第六話 再び労働
夜明け。名もなき浪人は再び埠頭へ向かう。英国船からの荷揚げの仕事。周囲は息を切らし、時に愚痴をこぼしている。それを意に介さず、浪人は歯を食いしばり、ただ黙々と運ぶ。夕刻、二百文を受け取る。さすが、異人相手の危険な仕事だっただけある。割が良い。だが懐の銭はまだ足りぬ。壬生浪士組へ行くには、装備も腕も心許ない。
まずは、腕を鍛えるか。浪人は町の商人に問う。
「この辺りで、剣術を教えてくれるような場所を知らないか。道場でも、個人的に指南してくれるような人間でもいい」
「確か、町のはずれに剣術道場がありやしたな」
商人に教えられた先は、町外れの小さな道場だった。
立派な看板もなく、木戸は歪み、板壁は日に焼けている。
「……ここか」
門の隙間から覗く。
「メェェェン!」
荒削りな掛け声と、竹刀の乾いた音が響く。
中央には、年季の入った男が腕を組み、無言で門下生を見ていた。打ち込みの音が浪人の胸を打つ。あの中に立てば、己の未熟さが露わになるだろう。
(今の俺では、話にならん)
——だが、いずれ立つ。
門を叩く資格すらない。だが、目指すべき場所は定まった。
「…先、装備を整えるか…」
近くの裏路地に入る。表の喧騒とは打って変わり、薄暗く、煤と鉄の匂いが漂っている。その奥に、小さな職人の店があった。刀を打つこともあれば、研ぎや修理も請け負う、何でも屋に近い職人だ。
壁に掛けられた刀に目が止まる。
「一振り……十五両」
——遠い。
「なあ、親父。俺の刀、研いでくれねぇか?」
職人は浪人の刀を手に取り、刃を確かめ、低く言う。
「最低でも……一両はもらうぞ。ただ…こいつは数打の刀の中でも質の低い刀だ。その錆じゃぁ、鉄くずと変わんねぇな。打ち直しに近い仕事だ。1両払って、この鉄屑をマシにする意味がお前さんにあるのかどうか...」
銭袋の中身は500文。一両は4000文であることを考えると手の届かない値段である。現実は冷たい。
「そうか。ご丁寧にありがとう。俺には、無理な話だったようだ。」
そう言い残して名もなき浪人は店を出る。冷たい夜風が頬を撫でる。
(どうすればいい)
——だが、立ち止まるわけにはいかない。
懐は軽いまま。夜風だけが、肌を刺した。




