表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独を癒すカラス  作者: 葉月 優奈
一話;傷だらけのハシブトカラス
9/60

ずれ落ちたファッション雑誌を拾ったハシブトは、真剣な顔で美野里を見ていた。

怒った美野里は、すぐに顔をしかめてため息をついていた。

だけどハシブトは怒るわけでも、悲しむわけでもなくただ一点に美野里を見ていた。


美野里は、友達が少ない。

いや美野里が友達を連れてきたのも、友達と一緒に歩いているのも見たことがなかった。

僕は淡い期待をしていたのかもしれない、もしかしたらハシブトが友達になってくれるんじゃないかと。


晴れた冬の空は、寒い風を病室に運んでいた。

ピリピリと張りつめた空気が、僕とハシブトと美野里の間に張りつめた。


「どうやら嫌われようだな。わしは、嫌われることに慣れておるぞ」

「なによ、あたしのことを何も知らないくせに!薄っぺらな同情なんかしないでよ!」

「だからだ。だからこそ、わしはぬしの孤独を癒したいのだ」


それでもハシブトの顔は、あくまで穏やかだった。いつものたれ目で、美野里を見ていた。

気品というか、温かみというか、ハシブトはそんな空気を出していた。

逆に自責の念に駆られて美野里は、ハシブトの顔を直視できない。

初対面の人に雑誌を投げつけた罪悪感だろうか、白い布団に顔をうずめてしまう。


「あたしの孤独を癒せるのは、誰もいない!あたしの病気なんて、本当はね、嘘なの」

さらりと言う美野里の言葉に、僕は驚いていた。


「嘘?」

「そうよ、あたしはかまってほしかったの!」

「ええっ、だって不治の病だって……」

「病気じゃない、あたしはずっと仮病を使っていただけ。

退院したって、母さんも兄さんも戻ってこないから。だって、あの家に帰りたくない!」

「父さんとうまくいっていないのか?」

「違うわ、うまくいっていないのはあたしだけ。父さんは何も悪くない。

それでも、あたしはあの家に一人しかいないのが怖いの」

「美野里……」僕も、少しだけ理解できた。

「あたしの家はね、父しかいなくてほとんど仕事。

離婚の頃、運悪く父さんは会社をクビになって、今はトラック運転手で仕事しているの。

不規則な生活だから家に帰れば、寝ているだけ。休みの日だって、ほとんどないの。

あたしと、会話も全くしてくれないんだから」


美野里の告白に、僕は胸が痛くなった。

寂しく、可哀そうで、居場所のない美野里。

そんな美野里は、同情されたり哀れまれたりするのが嫌だった。


「もし、退院してあたしが家に帰っても、一人だから……」

「父さんは、美野里のために入院代を稼いでいるんじゃないか!」

「でも、そんなのイヤなの!あたしには家族しなかったから、もう生きていけない……生きていけないよ。

あたしには、友達なんか絶対できないもん!」


美野里と僕は初めてちゃんと話した気がした。

僕は、初めて美野里の本心を知ったのだから。

あまり話さない、普段は話すことのない美野里の心の奥底に眠る家族への気持ち、想い。


「あたしって、ものすごくみじめでしょ。

学校では友達もできなくて、誰もお見舞いにも来てくれない。

こんなに苦しいのに、入院までしているのに、『孤独』だって言われたら、あたしはどうしたらいいの?」

「美野里、おい……」

目を覆い、泣き出していた美野里。でも一生懸命、涙を隠そうと必死だ。

小さな体を震わせて、美野里は泣いていた。


「あたしって、そんなにみじめ?『孤独』って言われるほど、みじめなの?

かわいそうな子なの、ダメな子なの?」

「そうか、ぬしも孤独なのだな」

相変わらずの笑顔でハシブトが、美野里の前で両手を広げてきた。

涙目の美野里は、ハシブトに訴えるように言っていた。

少し赤みがかった目のハシブトは、美野里に向けて両手を広げた。


「ならば、わしの胸に飛び込んでくるがいい。ぬしの孤独を癒してやろう」

「どうして……あんなひどいことしたのに?」

「わしは『孤独を癒す』のが大好きだ。ぬしのことも大好きなのだ」


その瞬間、美野里はハシブトの胸に飛び込んでいた。

「あたし、ダメな子なの。友達も、家族もいない。一人では何もできない、弱くてダメな子!」

「そんなことはないぞ、ぬしは強いのだ。決して、孤独でもない」

「嘘よ!あんたの言うとおり、どこからどう見たってあたしなんか孤独なんだから!

友達も、家族もあたしの周りには、もう誰もいない……いないの!」

「それは違う、ぬしにはぬしを大事に思ってくれる人がいるではないか」

「ないよ、そんなのいない!」

「そうか?では、なぜ喜久がここにいるのだ?喜久なら、分かるだろう」


ハシブトの言葉に、胸に抱かれた美野里は僕の方を見てきた。

涙をあふれたまま、僕に視線を合わせてくる美野里。

ハシブトに言われた僕は、少し照れくさかった。


そうだ、僕はなぜいつもここに来るのだろうか?気難しい美野里に会いに行くのだろうか。


美野里に会うだけで、嬉しくなる。

美野里に会うだけで、つながっているような気がする。

美野里に会うだけで、僕は僕でいられるそんな場所。


僕はそして、一つのことに気づいた。


「僕は……美野里ともっと話がしたかったんだ」

「兄さん?」

「ああ、僕もちゃんと美野里の心配しているんだぞ。今だって……」

「そう……だったんだ」


顔を上げた美野里は、大きくため息をつく。

僕は、なんとかハシブトのような笑顔を照れながら作った。

やっぱりうまくできない、僕はこういう顔を作るのが苦手らしい。

とても照れくさい、だけど言葉はしっかり伝えたかった。


「ああ、美野里。僕だって家族だから、美野里とは血が繋がっているんだから」

「そうだね、兄さん。ごめんなさい、忘れていた。大事な事」

ハシブトに抱きついたまま美野里は急に笑顔を見せた。それは、今まで見せたことない笑顔で

「ありがとう、あたしに気づかせてくれて」

僕にそう言ってくれた、それだけでうれしかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ