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(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


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第95話「残香の欠片」


氷の祠を癒した一行は、王都への帰路をゆっくりと南下していた。凍てつく霧は消え、山道には再び鳥の声が戻り、木々の葉から氷の結晶が落ちては溶けていく。世界の味が、少しずつ動きを取り戻している証だった。


しかしサジョウだけは、道中ずっと考え込んでいた。手にした小さな包丁を握りしめたまま、時折立ち止まっては北の空を振り返る。


「サジョウ、どうした」

俺が声をかけると、彼女ははっと顔を上げた。

「カズマ殿——私、気づいたことがあります。氷の祠で香炉の欠片を捧げた時、かすかに他の欠片の気配を感じました。残香の権能の欠片は、まだ他にも各地に散らばっている。もしそれらが暴走すれば——」

「同じように、味が凍りつく現象が起きるかもしれない、か」

「はい。それだけではありません。残香の権能には“味を留める”力の他に、“味を封じる”力や“味を閉ざす”力もありました。私はかつて、そのすべてを使って味を歪めていました。もし欠片が各地で暴走すれば——味が凍るだけでなく、味が消えたり、閉じ込められたりするかもしれません」


リリアが弓を担ぎ直しながら眉をひそめた。

「それは厄介だな。祠を一つ癒しても、別の場所で同じことが起きるかもしれないのか」

「はい。残香の権能は元々一つの大きな力でした。それが神々によって砕かれ、世界中に散らばった。私はそのうちの一つを継いでいたに過ぎません」


エルムが杖をつきながらうなずく。

「残香の権能——それはかつて神々が封じた“味覚を惑わす力”の一つ。美食教団が扱っていた力とは別の、もっと古い権能だ。もしその欠片が各地で目覚め始めているなら、世界の味は再び危うくなる」

「その欠片は全部でいくつある」

「わかりません。でも——私が感じた気配は、少なくともあと四つ。南の島、東の峡谷、西の砂漠、それから——」

「それから」

「北の果て、氷原のさらに奥——“氷の権能”そのものが眠る場所にも、欠片の気配がありました」


広場で立ち話をしている場合ではない。俺は地図を広げ、エルムと共に各地の祠や権能の在り処を確認し始めた。サジョウの感じた欠片の気配と、これまでに癒してきた祠の位置を重ね合わせると、いくつかの空白地帯が浮かび上がる。


「南の島には海の祠があった。東の峡谷にはまだ訪れていない“風の祠”があるはずだ。西の砂漠は無味砂漠とは別の、もっと奥地だな」

「北の果ては——氷の権能そのものの封印地だ。まだ手を出せないが、いずれ向き合わなければならない」


ゴルドアが無言で地図を覗き込み、マクシミリアンが北の方をじっと見つめている。ギリアムは大剣を研ぎながら、静かに言った。

「また長い旅になりそうだな」

「ああ。でも——やることは変わらない。欠片を訪ね、料理を作り、味を解き放つ」


「それなら、まずは王都に戻って情報を集めよう」

リリアが言った。

「ヴィオラやランドルに頼めば、各地の異変の報告が集まるはずだ」

「ああ。弟子たちも待っている。一度戻るぞ」

「了解」「はい!」


サジョウが包丁を握り直し、少しだけ躊躇ってから口を開いた。

「カズマ殿——私も、もっと料理を学びたいです。次の旅に出る時までに、せめて味噌汁くらいは一人で作れるようになりたい」

「いいだろう。グレゴールとエレナに教われ。基礎を固めろ」

「はい!」


一行は王都への道を急いだ。残香の欠片はまだ四つ。それらがすべて暴走すれば、世界の味は再び危うくなる。しかし——今はまだその兆候は小さい。一つずつ、確実に封じていけば間に合うはずだ。


夕暮れ、王都の城壁が見えてきた。門の前には今日も人だかりができている。先頭に立つのはヴィオラとランドル、将軍、ヴァルケンたち——そして弟子四人の姿もあった。


「師匠!おかえりなさい!」

シノが手を振り、リクが飛び跳ね、アリシアが深く一礼する。サジョウはその姿を見て、少しだけほっとした顔をした。


「ただいま。留守はどうだった」

「完璧です!将軍の粥も評判で、ヴァルケンさんたちの味噌汁も大人気で——」

「それから、サジョウさんがいなくて寂しがってた常連さんもいましたよ」

リクが付け加えると、サジョウは驚いた顔で瞬きをした。

「私を——待っていてくれた人が」

「当たり前だろ。お前もここの料理人だ」


サジョウは包丁を胸に抱き、深く頭を下げた。その目に涙が浮かんでいるのを、弟子たちは見逃さなかった。


「よし——明日からは情報収集と、次の旅の準備だ。だが今夜はゆっくり休め」

「はい、師匠!」


屋台の灯りがともり、久しぶりの賑わいが広場に戻ってくる。常連客たちが次々に詰めかけ、弟子たちの料理に舌鼓を打ち、将軍の粥に温まり、ヴァルケンたちの味噌汁にほっと息をつく。


リリアがいつもの席で茶をすすりながら言った。

「また旅か」

「ああ。でも、まずはここでやることをやってからだ」

「そうだな。出発はそれからでも遅くない」

「ああ」


カウンターの隅に置かれた小さな扇子が、かすかに風に揺れている。トシとグーラが旅立ってから、ずっとそこにある扇子だ。新しい旅の兆しを、静かに見守っているようだった。


(第95話 終)


▼ 次回予告(第96話用の引き)


王都に戻ったカズマたちは、各地の異変の情報を集約し始める。南の島では「味が消える霧」、東の峡谷では「味が閉じ込められる風」——残香の欠片が各地で目覚め始めている兆候が、次々と明らかになる。

(次話:「四つの欠片」)

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