第六十二話 全てを統べる者
牧田の両手は瑠璃の首をしっかりと掴み、そしてゆっくりと瑠璃の首を締め上げる。
「瑠璃さん!」
「行くぞ明人」
「おう!」
明人と影司は瑠璃を助けるために変異の体勢を取る。しかしその瞬間、平刃が二人を止める。
「待て二人とも。すまないが、私たちには何もできない」
「何言ってるんですか教授! 早く止めないと瑠璃さんが!」
「分かっている。だが……」
平刃は婚約者である友里の命を案じているのだろう。ギリギリと歯ぎしりが聞こえてきそうなほど強く口を噤んだ。明人はそんな平刃の制止を振り払い、瑠璃を助けに行こうとする。しかしその時、徐々に持ち上げられている瑠璃の手が微かに動いたことを確認する。
「今、瑠璃さんの手――」
「黙っていろ」
瑠璃の右手が微かに動いた。それに、よく見ると左手には一本のボルトが握られている。瑠璃は最後の一撃を残していたのだ。影司はそれが敵に感づかれないように明人の口を塞いだ。
「フフッ。これで私の勝ちよ!」
牧田が瑠璃の首を折ろうとした瞬間、ブレースの左腕が素早く動き、牧田の心臓部を貫いた。
「あ、あぁ……」
牧田は両手を離し、そのまま両手をしばらく宙に漂わせてから自分の胸に突き刺さる溶解液の塗られたボルトを掴んだ。ジュ―。というロージョンの装甲を溶かす音が鳴る。牧田の胸の装甲、それにボルトを直に掴んでいる両掌の装甲がどんどん溶かされていく。
「あ、あ、あぁ……」
牧田は言葉と言うよりは、音をひたすらに漏らし続けた。そして数秒後には体を横にしてその場に倒れた。
「や、やったのか……?」
明人は構えていた両手を下ろし、倒れている牧田を見つめる。
「わ、私の、私の人生に、負けと言う言葉は無いわ」
牧田は瀕死の状態にもかかわらず、懐に隠していた黒い注射器を取り出す。
「あいつ、自分にもう一本打つ気か?」
明人は牧田を止めようと一歩前に踏み出すが、離れている明人では到底間に合うはずも無かった。
「も、もうやめてください!」
ボルトを突き刺した後、茫然と突っ立っていたブレースが牧田に駆け寄り、そして注射器を弾き飛ばした。
「わ、私の希望が……!」
牧田は飛ばされた注射器に向かって這いずりだす。
「あ、明人さん。彼女を助けてあげてください」
「さ、さん? まぁいいや、バイタルチェンジ!」
明人はオドオドしているブレースに違和感を感じながらも、牧田の中に潜んでいるブラックレインを死滅させるために変異する。そしてオレンジ色の剣を構え、這いずっている牧田に向かって走り出す。
――しかしそのとき、牧田の背中に一本の大剣が突き刺さった。それは日暮れとともに舞い降り、コンクリートまで破壊していた。
「が、ぐはっ……」
牧田は弱々しく、注射器に向かって手を伸ばす。しかしその手は注射器までは届かず、パタリと地面に落ちた。
「……だ、誰だっ!?」
一瞬のことで、その場にいた全員が口を半開きにしたまま黙っていた。そんな中、一番最初に辺りを見回し、叫んだのは明人であった。
「ガハハハハッ! 全く、敗者が見苦しい!」
嗄れた笑い声は廃工場の上からした。明人たちは声がする方を見上げる。するとそこには銀色の光を右腕から放つ、真っ白い装甲を身に纏った新種の変異体がいた。
「お前か! この大剣を彼女に突き刺したのは」
「ガハハハハッ! そうだ。私のしもべに敗者などいらん!」
白い変異体は廃工場の屋根から飛び降り、牧田の横に降り立った。そして地面に突き立っている人ほどの大きさのある大剣を引き抜き、両手でしっかりと構える。
「神馬明人、貴様、邪魔をしたな」
「何だと? 俺はただ助けようとしただけだ」
「助ける? 敗者をか? ガハハハハッ!」
「おかしいことなんて何もないだろ!」
明人は剣を構え、白い変異体に向かって行く。
「好き勝手はさせんぞ!」
白い変異体は大剣を地面に立て、左手で支える。そして空いている右手を明人に向かってかざす。すると銀の右腕が白く発光し、明人の目を眩ませる。
「うおっ! 眩し……」
明人は銀色の光を浴びて目を伏せる。
「神馬明人、お前は明日じっくり殺してやるからな」
明人の目が眩んでいるうちに、白い変異体はブレースに襲い掛かる。
「きゃあっ!」
今のブレースには戦闘経験の無い瑠香の精神が宿っており、白い変異体の攻撃を上手く回避することが出来ない。
「……クソ、狙いはそっちか。ビートチェンジ」
影司は瑠香を守るために変異するが、瑠香は大剣の攻撃を受けて吹き飛び、ドラム缶の山に突っ込んだ。
「そこまでだ」
影司は白い変異体の前に立ち塞がり、ナイフと刀を構える。
「目眩ましなんて卑怯な真似しやがって」
視界が回復した明人も駆け付け、白い変異体は二人に挟まれる形になる。
「なぜ黙って見ていられない。愚民どもが……」
白い変異体は大剣を地面に突き刺し、明人と影司を睨む。そして話を続ける。
「はぁ、興が削がれた。お前たちは明日料理してやる」
白い煙をまき散らし、変異体は姿を消した。
「瑠璃! 瑠香! しっかりしろ、どちらでもいい、返事をしてくれ!」
平刃はドラム缶の山から瑠香を引きずり出し、そして何度か名前を呼んだ。しかしどちらからも返事は無い。
「瑠璃さんは!?」
変異を解いた明人と影司もすぐに駆け付ける。平刃は顔を横に振って答えた。
「すぐに病院に行きましょう」
「あぁ、息はまだある。急ごう」
平刃はそう言いながら瑠香を抱き上げ、自分の車に急いだ。
その後瑠香は平刃の車で原笠病院に搬送され、すぐに処置が施された。外傷はそこまで酷くなかったのだが、強く頭を打ったようで瑠香の意識は戻らなかった。
瑠香には五十二号室があてがわれた。瑠香は静かな寝息を立てて深い眠りに落ちており、その寝顔はとても安らかであった。
「教授……」
ずっと瑠香の寝顔を見つめている平刃に、明人は声をかけた。しかし平刃は返事をしない。
「……そっとしておこう」
病室の入り口近くに立っていた影司は、平刃を気遣ってそう言った。明人は小さく頷き、影司と共に病室を後にした。
「教授、大丈夫かな……」
「どうだろな。バカでは無いと思うが」
「そりゃ当たり前だけど、人間って我を失うと何するか分からないだろ?」
「……お前は帰って休め、きっとお前があいつと戦うことになる」
「影司……。ありがとう」
明人はそう言うと、エレベーターに乗り込んで地下施設に向かった。影司はそれを見送ると、五十二号室に戻り、なるべく平刃を刺激しないように入り口の近くにある椅子に腰かけて、平刃を見張った。
地下施設に向かった明人は仮眠用のベッドに横たわった。しかし無音の中にいると考え事ばかりしてしまって寝付けず、明人はテレビを点けて気を紛らわせようとする。
「今日の三時過ぎ、原笠市の日輪にてロージョンが大量発生しました。黒服を身に纏った怪しい男たちが町を徘徊していたとの情報も入っており、今回のロージョン大量発生は人為的に起こされたものだと噂されています。――ここで速報です。市長である大源氏が、全局にビデオレターを配布したとのことです。では、早速再生してみたいと思います」
「ビデオレター?」
明人は上体を起こし、テレビの画面を見つめる。
「ごほん、今晩は、諸君。今日起きた事件についてだが、アレは私が起こしたものだ。人類が次のステップに進むために必要なものだと私は考えている。勿論、私は既に次のステップに踏み出している。さぁ、諸君も私に続いてほしい。原笠市から日本は変わる。全人類が力を手に入れるのだ」
大源はそう言うと、右腕の袖を巻くって銀色の義手を見せる。そして手の甲に付いているボタンを押す。すると掌を針が貫き、傷口から白い液体が流れだす。そして大源の全身は白い装甲に包まれ、先ほど廃工場で見た白い変異体がテレビに映る。
「やっぱりあいつだったか……。大源……!」
「私が全てのロージョンを統べる存在となる。Control all。コールだ」
コールはそう言うと、右手をカメラに向け、明人にしたように右手を発光させて画面を真っ白に染める。ビデオはそこで終わったようで、目を細めているアナウンサーが画面に映る。
「何がロージョンを統べるだ。その野望、絶対に俺が止めてやる」
明人はテレビを消し、再びベッドに横たわった。そして明日に備えるために無理矢理明人は眠りについた。
……五十二号室は閑散としていた。影司は腕を組んで平刃を見張っていたのだが、連日の疲れが溜まっていたせいか、少し瞼を閉じるつもりが深い眠りに落ちてしまっていたようであった。
「……う、ううん」
影司はそっと瞼を上げた。椅子でうつらうつらしていたはずなのだが、いつの間にかベッドに横たわっていた。違和感を感じながらも上体を起こし、病室内にある時計を見る。すると針は五時を指していた。外の明るさからして、朝の五時のようであった。
「ちっ、寝過ごしたか……」
影司はベッドを降り、病室内を見回す。するとすぐに先ほど感じた違和感の正体が分かった。
「我を忘れる。か」
影司はそう呟くと、病室を飛び出した。
スライドドアがゆっくりと閉まる病室には、寝たきりの瑠香だけが残された。
病院を飛び出した影司は駐車場に向かった。数時間前に停めたはずの平刃の車が無く、影司は念のために駐輪場に置いたままにしていた自分のバイクに跨る。そして敵の本拠地である日輪を目指して走りだす。
そのころ平刃は日輪の海林社前にたどり着いており、車を路駐するとニュース速報を開いたままにしていたスマートフォンを取り出して、読みかけのニュースを読む。
「……人類の次のステップだと? 馬鹿げている」
平刃はそう呟くと、スマートフォンを助手席のシートに放り、運転席を降りる。そして海林社に向かって歩き出す。
朝の五時ということに加え、昨夜のニュースを聞いて出歩いている人はおらず、日輪はセントラルシティとは思えないほど静かであった。
そんな人気の無い街を、白衣を身に纏った一人の男が歩いて行く。その歩みに迷いはない。海林社前に到着すると、入り口はロージョンによって破壊されており、誰でも入れるようになっていた。平刃は躊躇なく海林社に踏み入り、そして上階を目指してエレベーターの前に立つ。ボタンを押すが反応が無く、エレベーターで上階に行くことは無理そうであった。平刃は諦めて階段で二階に上がる。
階段を上がると開けた場所に出た。ロビーのようなものが設けられており、数個席が設けられていることからして、ここで簡単な応対が行われるのだろう。と平刃は考え、足を止めた。
「どうした平刃、まさかお前一人で来たのか?」
長い廊下の奥の方にある部屋から、郷間が姿を現した。
「……」
「なんだ、喋れなくなったのか? まぁいい、人質はこの廊下にある三つの部屋に一人ずついる。……なんて言っても、お前じゃ俺は倒せないがな。だからチャンスをやる。ほら」
郷間はそう言いながら長い廊下を歩き、そこそこ平刃に近付くと、ポケットから取り出した注射器を平刃に向かって投げた。
「何の真似だ?」
平刃は注射器を受け取ってそう聞いた。
「何って、簡単だろ? お前も力を手に入れれば、俺を倒せるかもしれないぜ? 友里を救えるかもな、お前の手で?」
「友里……。俺は……」
平刃は右手に握っている黒い注射器を眺めながらそう呟いた。
「さぁ、最後の戦いと行こう」
郷間は白と黒の注射器を取り出し、平刃が構えるのを待つ。




