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(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


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第38話「戦神の戦士、客となる」


大陸交流会の余韻が残る王都に、最初の冬の気配が訪れようとしていた。


市場の木々が少しずつ色づき始め、朝の空気にはかすかな冷たさが混ざるようになった。それでも屋台の前には相変わらず長蛇の列ができ、新メニューの「王国の夜明け粥」は連日、昼過ぎには売り切れる盛況ぶりだった。


「今日の粥は終了だ。明日また来てくれ」

「えー!」

「すまん。代わりに焼きおにぎりと味噌汁はまだある」

「じゃあそれで!」


俺が鍋を片付けていると、リリアが肘でつついた。

「なあ、あれ」


市場の入口に、見覚えのある黒衣の一団が立っていた。戦神の先遣隊——先日、交流会で査察に来た者たちだ。ただし今日は、仮面をつけていない。全員が素顔を晒し、どこか緊張した面持ちでこちらを見つめている。


先頭に立つ銀髪の若者——ヴァルケンが、一歩前に出た。

「カズマ殿。先日は失礼した」

「査察なら終わったはずだ」

「ああ。今日は私的な客として参った。できれば——」


彼は後ろの仲間たちを振り返り、少し気まずそうに言った。

「連れにも、あなたの粥を食わせてやりたい。先日の査察で私だけが味を知り、他の者はまだ食っていない。任務中は味見も許されなかったからな」

「そうか。腹は減ってるか」

「減っている。全員、朝から何も食っていない」

「なら、入ればいい。ただし——粥はもう売り切れた」

「……残念だ」

「代わりに味噌汁となら、まだある。焼きおにぎりもある。卵かけご飯もある。それでよければ」

「十分だ」


ヴァルケンがうなずくと、後ろの戦士たちの顔が、かすかにほころんだ。神の戦士といっても、見た目は普通の若者たちだった。年は皆二十代前半から半ば。戦神に拾われ、戦うことだけを教え込まれた孤児たち——ヴァルケンが交流会の時にそう言っていたのを思い出す。


「シノ、席を案内しろ」

「はい!」


五人の戦士たちは、カウンターに並んで腰を下ろした。鎧こそ脱いでいるが、長身でがっしりとした体格の者、細身で鋭い目つきの者、まだあどけなさの残る年少の者——それぞれが緊張した面持ちで、値段表を見つめている。


「注文は」

ヴァルケンが代表して言った。

「全員、味噌汁定食で。それから焼きおにぎりを一人二つずつ。あと——卵かけご飯というのは」

「俺が作ります!」

シノが勢いよく手を挙げた。

「弟子の卵かけご飯です。よかったら」

「……弟子がいるのか」

「はい!カズマさんの一番弟子です!」

「一番弟子、ね」

ヴァルケンはかすかに笑った。その顔は、もう査察官の冷たい仮面ではない。

「では、その卵かけご飯も五人前」


俺は寸胴に火をかけ、グレゴールが味噌汁の準備を始める。エレナが漬物を切り分け、リリアが焼きおにぎりを網に並べ、シノが五つの卵を割りながらネギを刻む。屋台の厨房が、一気に活気づいた。


「味噌汁定食、お待ち」

「おお……これは」

「わかめと豆腐の味噌汁だ。熱いから気をつけろ」


戦士の一人——大柄な男が、おずおずと味噌汁をすする。次の瞬間、彼の目が大きく見開かれた。

「……なんだこれ」

「どうした」

「温かい。それだけじゃない——なにか、こう、胸の奥がほどけるような」

「出汁が効いてるからだ。煮干しと昆布の合わせ出汁だ」

「出汁……」

大男はもう一口すすり、それから無言でご飯をかきこみ始めた。


細身の戦士が焼きおにぎりをかじり、年少の戦士が卵かけご飯を口に運ぶ。それぞれの反応が、少しずつ違っていた。大男は泣きそうな顔で味噌汁をすすり、細身の男は無言で焼きおにぎりを何度も噛みしめ、年少の戦士は卵かけご飯を一口食べて——ぽろぽろと涙をこぼした。


「……おいしい」

年少の戦士が震える声で言った。

「俺、卵かけご飯、初めて食べた。孤児院でも、軍隊でも、こんなの出なかった」

「そうか」

「あったかい。卵が甘くて、醤油がしょっぱくて——なんでだろう、泣けてくる」

「それが、誰かのために作られた味だからだ」


シノが照れくさそうに頭をかいた。

「俺も、昔、母さんに卵かけご飯を作ったんです。でも、食べてもらえなくて——。だから今は、代わりに来てくれたお客さんみんなに食べてもらいたいんです」

「……そうか」

年少の戦士は涙をぬぐい、もう一口、卵かけご飯をかきこんだ。

「俺も、いつか誰かに作ってやりたい。こんなふうに」


ヴァルケンはそれを見守りながら、静かに言った。

「カズマ殿」

「なんだ」

「我々は、戦うことだけを教えられてきた。食事は常に糧食、味は二の次だった。味わうことは贅沢であり、弱さだと教えられた。しかし——」

「しかし」

「あなたの料理を食べて、思い出した。我々もまた、人間だったのだと。誰かに温かい飯を作ってもらい、それを食って生きてきた——ただの人間だったのだと」

「神の戦士でも、腹は減る。それだけのことだ」

「それだけのこと——それが、どれほど大きいか」


ヴァルケンは立ち上がり、戦士たちを見渡した。

「今日はこの礼を言いに来た。あなたの料理は、戦神の軍にはふさわしくない。だからこそ——我々は、個人的に通わせてほしい」

「個人的に」

「ああ。任務ではなく、一人の客として。これからも、ここで飯を食いたい」

「かまわん。屋台はいつでも開いてる」


戦士たちは次々に立ち上がり、深く一礼した。大男は空になった味噌汁の茶碗を名残惜しそうに見つめ、細身の男は焼きおにぎりの最後の一口を大切そうに頬張り、年少の戦士はシノと何か言葉を交わして笑っている。


「また来る」

ヴァルケンが最後に言った。

「次はもっと大勢で来るかもしれん」

「大勢でも構わない。その代わり、予約を入れろ」

「予約?」

「ああ。粥は早く売り切れるからな」

「……わかった。では、来週の今頃、また五人で」

「承った」


戦士たちが広場を去っていく後ろ姿を見送りながら、リリアが言った。

「あんた、今度は戦神の戦士まで常連にしたな」

「元・査察官だ」

「同じことだ」


グレゴールが鍋をかき混ぜながら、静かに言った。

「彼らは戦神に育てられた孤児たちだ。味も知らず、温かさも知らずに——戦うことだけを生きる糧としてきた。お前の料理は、彼らに“食うこと”を思い出させた」

「思い出させたのは料理じゃない。彼ら自身だ。俺はただ、飯を作っただけだ」


エレナが無言で、新しい漬物の樽を開けている。その手つきは毒味役だった頃よりずっと柔らかく、どこか穏やかだった。


シノが走り寄ってきた。

「カズマさん!あの年少の戦士の人、来週また来るって。そしたら、卵かけご飯の作り方、教えてほしいって!」

「教えられるか」

「はい!……たぶん」

「なら、練習しろ」

「はい!」




夕暮れ、屋台を閉めようとした頃、見知った顔がふらりと現れた。


「カズマ殿。遅くにすまない」

「ヴァルケン。どうした、忘れ物か」

「いや——少し、話したくて」


彼はカウンターの端に座り、遠くの夕焼けを見つめた。銀色の髪が、赤い光に染まっている。

「私は、先遣隊の隊長として、これから戦神に報告書を提出する。内容は——あなたの料理は、戦神の軍には適さず、接収の必要なし、と」

「それが事実だ」

「ああ。しかし——戦神がどう判断するかは、まだわからない。私の報告を無視し、別の部隊を派遣する可能性もある」

「その時はその時だ」

「そうだな。だが——」

ヴァルケンは俺に向き直り、真剣な目で言った。

「もし、次の部隊が来たら——その時は、私が止める。任務に背くことになるが——あなたの屋台を、守りたい」

「なぜ」

「私もまた、あなたの料理を食った客だからだ。客は店を守る権利がある——そう教わった」


俺は少しだけ笑った。

「誰に教わった」

「あなたにだ。気づかなかったか」


ヴァルケンは立ち上がり、背筋を伸ばした。

「では、来週また。五人で」

「ああ。粥を取っておく」

「楽しみにしている」


彼が夜の闇に消えるまで、屋台の灯りは揺れていた。


(第38話 終)




▼ 次回予告(第39話用の引き)


屋台に新しい常連が増えた矢先、トシが珍しく慌てた様子で姿を現した。

「カズマ、大変だ。戦神が——報告を却下した。今度は“本隊”が来る」

先遣隊ではなく、戦神の本隊——その先頭に立つのは、“戦神の右腕”と呼ばれる将軍神。

(次話:「戦神の本隊」)

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