第三十話 緊急会見
短い山道を駆け下りると、明人と影司は変異のために構える。
「バイタルチェンジ!」
「ビートチェンジ」
変異を終えた二人は、手分けをして民家を襲っているロージョンに攻撃を仕掛ける。
「郷間……どこに行った」
町のことは二人に任せ、平刃は未だに山の中を歩き回っていた。辺りの木々がロージョンによってなぎ倒されており、足場は最悪であったが、それでも平刃は郷間を見つけなくてはならなかった。
「探し物は見つかったか?」
生存していた木の陰から、郷間が現れた。
「郷間、これはどういうことだ」
「何だ、動転して馬鹿になったか? そんなことないよな? 明晰なお前なら分かるだろ?」
「お前が放ったわけか……」
「あぁ、だがその真実を知っているのは俺とお前だけだ」
「これも計画の一端という事か?」
「言わずともすぐ分かる」
郷間は不気味な微笑を浮かべそう言った。そして間もなく水霧町に数機のヘリコプターが現れた。
「救助。では無いようだな。はぁ」
平刃は大きくため息をつくと、町に向かって走り出した。
「せいぜいあがくが良い」
郷間は走り去っていく平刃の背中を見ながらほくそ笑んだ。
「よっしゃ、こいつでラスト!」
明人は真っ赤な剣を振りかざし、ロージョン撃破する。
「はぁはぁ、何とか間に合ったな」
明人が柄を腰に戻すと、ちょうど変異が解けた。
「……こっちも終わったぞ」
ロージョンを倒し終わり、両手を膝についていた明人のもとに影司が現れた。そして胸の器械を回し、変異を解く。
「お前、教授から制御装置貰っただろ」
「今回は長引きそうだったからな。仕方ないだろ」
「今度はちゃんと使えよ」
「あぁ」
変異を終え、戦いを終えた二人は、ロージョンによって破壊された家屋を見て顔をしかめた。
「もう少し早く来れれば……」
「……教授を探すぞ」
落ち込んでいる明人に、影司はそう声をかけて歩き出した。明人も何度か家屋に目を向けながらも、影司に続いて道路に出た。
「止まれ!」
道路に出ると、そこには大きな盾を構え、その後ろではライフルを構えた特殊部隊がズラリと並んでいた。
「何だよこれ……」
「どう見ても良くない状況だな」
影司はそう言うと、明人を肘でつついて空を見るように促す。それに従って明人が空を見ると、そこには数機のヘリコプターが飛んでいた。
「貴様らか! 秘密裏に研究を行っていたというのは!」
「おいおい、どういうことだ? 俺たちが助けたってのに」
「何を言っても無駄だ。歯向かったらそれこそ犯罪者――」
影司がそう言おうとした瞬間であった。柴神山方面から平刃を乗せた車がぐんぐんスピードを上げて近づいてくる。
「と、止まれ!」
特殊部隊員は必死に平刃が運転する車を制止しようとするが、それでも平刃は止まらない。
「やるな教授」
明人は半笑いでそう言いながら、車に乗る準備を始める。
「おい、これじゃあ犯罪を認めたことになるぞ」
影司は道路に出て行こうとする明人の肩を掴んでそう言う。
「お前意外と鈍いのか? 今ここで捕まったら、犯罪者にされちまうんだぞ?」
「される?」
「よくは分からねーけど、何となくそんな気がするんだよ。教授のあの運転からそう感じるんだ」
「……なるほど。良い信頼関係なんだな」
影司はそう言って珍しく微笑すると、明人の肩から手を離し、自分も道路に向かって歩き出す。
車が速度を落とさないので、特殊部隊員は一時的に隊列を崩し、道を開けてしまう。そして案の定車は明人と影司の前に停まり、二人は急いで車に乗り込む。
「よく乗ってくれた」
特殊部隊を置き去りにし、少し経ってから平刃がそう言った。なぜか特殊部隊は明人たちを追って来てはいなかった。
「当たり前じゃ無いですか。怪しさ満点でしたからね」
「私一人では今後どうにも出来ないからな。本当に助かった。阿久戸君もな」
「いえ、いいんです。俺も奴らにはめられるのは御免です」
「ふっ、そうか。今後も頼むよ」
平刃と影司はミラー越しに静かに微笑し、そこで一度会話は途絶えた。
「それにしても、なんで奴らは追って来ないんでしょうね」
少し経ってから明人がそう言った。
「いつでも捕まえられると思っている。それか……」
平刃はそこまで言って滞った。
「……泳がされている。ですか?」
「あぁ、私たちにはまだ何か役目があるのかもしれないな。だからあえて逃がしている」
「じゃあ俺たちが逃げるのも想定内ってことなのか……。クソ!」
明人はシートに拳を立てる。
「しかしあそこで大人しく捕まるほうがもっと悪い展開を生んでいたかもしれない。今はとにかく考えるしかないんだ。奴らの目的を、私たちの今後を」
平刃はそう言って黙り込んだ。明人は何度かその沈黙を破ろうとしたが、それが叶うことは無く、車は原笠大学に到着し、三人は解散した。
翌日。よく眠れなかった明人はすぐに目を覚まし、朝六時のニュース番組をつけた。
「昨日、水霧町が複数の変異体に襲われました。それに伴い、本日の正午より、原笠市市長、大源豪士氏による会見が開かれるようです」
明人はそのニュースを聞くと、すぐ平刃に電話を入れた。そして平刃もすぐに電話に出た。
「ニュースのことだろ」
電話に出た平刃は、開口一番そう言った。
「はい。まさかですよね?」
「そのまさかが起きるだろうな。ひとまず君の家に行っていいか?」
「はい、大学じゃ危険ですしね。影司も呼んでおきます」
「あぁ、頼んだ」
二人は手短に会話を済ませると、電話を切った。そして明人は再び電話のボタンを押し、今度は影司に電話をかける。
「……なんだ?」
「作戦会議だ。教授と合流して俺の家に来てくれ」
「ニュースのことか。分かった」
影司も素直に応じてくれ、明人はほっと一安心して電話を切った。そして二人が来るまでに明人は顔を洗ったり着替えをしたり。と、身支度を済ませ、時計を確認して椅子に座った。
しばらく待っていると、インターホンが鳴った。明人は待ってましたと言わんばかりに、すぐさま反応して二人を家に招き入れた。
「さて、とりあえずは正午の会見が気になるところだが、その前に腹ごしらえを済ませておこう」
平刃はそう言うと、両手に下げていたコンビニのビニール袋をテーブルに置いた。
「ありがとうございます!」
明人は快活にそう言うと、軽く頭を下げた。
「いや、良いんだ。これくらいはさせてくれ」
平刃はそう言いながら、ビニール袋から弁当やら緑茶やら、おにぎりやらサンドイッチを取り出した。
「じゃあ俺はこれとこれと……」
明人はビニール袋から出された食品にがっつき、自分の好きなものを片っ端から拾っていく。影司はそれを黙って眺めていた。
「君も好きなものを食べて良いぞ。安物だがな」
そんな影司を見て、平刃は優しくそう声をかけた。
「良いんですか?」
「当たり前だ。君も仲間なんだからな」
「……ありがとうございます」
影司は上品に、静かに頭を下げながらそう言った。そして緑茶とおにぎり、それにサンドイッチを手に取り、椅子にかけた。
そうして全員に食品が渡り、三人は同時に食事を始めた。別にそんなことは無いのだが、三人はなんだか最後の食事のような気がして、ゆっくりと噛みしめるようにして食事を進めた。
三十分ほどで三人はほとんど同時に食事を終えた。時刻は十時前であった。
「ご馳走様。さて、ニュースのことだが」
平刃は弁当の空き箱をビニール袋に纏めながら切り出した。
「はい、市長の会見のことですよね」
「あぁ、実は昨日、君たちが戦っている時に郷間と話したんだ」
「何か言っていましたか?」
「郷間は最初からそれを狙っていたらしい。私たちはずっと掌の上で踊らされていたということだ」
郷間はそう言うと、時計を確認してテレビの電源を入れた。
テレビの画面には、『緊急会見直前、変異体騒動総集』というテロップが出されていた。
これまで変異体が現れた場所や時間などがまとめられたフリップが出され、時折アーデスやビュースの戦闘映像や画像が出された。
「このように、変異体には真っ黒いロージョンという生命体とそれに対抗する赤と青の変異体。アーデスとビュースがいるようです。しかしどちらも詳しい動機が分かっておらず、我々人類は物陰に隠れて自らの身の安全を確保するしか手段がありません。なので、この後に行われる会見で、詳しい情報が出るのを期待しましょう」
司会がそう言って纏めると、番組は一旦コマーシャルに入った。
「詳しい情報。か。出てくるのは偽りの情報に変わりないだろうな」
平刃は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにそう言うと、お茶を一口含んだ。
「これから行われるのは印象操作だ。私たちは互いに互いを信用しなければ、大きな悪には打ち勝てないだろう」
「はい、分かってます。俺はみんなを守るために戦います」
「ふん、その信念が曲がらないと良いな」
影司は鼻で笑うと、テレビの画面に注目した。
「ここで速報です。どうやら原笠市を取り囲むよう特殊部隊が配属され、市境には関所のようなものが設置されているとのことです。これについても詳しくはこの後すぐの記者会見で語られることでしょう」
キャスターの言葉を聞き、三人は互いの顔をちらりと見た。
「関所? 俺たちを逃がさないためってことですかね?」
「恐らくな……。それと、変異体の情報を外に漏らさないためかもしれない」
「それはなんでですか?」
「兵器として運用しようとしているのだろう。だからこの市を隔離することにより、外国への情報を遮断する。敵を騙すなら味方から。の典型的なパターンだな」
「……国ぐるみの秘密裏な計画。ってことか」
「そこまでは言い切れないが、近しいものを私は予想している」
三人は沈黙し、再びテレビに注目する。
……そしてくだらない総集を十数分見ていると、再び画面が切り替わり、キャスターが緊張した面持ちで用紙を読み始める。
「どうやら会見が始まる模様です。ここからは中継でお伝えします」
キャスターのその言葉で、三人は姿勢を正して画面に集中する。
「コホン。あ、あ、マイクテスト。えぇーこれから、原笠市市長による緊急会見を始めます」
黒服の男が手短にそう言うと、豪華なスーツを身に纏い、金の腕時計にピカピカの革靴を履いた五十代の男性が現れた。そしてずかずかと大仰に進んでいき、どしりと椅子に腰かけた。眼つきは鋭く、少し生えた白い顎鬚を撫で、その後にネクタイを正してマイクに向かう。
「えぇ~、まずは、急な会見に集まっていただき感謝します」
嗄れ声の大源は、そう言って軽く頭を下げた。そして話を続ける。
「一つ目は、二か月前に降った染色雨についてです。実は市民の皆様には報告せず、変異体の研究施設を水霧町に設けていました」
大源のその言葉と共に、十数回のフラッシュが焚かれる。
「大変申し訳ない。しかし、そこで分かったこともあります。第一に、染色雨の種類について。降った雨は六色、赤、青、黄色、緑、紫。そしてそれを追って降って来たのが黒い雨です。我々は前者を『カラーレイン』と呼称し、後者を『ブラックレイン』と呼称しています。……そしてなぜこの雨が降ったのか。それは単純明快でした。カラーレインを追い、ブラックレインが降って来た。という事です。つまり、どちらも地球外生命体であり、今のところどちらも我々人類の敵だと言えます。と言う所で、この映像を見てください」
大源がそう言うと、黒服の一人が大源の後ろにある大きなモニターの電源を入れた。そしてすぐに動画が再生される。
カメラは水霧町を上空から映しており、奥には柴神山が見える。カメラは徐々に山へ近づいて行き、次の瞬間、大きな地鳴りと共に複数のロージョンが町に放たれる。そしてその後、山からは赤と青の変異体。つまりはアーデスとビュースが現れる。そしてそこで動画は停止してしまう
「えぇ~、この後、ヘリコプターは変異体の力によって撃墜されてしまったようです。しかしパイロットは無事脱出し、この映像を持ち帰ってくれました。本当に感謝しています。ごほん、少し話がずれましたが、今の映像の通り、ロージョンを指揮していたのはアーデスとビュースなのです。もしくは、カラーレインはブラックレインを主食として生きているのかもしれません。なので、アーデスやビュースは市民を守っているフリをして、ただロージョンを食しているに過ぎないのかもしれないのです」
大源はここまで一気に言葉を進めると、一時休止して水を一口飲んだ。そして続ける。
「……ここで考えてみてほしい。ロージョンがいなくなったらどうなるか。そう、我々人類が被捕食者側に回ってしまうかもしれないのです。そこで、私はとある博士と協力し、地球外生命体を生物兵器として活用することにしました。今はまだ研究段階ではありますが、近いうちに良い報告が出来そうだ。と博士も言っていました。えぇ~、こんな大事な話を隠していたこと、改めてお詫び申し上げます」
大源はそう言って深く頭を下げた。そして再びフラッシュが画面を白く彩る。
「そして最後に、今後のことなのですが、原笠市は隔離地域となります。それは勿論、カラーレインとブラックレインを市外に逃がさないためです。どうかご理解いただきたい。ここで気になることもあるでしょう。既に出てしまっているのでは? という事です。そのことについては安心してください。研究と同時進行でそちらも調べました。染色雨が降ったあの日、この市にいた人で外に出ている者はいませんでした。なので残るはこの市内にいる変異体を滅ぼすのみです。アーデスとビュースに化けた人間に気を付けて下さい。以上です」
大源はフラッシュに目を細めながらそう言った。そして再び深く頭を下げ、頭を戻すと黒服に誘導されて会見室を出て行った。




