ジームスカン王7
アンムの町の近くに、ハチドリ率いる暫定政府軍が陣地を張る。
暫定政府の兵が5000人、そこにアーギタスの兵が2000人加わっている。足の悪いソテツの代わりに、アカエイがハチドリの隣で全体の指揮に当たっていた。
もちろんラオやクロヒョウ、マーマタンの3人もアンム攻略に参加していて、自分たちはアーギタスの兵たちを纏める事とした。
「アカエイ殿、合戦はあまり経験は無いと言っていたが、大丈夫なのだろうか?」
ラオの心に一抹の不安が過ぎる。
「ジームスカンは、今まで戦らしい戦はして来ませんでしたからな。しかし作戦はしっかりと練られており、あちらとの連絡も密にしているので大丈夫ですよ。」
ニシカゼは余裕そうである。
「主体はあくまでもハチドリ王の軍でございますからね。我々はお手伝いでございます。ただ、私も戦の経験が多いとは言えませんので、なんとも言えませんが。」
ニシカゼに対して、クロヒョウは少し緊張しているように見えた。
「数の上では負けようがありませんよ。それに、大きな戦の経験がなくても、長年この国の治安を守って来た方です。俺はアカエイ殿を信頼していますよ。」
ニシカゼは飄々と笑った。ニシカゼにそう言われると、心配は杞憂なのだと思えるから不思議だ。
「今更心配しても仕方ないか。よし、今日は最後の打ち合わせをして、明日に備え早く休むとしよう。」
ラオは自分の不安を振り払う様に、努めて明るくそう言った
夕方近くハチドリが待つ本陣にて、アンム攻略の最終的な打ち合わせが行われた。
「敵が町の門の前で陣地を築いていますね。」
ラオたちが話し合いの席に着いて早々、ハチドリが偵察からの報告を教えてくれた。
「この形になると、真正面からぶつかる事になりますな。」
アカエイが、広げた紙にお互いの陣地の配置図を書きながらそう言った。
「相手の数は分かっているのかい?」
ラオが質問する。
「大体3000人弱という所ですかね。こちらの本体の半分より少し多いぐらいです。」
アカエイが答える。
「ならば、我らアーギタス軍は左右から挟み撃ちにしようか?三方から攻めるのはどうだろう。」
ラオがそう提案すると、「常套手段ですな。」とニシカゼがニヤリと笑う。
「基本に忠実な陣形を組み立てるという事ですな。」
アカエイも異論は無さそうである。
「この辺りは背の高い草が群生していますから、アーギタス軍が隠れる事も容易そうですね。では、その作戦で行きましょう。」
ハチドリも満足そうに頷き、満場一致でラオの作戦が採用される事になった。後は細かい取り決めをして、その日の打ち合わせは早々にお開きとなる。
自分の陣地に戻り、ラオはすぐ寝床がある天幕に入った。一人用が用意出来なかったと言われ、マーマタンの3人と同じ天幕である。
「ご不自由をおかけいたしまして、誠に申し訳ございません。」
事情を聞いたハチドリが真っ青になって謝ってきたが、ラオは気にしていないと応えた。
ラオは、この状況を本気で楽しんでいる。寝る前にする話では、みな少し力が抜けるのか本音で話し合えている様な気がするし、ずっと一緒に旅をしていたのに知らない一面が見えたりと、なかなか興味深い事が多かった。
何より自分が王族である事を忘れ、ただの友人の様に感じられることが嬉しかったのだ。
「兵士たちの表情が思いの外明るくて、俺は安心したよ。」
寝床の中で、ラオはポツリとハチドリ軍の感想を呟く。
初めて戦を経験するものがほとんどだと聞いていて、少し心配していたのだ。しかし戦いの前日だと言うのに、兵士たちの間には明るい笑い声が満ちていた。
「アカエイ殿がわざと明るく振る舞って、緊張をほぐしている様に見えましたね。」
ヒツジグモがラオの言葉に応じた。今起きているのは二人だけのようだ。ニシカゼとアカホシの穏やかな寝息が聞こえる。彼らを起こさぬ様にと、小さな声で会話が続く。
「その辺りは流石ですよね。兵士の気持ちをしっかり理解して、そして鼓舞する。アカエイ殿自身も不安があるのでしょうが、絶対に表に出さない。」
ヒツジグモが感心したように言う。
「それを言うのなら、ハチドリ王も大したもんだよ。アーギタスに来た頃には考えられないぐらい立派になった。よほど覚悟を決めて即位を決めたのだろうな。」
ラオは、大きく成長したハチドリに少し焦りを感じ始めている。
「ラオ殿下も、マーマタンを出た頃とは見違えるほどに立派になってますよ。」
ラオの気持ちに気が付いたのか、ヒツジグモがそう言ってくれた。しかし、今のラオには素直に受け取ることが出来ない。
(俺は、ハチドリ王に嫉妬しているのかも知れないな。)
ラオは心の中で苦笑いをした。
翌日は見事な晴天であった。
「気持ちの良い天気だな。」
太陽が眩しくて、ラオは目をショボショボさせながらそう言った。昨日早く寝床に入ったはずなのに、どうにもうまく寝付けなかった。寝不足の中、戦への緊張が高まって来る。
「おはようございます。太陽の光で強制的に目が覚めますな。」
ヒツジグモが元気よく朝の挨拶をしてきた。マーマタンの3人はゆったりと朝食を食べている。朝になって緊張してきたラオと違い余裕を感じる。
「いつも思うのだが、そなたたちは戦が怖くはないのか?」
それは前々から不思議に思っていた事である。
「それは怖いに決まっていますよ。」
一番場馴れしているであろうニシカゼが、間髪入れずにそう答えた。
「その割には、戦の前に余裕がある様に見えるのだが?」
「戦の時はしっかり覚悟を決めていますからね。自分の人生これまでかも知れないと。だからこそ、ジタバタしないで戦に臨みたいんですよ。」
ニシカゼの後を受けてヒツジグモがそう言った、
「俺にその覚悟が、まだまだ足りないのかも知れないな。」
ラオがそう言うと、「マーマタンが、今まで培ってきた精神なのかも知れませんね。」とアカホシが笑う。
「マーマタンの厳しい自然が、そうさせるのか。」
ラオの脳裏に、マーマタンの広大な砂漠が広がる。
「さあ、我々は二手に分かれて戦の始まりを待つとしよう。」
朝食の後、ラオは全体に号令を掛けた。
ラオとヒツジグモそしてアカホシが敵に向かって左側に、ニシカゼとクロヒョウが右側に、それぞれ1000人ずつの兵をを引き連れて持ち場へ向かう。
昼過ぎになり、敵側の様子が慌ただしくなる。やっと大将が陣地に入った様だった。
「なんとも呑気な大将だな、」
ラオが呆れていると、「きっと戦に慣れていないのでしょうな。」とヒツジグモも呆れ顔でそう言った。。
「この軍の大将は町長の息子だそうで、煽られて担ぎ出されたのは良いものの、こちらの軍勢を見て恐れ慄いているるらしいですね。」
アカホシが偵察隊の報告を教えてくれた。
「傭兵たちに唆されたのか?それは気の毒かも知れんな。」
ラオがそう答えると、ヒツジグモはイヤイヤと首を横に振った。
「考えなしで引き受けるのが悪いんですよ。町長とその息子は傭兵に媚び諂って、町の者たちがどんなに訴えても傭兵たちを擁護していたらしく、とにかく評判が悪いのですよ。」
「なるほど、それじゃあ同情することも無いか。よし、思い切って叩き潰そう。」
ラオは少し大袈裟に笑う。それはラオ自身を鼓舞する為でもあった。
いくつかの合戦を経て、割り切りという物が必要なのだとラオは学んだ。
相手にもいろいろ事情はある。しかし、それを一々考慮していればんこちらが立ち行かなくなる。戦場に出ているのならば、自分がいつ死ぬのかなんて覚悟の上なのだ。同情は禁物である。ラオにしたって、戦で命を奪われようとも相手を恨む気持ちにはなれない。そういう物なのだ。
ラオは軍の指揮を上げる為、相手の大将を悪くいうことも厭わない。その罪悪感は指揮を取る自分が引き受ければ良いのだ。軍を率いると言うことはそう言うことなのだと、ラオは自分に言い聞かせる。
相手側の大将が前に出てきた。
両陣営が相対する真ん中で、ハチドリと相手の大将が対峙する。まずは相手の総大将が名乗りをあげる。
「わ、我は、この軍の総大将、ノネズミである。ハチドリ様ともあろうお方が、兄上であるバンブー様に楯突くとはどう言う了見ですかな?」
相手が先にそう問うて来た。場馴れしていないのは一目瞭然で、声が震えている。それに対し、ハチドリは堂々とその問いに答える。
「兄と言えど、ジームスカンに仇なすものを朕は許して置けない。」
ハチドリの王者としての振る舞いに圧倒されているのか、相手の声が小さくなる。
「ハチドリ様はなんでも王を自称しているとか?ジームスカンの王位はバンブー様の物、王位簒奪を企むとはジームスカンへの反逆では無いか。」
一応の大義名分を唱えてはいるが、目が泳ぎボソボソと話すその姿はどうにも情けない。
「父である、先代の王を死に追いやっておいて何を言う。今や、殆どの町や村が朕に味方してくれている。父殺しのバンブーとどちらに大義があるのか、一目瞭然では無いか!」
ハチドリが威圧するように相手に告げ、戦いの合図を出そうと手を挙げる。
「待て!まだ話が終わってないぞ!」
予定していた文言を言い終わっていないのか、ノネズミが慌てたように騒ぐ。しかしハチドリは「これ以上無駄な話をするつもりは無い!」と黙らせた。一瞬呆然と立ち尽くすノネズミだが、横についていた兵士に促されそそくさと軍の後ろに隠れてしまった。
「全く情けない奴が大将になったものだ。」
ハチドリは呆れたようにそう言うと、自分の軍に向き直り拳を上げた。
「皆の者!突撃じゃー!」
ハチドリの合図と共に怒濤のような声が響き、ハチドリ軍が前に走り出した。




