53
――気がつくと僕は闇の中にいた。
ため息交じりに舞うピンク、それは桜の花びら。
僕は一人で歩いていた、周りの闇が桜の花びらをより一層きれいに輝かせていた。
(この空間は……どこかで……)
大きな桜の木が、花びらを散らしていた。
誰もいない静かな光景。この風景は初めてではない。
大きな桜の木のそばには一人の人物が立っていた。
白い袈裟を着ていた老人は、僕の方をじっと見ていた。
その目は、充血していて今にも飛び出しそう。白髪交じりのひげとは、明らかにミスマッチだ。
杖を突きながら、体を曲げて立っていた。
「久兵衛……」自然と口が開いた。
「ようやくわしの呪術の正体を知ったな」
「ああ、わかったよ」
老人はいかにも呪術師っぽい格好に変わっていた。
「わしはかつて奉行を務めていた。だが、娘が殺されてしまった」
そう、奉行が着る着物を着ていた老人と同一人物。
ハシブトを拾ったときに見た夢の老人。
「わしの名をようやく知ったか、若者よ。そなたは孤独を恐れるか?」
「孤独を恐れる?それはない、僕は孤独でなくなった。ハシブトのおかげで」
「そうか……」
老人はそういいながら、僕に背を向けて歩いていく。
奥には赤いゴザがひかれていた。桜もまた、花びらをひらひら舞い落ちていく。
「なんですか、これは?」
「ぬしは、孤独を癒すか?あの者と再び会いたいというのか?」
そう言って振り返った久兵衛。
久兵衛が持っている杖を一回転、円を描くとそこには何もなかったゴザの上にハシブトの幻影が出てきた。
そのハシブトは、静かに横になって眠っているようだ。
「ぬしは、娘を助けたいか?」
「ああ、助けたい。ハシブトは僕らにとって仲間なんだ。助けないといけない」
「じゃが、呪術で人をだますことはできても助けることはできぬ」
「どうしてだ?ハシブトはどうやったら助けられる?」
口惜しそうな顔で久兵衛は、そういいながらゆっくりと僕の方に歩み寄ってきた。
桜の花びらが舞い散ってハシブトに乗っていく。
桜の花びらで死体が化粧しているみたいだ。
「ぬしは娘の幻影に踊らされているだけなのだ」
「それは、どういうことですか?」
「娘は、孤独を癒すと言って呪術を見せていただけにすぎぬ。
抱きしめられて、孤独を癒されるほど人は単純ではない。
そこには呪術が絡んでいて、自然とおぬしたちを欺いていた」
「そうじゃない!ハシブトを助ける方法を聞いている!」
「そう慌てるな。娘を助ける方法は……絶対にない。元々死んでいるからな。
ぬしが言いたいのは、娘の姿をとどめておきたいのだろう」
久兵衛は僕の前に立ち止まってはひげをいじり始めた。
いたずらっぽく笑う久兵衛に、僕は憤りを感じていた。
「そうだよ、できないのか?」
「方法は……ある。消耗しきった魂を回復する術をわしは知っている。
もちろんわしは、稀代の呪術師だからな」
「なら教えてくれ、ハシブトを助ける方法は?」
「だがぬしに教える義理はない、帰れ!」
久兵衛さんの顔がその時は、恐怖を与えるかのように怖かった。
険しい顔で僕を睨んでいるようで、僕は気圧されそうになっていた。
だけど僕はひるむわけにはいかない。
「僕はハシブトを助けたくて……」
「ぬしにこれ以上言うことはないぞ!」
「ではなんで僕の夢に現れる?」
「わしは力を指し示すためだ」
「どういうことだ?」
「そういう意味だよ、わしはこんな力しか持っていない。
だから遠い未来にわしが行ったことを示すためにこの呪術を開発した」
久兵衛の顔が悪く見えた。僕は、そんな久兵衛を睨みつけていた。
ハシブトが語っていたあの遺言は、僕に残っていたから。
「なんだよ、それって……」
「そうしないと、わしがやってきたことは認められぬ」
「ハシブトは、アンタの娘はそんなことを望んでいない!」
「そんなもの建前だ、人間は実に俗にできている」
久兵衛はそう言いながら少女の前に屈みこんだ。
それでもハシブトの言葉を僕は信じていた。
「わしは稀代の詐欺師だ。遺言で、嘘をつくことぐらいできる」
「なら、なんでハシブトに嘘をついた?」
「知ったことか。あいつは所詮はカラスだ。わしの娘じゃない」
「そんなはずはない、あなたはそんな悪魔のような人じゃない!」
僕は言い放つと久兵衛は杖を高く掲げた。
一歩も引かない僕は、険しい顔で彼を見ていた。
「ぬしはおかしな男だ」
「あなただって、ハシブトのことが好きなのだろう。イエイヌも。
だからあんなことを言ったんだ、孤独を癒すように……と」
「不愉快だ!」
そのまま持っていた杖を構えて、口元で何かを始めた。
僕の足元が、急に明るくなっていた。真っ暗な空間が真っ白に変わっていくのが分かった。
目がくらんで、思わず目をつぶった僕の前には――
見えたのが僕の部屋。
時計がカチカチと時を刻んでいた。
窓の外はカーテンがかかっていて、カーテンの奥も光が差し込む様子もない。
「久兵衛さん……」
思わず独り言を漏らしてしまう僕。その割には汗をかいていた。
暖房もついていない朝に、僕の周りだけが熱で帯びていた。
ベッドから降りてふらふらと窓のそばに近づいた。
(僕にはハシブトを助けることはできないのだろうか?)
カーテンを開けるとまだ、夜が明けない町が見えた。
その町の道路は、カラスが多く飛び交っていた。
カラスが二羽ランデブーをしていた。




