第三十三話 情報戦略
明人が瑠璃を救出したその日。影司と朝美は緑島に来ていた。
「ここが今の拠点なのか?」
「えぇ、私が知ってる拠点はここよ」
「その言い方からして、他にも拠点があると言う事か?」
「分からないわ。でも牧田さんはここにいる」
「そうか。じゃあ案内してもらおうか」
影司と朝美は駅を出て、観光街として人気のある緑島を歩き始める。
平日ではあるものの、緑島は賑わっていた。影司は周りを気にせず進んでいくが、朝美はちらちらとすれ違う人の様子を伺いながら進んでいく。
「おい、早く歩け」
「簡単に言わないでよね。どこに監視の目があるか分からないのよ?」
「見つかったら逃げるか倒すかすれば良いだろ」
「だから、そう簡単に言わないでよ。拠点なのよ? それなりに戦力をあててるはずよ?」
「それはお前の憶測だろ。仕事はさっさと済ませた方が良いに決まっている」
影司はそう言って朝美の誘導を催促する。
「はぁ、分かったわよ」
朝美は渋々納得すると、影司の前に行って歩を速める。
二人はしばらく無言で歩き続け、駅から十数分でたどり着ける商店街に入っていた。二人の周りには、ここならば事件に巻き込まれることは無いだろう。と決めつけているような形相がうかがわれた。二人はそんな人混みをかき分けながら進んで行き、商店街の終わりが見え始めた部分にある一店の土産屋に入った。
「いらっしゃい」
二人を迎えたのは不愛想な男性店員であった。
「胡麻団子二個、イチゴ大福五個、みたらし団子一本」
「……あいよ」
男性店員はそう言うと、扉の奥に消えていく。朝美は辺りに客がいないことを確認すると、男性店員に続いて扉の奥に進んでいく。影司もそれに続いて扉の奥へ進み、そして扉を閉めた。
「後ろのは新入りか?」
男性店員は朝美に向かってそう聞いた。
「え、は、はい。そんなところです」
「ほう。そうか」
店員はそう言うと、道半ばで立ち止まった。
「あれ、まだ途中ですよね?」
朝美は声を震わせながらそう言う。
「あぁ、そうだ」
店員はそう言うと、不敵な笑みを浮かべながら振り返った。すると。
「きゃああああ!」
それとほぼ同時に、商店街の方から悲鳴が聞こえてくる。
「変異体でも出たか?」
店員はニヤニヤしながら朝美と影司の顔を見る。
「ちっ、行くぞ」
「え、う、うん!」
影司は朝美を連れ、来た道を引き返して商店街に出る。
「助けてー!」
「へ、変異体だ!」
観光気分の人々は、突如として現れた変異体によって慌てふためく。一本道の商店街に現れた変異体は次々と観光客を襲って行く。
「お前にはもう一つ託す仕事がある」
「え?」
影司はそう言うと、朝美に持たせていた鞄を指さした。
「え、これ? 開けて良いの?」
「そうだ、開けろ。お前なら使えるはずだ」
「え、うん。分かった」
影司は伝えることだけ伝えると、左胸の器械にリミッターをセットし、そして変異する。
「ビートチェンジ」
変異を終えた影司は、人がまばらになっている商店街に姿を現す。そして観光客を襲っているロージョンに殴りかかる。
影司に続いて朝美も商店街に出る。そして鞄を漁り、中に入っているビデオカメラを取り出す。
「これ……」
朝美はビデオカメラの電源を入れ、そしてそれを構えてビュースの戦闘を撮り始める。
「ここは緑島。時刻は……正午過ぎ。商店街に一体の変異体が現れました。そしてその相手をしているのは、先日黒幕ではないかと疑いをかけられたビュースです」
朝美は淡々と現場状況を言い残し、カメラでビュースとロージョンを追う。
「観光客を守りながら、ビュースはロージョンと戦闘を続けています」
「はぁっ!」
影司はロージョンの腹に蹴りを入れ、すぐさま地面を凍らせる。そしてその上を滑っていき、フィニッシュブローを入れる。
「今、ビュースがとどめを刺しました!」
朝美は少しテンションを上げてそう言うと、録画を止めて影司に歩み寄る。
「ナイス影司!」
朝美はそう言いながら影司の肩を叩いた。
「ふん、こんな雑魚に手こずるわけないだろ」
「ま、確かにね」
「今はここを離れるぞ」
「う、うん!」
影司と朝美は商店街を離れ、再び人の多い海へと向かった。
「もういいんじゃない?」
朝美は少し息を切らせながらそう言った。影司はその言葉に立ち止まり、近くにあるベンチに向かった。そしてベンチには座らず、背もたれに尻を預けた。朝美はそれに続いて行き、ベンチに腰を下ろす。
「……ちゃんと仕事は果たしたか?」
「えぇ、バッチリよ! ……じゃなくて、あぁーあ、これで私裏切り者確定じゃない。はぁ」
朝美はそう言って大きなため息をついた。
「それはお前にやる。情報戦には情報戦だ。それが出来るのはお前だけだ。頼んだぞ」
「あ、う、うん。任せといてよ!」
影司は淡々とそう言った。朝美に期待の言葉をかけているにも関わらず、その声のトーンのせいか、なぜか朝美は叱られている気分になった。
「お前は火澄町に戻って動画を作れ。俺は拠点に行く」
「ちょっと、それは危険すぎるわ」
「だからと言って今逃がしたら、拠点を移動されてしまうだろ」
「そ、それもそうだけど……」
「それじゃあな」
「ちょっと!」
朝美の言葉を無視して、影司はスタスタと商店街に向かって行く。
「もーう、せっかちだな」
朝美はそう言うと、鞄から携帯電話を取り出した。そして明人に電話をかけようとするが、躊躇した挙句携帯電話を鞄に戻した。
「はぁ、ちょっと待って――」
「う、うわぁぁぁあ!」
朝美が影司の後を追おうとした時、今度は海の方から悲鳴が聞こえる。
「また変異体!?」
朝美は振り返って海の方を見た。するとそこには二体のロージョンがおり、帰りがけの客に襲い掛かる。
「……クソ。拠点に近づけさせないつもりか?」
影司は商店街に行くのを諦め、海の方に戻って来る。
「拠点の方は任せて。その代わり、影司の情報を向こうに売っても良い?」
「何を売るって言うんだ」
「さっき使ってたやつ。スケート靴みたいなやつだよ」
「……それでまた取り入る作戦か?」
「そゆこと~」
「……分かった。お前が持ち掛けたんだ、ヘマするなよ」
影司はそう言うと、左胸の器械にリミッターを装着する。
「分かってるよ。ヘマしない」
「ふん、さっさと行け。……ビートチェンジ」
影司は変異すると、石垣を乗り越えて浜辺に下りる。それを見届けた朝美は、ビデオカメラを持って商店街に向かう。
影司に気付いたロージョンは、観光客を襲うのを辞めて影司に向かってくる。
「さっさと片付けてやる」
影司は軽く両手首を動かし、向かってくるロージョンに備える。
一方そのころ、原笠病院の別棟にある五十二号室には、明人を始め、平刃と瑠璃が集まっていた。
「無事でよかった」
「そ、それはこっちのセリフだし」
平刃と瑠璃はどことなくぎこちない会話をしている。明人はニコニコしながらその会話を眺めていた。
「紫の変異体とは戦ったのか?」
平刃は瑠璃から視線を逸らし、明人の方を見てそう言った。
「いえ、逃げられちゃいました。今の俺じゃ力不足だって」
「確かにそんなこと言われてたわよね」
「はい、それに、影司に拘っていたというか……」
「阿久戸君のことを?」
「はい、二人でかかってこい。って」
三人は考え込み、そして唸った。しかし最適解を見つけることは出来ず、無駄な時間が過ぎた。
「神馬に阿久戸君。二人を一気に取り込むつもりか? それとも二人が揃うことに意味があるのか?」
平刃は考え込みながら独り言を零した。明人と瑠璃はそれを聞きながら再び唸った。
「どちらにせよ、阿久戸君と合流する必要があるみたいだな」
「はい、そうですね。それと、瑠璃さんに変わって人質を探す。とも言っていました」
「ふむ、そうか。それも気を付けなくてはいけないな」
「俺、影司に電話かけてきますよ」
「あぁ、頼んだ」
明人は小さく頷き、病室を出る。そして非常階段に向かい、踊り場で立ち止まると携帯電話を取り出し、影司に電話をかける。
……何度か電話をかけなおすが、影司が応じることは無かった。明人は諦めて携帯電話をポケットにしまい、病室に戻った。
「分かったか?」
「……うん、分かった。あくまでも自分を守るためね」
「そうだ」
そんな会話が聞こえてきたので、明人は病室のスライドドアに手をかけて耳を澄ませていた。平刃の言葉を最後に、会話が進むことの無いことを確認すると、明人はスライドドアを開けて病室に戻った。
「戻りましたー。何回かかけたんですけど、繋がりませんでした」
「そうか。それは困ったな。足で探すしかないという事か」
「そうなりますよね……」
明人は顔をしかめ、頭を掻きながらそう言った。
「て言っても、何も情報が無いのにどうやって探すのよ?」
黙り込む二人に向かって、瑠璃はそう言い放った。
「だから足で探すってことなんですかね」
「え、マジで歩き回るつもり?」
「それしか――」
明人が言い訳を探していると、先ほどポケットに入れた携帯電話が振動し始める。
「ん? 電話がかかって来たみたいです!」
「そうか、出て来い」
明人は携帯電話を取り出しながら、病室を出た。そして再び階段の踊り場に戻り、呼び出しに応じた。
「もしもし、影司か?」
「……もしもし、私、朝美よ」
「朝美……」
「その、ごめんなさい。だけど信じてほしいの! 拠点を影司に案内していたら、影司がロージョンに囲まれちゃって」
「……場所はどこだ」
「緑島よ。……お願い。今回だけで良いから」
朝美はそう言うと、電話を切った。明人は通話を一方的に切られた携帯電話をポケットにしまった。そして速足に病室に戻った。
「阿久戸君からだったか?」
病室に戻ると、平刃が開口一番そう聞いてきた。
「いえ、朝美からでした」
明人がそう言うと、平刃と瑠璃は渋い顔をした。
「なんて言ってたの」
瑠璃は限りなく低い声でそう聞いた。
「緑島に拠点があるらしいです。それで、今影司が囲まれているって」
「あんた信じるわけ?」
瑠璃は強い口調でそう言った。しかし明人はそれに答えない。
「時間をかければ情報は浮かんでくるだろう。しかし今ある情報はそれしかない。あとは君に任せるぞ」
平刃は選択を迫るような言い方はせず、至ってゆっくりと、朗らかな口調でそう言った。
明人はしばらく考え込み、先ほど電話口で聞いた朝美の声を思い出した。あいつの声、少し震えていたな……。
「もう一度だけ、信じてみようと思います」
「気を付けるんだぞ」
「はい!」
「それと、瑠璃も連れて行ってくれ。また人質にされては困るからな」
「はい、俺は良いですけど……」
平刃の言い方に棘があったので、瑠璃は猛反対すると思っていた明人はゆっくりと視線を瑠璃に向ける。
「さっさと行くわよ。あたしも一発引っ叩いてやりたいところだったし」
瑠璃はそう言いながら、もうすぐ準備を終えようとしていた。
「頼んだぞ、神馬」
「は、はい!」
明人はあっ気に取られながらもそう返事をした。そして瑠璃の準備が終わり次第、二人は病院を発った。
「失礼します」
二人が病室を出て数分後、萌が平刃の病室を訪れた。
「あぁ、ご苦労様」
「いえいえ、これが私の務めなので」
「ふっ、これは失礼した」
二人の間に緊張感は無く、萌はバインダーを片手に持ち、ベッドの脇に立って器具の点検や平刃の体調を確認していく。
「その……」
体調確認が終った頃合いであった。萌がふと口を開いた。
「どうかしたか?」
「その、変異体の――」
萌が何かを言いかけたその時、首からかけている院内用の携帯電話が鳴った。
「すみません。失礼します」
萌は何度も頭を下げながら、パタパタと病室を出て行ってしまった。
「なんだか忙しないな」
平刃はそう言いながら、軽い力で右手をふわりと持ち上げた。
「……痛みが無い?」
少し動くたびに全身が悲鳴を上げていたはずなのに、思い通りに動く右手を見て平刃は少し驚いた。そしてそれに続いて左手、右足、左足。と全身の動きを確認していく。
「痛みが無い……?」
平刃は自分の身に起こっている不可思議な現象を確かめるため、ベッドの左横に置いてあるスリッパを履き、萌を追いかけて病室を出た。




