ」
「任せろ」
エルムが地図を巻き取り、静かに言った。
「私は南の島へ同行しよう。海の祠の精霊に会う必要がある。リクと共に行く」
「助かる」
将軍とグレゴール、エレナ、ヴァルケンたちは王都に残り、屋台の営業と弟子たちのサポートを続けることになった。ヴィオラとランドルは引き続き情報収集と連絡網の確保にあたる。
「よし——それぞれの持ち場に向かえ。欠片を封じ、世界の味を守るぞ」
「はい、師匠!」
「了解!」
広場に集まった全員が、それぞれの旅支度を始める。弟子たちは自分たちだけで欠片に向き合う初めての旅に緊張しつつも、その目はしっかりと前を向いていた。
リリアが弓を肩にかけ直しながら言った。
「みんな、散り散りになるな」
「ああ。でも、いつでも戻ってこられる。ここが、みんなの居場所だからな」
「そうだな。それじゃあ——行ってくる」
「ああ。気をつけろ」
屋台の看板には、新しい一枚の紙が貼られた。
『しばらく、それぞれの旅に出ます。留守の間の営業はシノと将軍が続けます。世界の味を全部守るために。——カズマ』
(第96話 終)
▼ 次回予告(第97話用の引き)
南の島へ向かったリクは、海の祠の精霊と再会し、“味が消える霧”の正体に迫る。しかしその霧の奥には、残香の欠片に取り憑かれた巨大な海獣が潜んでいた。リクは母の鉄鍋を手に、単身その海獣へと立ち向かう。
(次話:「南の島の戦い」)




