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孤独を癒すカラス  作者: 葉月 優奈
六話:メジロの季節
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嵯毅の家から帰った夜、僕はハシブトの部屋にいた。

かつて美野里がいたこの部屋には、美野里がいなくなってハシブトの部屋になっていた。

タンスとベッド、学習机があるけれどほとんど物がない殺風景な部屋。


僕のそばには横になるハシブト。体を起こして僕を見ていた。

顔色はそんなに悪くない、だけど目だけは異様に赤い。

呪術の時に見せた血のような赤い角膜は不気味だった。

それでも目尻を下げては僕を見ていた。

細身のハシブトに上からジャンパーをかけていた。


「ハシブト、大丈夫か?」

「もう心配はないのだ、わしは大丈夫だぞ」

「本当にか?」

学習机の椅子に座っていた僕はじっと見ていた。


「ああ、心配をかけたようだ。ただのインフルエンザだぞ」

「いつまで人間でいられるんだ?」

「喜久、何を言っているのだ?」

とぼけるハシブトに、僕はまっすぐな目で言い放った。

僕から視線を逸らしたハシブトは、部屋に置いてあった鏡に視線を移す。


「聞いたぞ、イエイヌから。ハシブトの魂が消耗して近いうちにカラスに戻るって」

「そうか」ハシブトはため息交じりに言い放った。

僕は次の言葉にも待つ。ハシブトは真剣な顔で僕の顔をじっと見ていた。


「いつまでもつんだ、ハシブトの魂?」

僕の言葉に、少しハシブトが間を開けた。


「おそらく三日だろう」

「そんな……」

「すまぬな、胸もまだ痛いのだ」胸に手を当てて首を横に振っていた。

豊満な胸に落ち込んだ顔のハシブトは、深いため息をついた。


「ハシブト、なんでカラスに戻らないんだ?戻れないのか?」

「喜久、理由は分かるか?」

「なんだよ?」

「わしはここに……いたいのだ」

「なんでだよ、僕の事……」

「孤独なカラスに戻るのが嫌なのだ!」

「ハシブト……」

切羽詰まった顔でハシブトは、うつむいてしまった。


「カラスはペットになりえない。わしはカラスになれば別れなければならない」

「そんなことはない、僕はハシブトのことが……」

「わしは人となって多くのことを調べた。

今の世の中だと、カラスは嫌われ者だと。

当然カラスに戻ってしまえば、喜久とこうして話すこともできない。

情けない話だが、カラスに戻るのが今は……怖い」

悲壮な顔になったハシブト、今にも泣きだしそうだ。

遭難したあの時以来のハシブトの顔、僕も同じだった。


「そんなことはないよ、カラスだって生きているんだ。僕は守るよ」

「喜久……やはり優しいな」

「僕がいつまでも守るから、カラスになっても守るから」

「それはできぬ」

「なぜだよ!」

「喜久が孤独になってしまうからだ」

ハシブトが僕の頬から手を離した。

口惜しそうにハシブトの顔を覗きこんだ僕は、それでもハシブトの手を引いた。


「喜久はわしの様なカラスといるべきではないのだ!」

「ハシブト、僕は……」

「喜久、わしこそごめん」

落ち込んだ顔のハシブトは、体を震わせていた。

うつむいて大きくため息を吐いた彼女はとても弱弱しかった。


「喜久は、久兵衛殿に似ているな」

「久兵衛さん?僕が?」

「優しくて、暖かい、娘のことを考えていて、わしを好きでいてくれた」

「その人と僕が似ているって?」

「そうだとも。だからこそわしは彼の遺言を全うしたいのだ」

「遺言?」

「『わしの代わりに、わしと同じ孤独な人を癒してほしい。

そのことが産まれてくれたぬしたちへの、存在意義だと思ってくれるなら嬉しい』と」

ハシブトはその言葉を誇らしげに語った。

僕は赤い目のハシブトの顔をじっと見て聞いていた。


「それまではわしに多くの孤独を癒させてくれ。わしは好意ある喜久のそばで」

情けなくて泣きそうな僕に、ハシブトは笑顔を見せてくれた。

無意識のうちにハシブトを強く抱きしめていた。


「ハシブトのこと、僕が何とかする!」

「喜久はわしに多くのものを与えてくれた。ありがとうなのだ」

「何を言っているんだよ、諦めるなよ!」

「喜久……」

穏やかなハシブトは、僕の前で頭を撫でてくれた。

赤い目のハシブトはいつも通りの笑顔を見せていた。

だけどその顔にはすでに元気が無くなっていた。


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