表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(完了) 元マフィア、異世界で屋台を始める   作者: 星海凡夫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/120

第14話「食神、フェンリルの巣に籠る」


翌朝、俺はトシを連れて、街の北に広がる深い森へと足を踏み入れていた。


「なあカズマ。ほんとにここ、行くのか」

「当たり前だ」

「俺、フェンリルってあんまり得意じゃないんだよ。ほら、神様って狼に食われるイメージあるだろ。ラグナロク的な」

「北欧神話か。お前は日本の神だろ」

「神話は全部つながってるんだよ、意外と」


トシはぶつぶつ文句を言いながらも、俺の後ろをちゃんとついてくる。今日は気配を消さず、普通の人間の姿で歩いていた。着物の裾が枯れ葉にすれ、ひさごが腰でかたかた鳴っている。


クロが先頭を歩いていた。時折立ち止まり、鼻をひくつかせ、尾を振って方向を示す。母親の巣穴へ案内しているのだ。森の空気は冷たく、木々の間から差す朝日が、苔むした地面にまだら模様を描いている。


やがて、巨木が倒れ重なった谷間に出た。岩壁には、人が余裕で通れそうな横穴がぽっかりと口を開けている。クロは迷いなくその中へ消え、すぐに「くぅん」と呼ぶ声がした。


「ここだ」

「……思ったより、おっきい穴だな」

「フェンリルだからな」


穴をくぐると、内部は驚くほど広かった。天井は三階建ての建物ほども高く、壁には燐光を放つ苔がびっしりと生えている。青白い光が洞窟全体をぼんやりと照らし、空気はひんやりと澄んでいる。


そして、奥の巨大な寝床の上に——シロガネが伏せっていた。


銀色の毛並みは前回よりさらに輝き、金色の両眼は来訪者をじっと見据えている。巨体がゆっくりと起き上がると、洞窟全体がかすかに震えた。


「カズマ。それと——そっちの、妙な気配の男は」

「食神だ」

「……神」

「そう。トシという。しばらく、ここに匿ってほしい」


シロガネの金眼が、トシを舐めるように眺めた。トシはひきつった笑顔で手を振る。

「ど、どうも。食神です。いつも娘さんにはお世話になってます」

「神が、なぜ私の巣に」

「帝国に狙われててな。奴ら、神を殺す兵器を持ってる」

「……神殺し」

「飢餓神獣ガルムという。食の概念を反転させて、食神を消滅させるように設計された獣だ」


シロガネは長い沈黙の後、ゆっくりとまばたきをした。

「なるほど。飢餓か」

「知ってるのか」

「古い話だ。かつて、この世界に飢餓が満ちた時代があった。フェンリルの祖は、飢餓を食い尽くすために創造された。我々は“飢餓の天敵”だ」

「じゃあ、もしかして」

「ああ。そのガルムとやらが来るなら——私の牙は、役に立つかもしれん」


トシがほっと息をつく。

「なんだ、心強いじゃないか」

「ただし、条件がある」

「なんだ」

「神よ。お前もまた、ここにいる間は“客”ではない。“家族”だ。娘と同じように、お前にも飯を寄越せ」

「……え、俺、神なんですけど」

「神であろうと、腹は減るだろう」

「減りますけども」


俺は思わず笑った。シロガネは筋金入りの食いしん坊だ。


「わかった。定期的に俺が食料を届ける。トシ、お前はしばらくここで、シロガネとクロと暮らせ」

「マジかあ……フェンリル二匹と同居って、食神の俺が食われそうな状況なんだけど」

「食われたら、それはそれで運命だ」

「ひどい!」


シロガネが尾を揺らし、洞窟の奥から何かをくわえて持ってきた。どさりとトシの前に落とされたのは、巨大な骨付き肉——この世界の野牛の大腿骨だ。まだ血が滴っている。


「飯だ。食え」

「いやいやいや、俺、生肉は遠慮したいんだけど」

「火はない」

「カズマあああ」

「神だろ、なんとかしろ」


結局、トシは観念して、ひさごから小さな調理器具を取り出し始めた。どうやら、神様のひさごは四次元ポケットらしい。七輪と炭、網、そして醤油まで出てくる。


「しょうがないなあ。神直伝の焼き肉にしてやるよ」

「……焼くのか」

「焼くんだよ。フェンリルって焼き肉食ったことある?」

「ない」

「よし、初体験ってやつだ」


洞窟内に、炭火の香ばしい匂いと、焼ける肉の煙が立ちこめ始める。シロガネが金色の目を丸くして七輪を見つめ、クロが尾を振りながらぴょんぴょん跳ねている。


「お前ら、ちょっと離れろ。毛が燃える」

「……いい匂いだ」

「だろ?肉は焼くと、もっとうまいんだよ」


俺はその光景を見ながら、しばらく考えていた。


ガルムが飢餓の獣なら、シロガネは飢餓を食い尽くす獣——天敵同士の戦いになる。トシをここに置くことは、単なる隠蔽ではなく、一つの防衛線を張ることにもなる。


「シロガネ」

「なんだ」

「ガルムがもし来たら——お前に任せてもいいか」

「もちろんだ。私の牙は、飢餓を喰らうためにある。ただし」

「ただし」

「あの焼き肉とやらを、定期的に食わせろ」

「……わかった」


こうして、食神トシの「フェンリル巣穴疎開」は決まった。


俺が街へ戻る頃、洞窟の中では、トシがシロガネとクロに焼き肉を振る舞いながら、神話の講釈を始めていた。

「いいか、焼き肉のコツはな——」


フェンリルたちがそれを真面目に聞いているのかどうかは、定かではない。


街に戻ると、広場はすでに炊き出しの準備で賑わっていた。


グレゴールが大鍋を据え、リリアが薪を割り、ギリアムが冒険者たちに指示を出している。屋台のカウンターには「本日炊き出し おにぎりと味噌汁 無料」という立て札が掲げられていた。


「カズマ、戻ったか」

グレゴールが顔を上げる。

「どうだった」

「トシは無事に隠れた。ついでに、フェンリルがガルムの天敵らしい」

「……それは心強い」

「ああ。こっちの進捗は」

「味噌汁は二鍋、おにぎりは三百個。まだ足りんが、初日としては上々だ」

「すごいな、もう」

「元聖餐卿を舐めるな。炊き出しは教会の基本業務だ」


ギリアムが近づいてきた。手には、例の曲げわっぱを持っている。今朝、彼が自ら炊いた麦飯が入っているらしい。


「カズマ。将軍が動き始めた」

「情報か」

「ああ。監察局のランドルから伝言だ。帝国本隊が国境を越え、街道を南下中。予定より早い。到着は——五日後だ」

「五日」

「ああ。急ごう」


俺は腕まくりをしながら、広場を見渡した。列は長く、老若男女が並んでいる。戦を前にして逃げ出したい者もいるだろうが、それでも、腹が減れば人は飯を食う。


「よし。やるぞ」


俺はカウンターに立ち、最初の客に声をかけた。まだ幼い女の子を連れた母親だった。


「いらっしゃい。おにぎりと味噌汁、あつあつだぞ」


母親はおずおずとおにぎりを受け取り、一口かじる。それから、ほっと息をついて笑った。


「……あったかい」

「そうだろ」

「子供に、こんなちゃんとした飯を食わせられるの、久しぶりで」


俺は黙って次のおにぎりを渡す。その後ろでは、グレゴールが味噌汁をよそい、リリアが薪をくべ、ギリアムが子供を肩車して列を見せている。


トシがいなくても、この街にはもう、味が満ち始めている。


(第14話 終)


▼ 次回予告(第15話用の引き)


炊き出し四日目、広場に一人の旅人が現れた。ボロボロのマントをまとい、痩せ細った体で、それでも背筋を伸ばして歩いている。

「……ここが、例の屋台か」

その声に、ギリアムが凍りついた。

「——将軍」

飢餓将軍ヴォルフガング。十日のはずが、たった四日で現れた。

「カズマとやら。話を聞こう」

(次話:「飢餓将軍、屋台に立つ」)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ