タージルハンの乱7
アカホシとヒツジグモが手分けして、農民から調書を取る。そして農民達から分かった事は、村人全員が一ヶ所に集められ、監禁されているとの情報だった。
家族を人質に取られ、「ガルド砦を落とすまでは帰って来るな。もし無断で帰って来るものがあれば、残った村人を全員処刑する。」と脅されたらしい。
「それはあまりにも酷い!。それはカマキリ直々に下されたものなのか?」
農民達の話を聞いてラオの怒りは収まらない。
「ラオ殿下、如何致しましょうか?王宮に集められた兵士達はもう少しでこちらに着く頃だと思いますが?」
カジキはラオに判断を委ねる。
「そうだな。村はいくつあるのだ?」
ラオの質問に、「6つですね。トルガの東側に点在しています。」とオニヤンマが答えた。
「村に押し寄せた兵士どもは何人ぐらいだ?」
今度はアカホシに質問する。
「村の規模にもよるが、だいたい30人ぐらいの兵士が村に押し入ったそうです。彼等は村の広場で遊んでいた子供達にいきなり襲い掛かり人質にとって、抵抗出来なくなった村人達をそのまま監禁したと言ってました。どの村も同じ様な手口で村を制圧したらしいですね。
見張を10人ほど残し、他の者は彼らを連行する為に、一緒に街へと帰ったそうです。今はどう言う状態なのかは分かっていません。」
「本当に酷い話だな。」
オニヤンマが表情を曇らせる。
落ち着いた顔でヒツジグモが、「救助は慎重に運ばなくてはいけません。しっかりとは作戦を練らなければ。」とラオに進言して来た。
「そうだな・・・。ヒツジグモの言う通りだ。怒りに任せて村に押しかけると、余計に被害が大きくなる。」
ラオは、ヒツジグモのおかげで少し冷静さを取り戻せることが出来た。
直接詳しい話が聞きたいと、それぞれの村から代表で一人か二人ずつ、話し合いの席に着いてもらった。
「村人は一ヶ所に纏められて監禁されているという事だが、子供も例外では無いのだな。食料を満足に貰えているとは思えないから、すぐにでも助ける必要がありそうだ。」
村人達の状況は、思っていたよりも酷いことが分かった。急がなくては子供や年寄り達の命が危ない。ラオは地図を眺めながら、皆に意見を求める。
「一つずつ解放していくのも危険ですね。時間がかかるだけじゃ無くて、他の村に話が伝わるとその村を皆殺しにされかねない。」
ヒツジグモが状況の厳しさを指摘する。
「彼らの村は、トルガの町の東半分を囲むように一本道で繋がっています。町の方向に田畑が広がり、その奥に村人達の家が並んでる。家々の裏には深い密林があるだけで人が入る隙間は無い。誰にも見つからず救出に向かうのはかなり困難ですね。どんな奴らが人質を見張っているのか分からないから、少人数で行くことも危険です。」
オニヤンマが眉間に皺を寄せ、ため息を吐く。
「密林から村に入るのも難しいのか?」
ラオの質問に、オニヤンマは首を横に振る。
「地割れして、崖のようになっている所もあれば、大型の山猫や狼等危険な動物が多い地域です。我々も危険すぎてほとんど立ち入る事はありません。」
皆が思案しているのをじっと見ていた村人の一人が、おずおずと声をかけて来た。
「あのぉ・・・、密林に入れる道はありますよ。」
「何!?」
オニヤンマが目を見開き、反応した。
「詳しく教えよ。」
ラオが、農民に話を促す。
「我々の先祖は、トルガの町ができるずっと前から、誰にも支配されずに森の民として暮らして来ました。トルガの町の支配下になった後でも、反骨精神を持った先祖達はいつか彼らから自由になる事を信じて、森に秘密の通り道を作りお互いに連絡し合っていたのです。
その道は今でも我々の生命線として、町には秘密で機能しています。馬は無理ですが、それなりの人数が行き来するぐらいは大丈夫です。」
農民からの思わぬ話に、みんなの目が輝いた。
「その道を使えば各村々に軍を待機させて、同時に村に踏み込めるのではないか?そうすれば奴らも連絡しようが無い。」
オニヤンマが顔を綻ばせてそう言った。ラオは少しだけ農民が心配になる。
「しかし、良いのか?そんな大事な話を俺らに聞かせて。」
農民達が秘密を教えることは、とても勇気がいる事だと思う。
「村の人達が・・・、家族が殺されるよりマシです。森の道を知っっていても我らに家族を救う力はない。殿下は、我らを助けるから信じろと仰った。だから信じてみようと思います。」
深く深く頭を下げて、農民達はラオに家族を託す事を決めたと言った。
「では、手分けして森からの入り口に待機させ、時間を決めて同時に村に攻め込むことにしよう。お前達、案内してもらえるか?」
ラオはニコリと笑い農民達に頼むと、「勿論でございます。どうか、家族を村のみんなを助けてください。」と快諾してくれた。そして、全員一致で、村人救出の方向性が決まった。
昼になり、衛兵隊長に率いられた後発隊が到着した。出迎えたラオに、衛兵隊長は初めて自分の名前を「ムササビ」だと名乗った。王宮でよく話をしていたのに、そういえば彼の名前を聞いていなかったとラオは驚く。
「まだ、名前を名乗っていませんでした。申し訳ありません。」
ムササビは、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「王宮ではそれどころじゃ無かったからな。いや、俺も今まで気にして無かった申し訳ない。」
ラオはそう言って笑い、ムササビも少しホッとした様に微笑んだ。
ムササビを迎えて、改めて今日の作戦を話し合う。
農民の救出は、一番奥に行く軍団が準備出来次第狼煙を上げる事、それを合図に全軍が村に踏み込む事。村の制圧完了後は、各々の村ごとに松明で合図を送る事、ラオとオニヤンマはトルガの表と裏の門で陣取って、松明の灯りを確認した後、そのまま町に突入する事などが確認された。
「今からの時間なら、カマキリの寝込みを襲う形になりそうだな。少し卑怯な気もしなくは無いが、人質のことを考えると仕方あるまい。」
そう言うラオに、カジキが笑う。
「ラオ殿下は本当に正々堂々と生きてこられたのですね。悲しい事に戦で綺麗事は通用しません。みな命が掛かっているのですから。 少し狡いと思うような戦法でも、農民達を助ける為に戦う殿下の姿は格好良いと思いますよ。
それに戦を仕掛けておいて、その結果を待たずに夜寝る様な奴はいないですよ。もし寝ているとなれば、そんな緊張感の無い領主に同情する価値は無いです。」
「それもそうだな。」
ラオは、カジキの言葉に納得する。
「案内以外の農民達にはここで残って貰うことになるが、アカホシ、彼らを頼めるか?」
ラオはアカホシに砦の留守を言いつけ、農民達との話し合いを進めてくれるように命令した。アカホシは一礼をして、その命令を了承した。
話し合いの後、全軍が集められラオの進軍の号令が下された。
「今来たばかりの援軍には申し訳ないが、人質には時間がない。村へ行く者達はくれぐれも人命第一で頼む。難しいとは思うが其方達に期待している。」
ラオはそこまで言って、一度目を瞑り大きく息を吸った。そして「行くぞ!!」と大きな声で出陣の号令を発した。
ウオォーっと地響きの様な声が上がり、いよいよトルガ攻めが始まった。
騎乗したラオを先頭にオニヤンマとムササビが両脇を固め、カジキ達3人が後ろに続く。その後ろからは幟を持った騎兵隊と歩兵達が隊列を組んで歩いている。
(決して大きな軍隊だとは言え無いが、なんとも心強い者達だろうか。)
ラオは、この素晴らしい仲間達に巡り会えた事がとても幸運な事なのだと心から思った。
まだ日のあるうちに、トルガの城郭の正門手前にある分かれ道まで来ることが出来た。まっすぐに進むとトルガの正門に突き当たり、右に行くとこれから襲撃する村々の畑の間を進みトルガの裏門まで道は続く。
この分かれ道で、最初の狼煙が上がるのを待つことになる。村にいるカマキリの兵が、奇襲で混乱している隙を突いて、オニヤンマの隊が街の裏門まですんなり動けるための作戦である。
そして、すべての村で松明が灯るのを確認してから、最後にラオ達が正門へと向かう事となる。門兵と要らぬ争いを避ける為である。
日が少し西へと傾き辺りが少し暗くなった頃、遠くの方で煙が上がるのが見えた。村への突撃の合図だ。
「では、我々は裏門へと参ります。殿下の御武運を願います。」
「其方らも気をつけて。町の中で会おう。」
ラオの言葉に軽く会釈して、オニヤンマ隊は右の道を進んで行った。
すっかり日が暮れて、辺りは暗闇に包まれてきた。残されたラオ達は祈る様な気持ちで、松明の灯りが灯るのを待った。
永遠とも思えるようなヒリついた時間が流れる。ラオは、不安とも焦りとも付かない落ち着かない気持ちで、村の方を睨んでいた。もう完全に日が暮れて、視線の先には深い暗闇が見えるだけとなってしまった。
「ずいぶん時間がかかるもんだな。」
待つ事に耐えられなくなって来ていたラオが、思わず呟く。
「まだ1時間ぐらいしか経っていませんよ。彼らを信じる事です。」
同じく横で村の方を睨みつけていたムササビが言う。その言い方はまるで自分に言い聞かせている様に聞こえた。
ラオは軽はずみな言葉を口にしたことを恥じた。そして、それを打ち消すかの様に、「そうだな、彼らを信じよう。」と独り言ちた。
しばらく沈黙が流れ、重苦しい空気が場を支配し始めた頃、遠くの方に小さな灯りが見えた。そして一つずつゆっくりではあるが灯りが増えていき、とうとう6つの灯り全てを確認することが出来た。
兵士達が歓声を上げる中、ラオはホッと胸を撫で下ろす。カジキとムササビの顔を見るとやはり心配だったのか、安堵したように笑っていた。
ラオは姿勢を正し、兵士達に向き直る。そして自分でも驚くほどの大声で、皆に号令をかけた。
「さあ諸君!我々の出番だ。思い切ってトルガに攻め込むぞ!」
「うおぉぉー!!」
兵士がそれに応える。
ラオはその声に満足して右手を挙げてから前方へと差し出した。それを合図に、兵士たちが美しい隊列でトルガ正門へと進み出した。




