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あれから次の日、ハシブトはいつも通り学校に来ていた。
インフルエンザが感知して、元気な姿を見せていた。
寒い日の休み時間、今日の教室も空席が目立つ。
インフルエンザは、流行の兆しで他のクラスでは六人も休んでいるとか。
翌日の学校、二月も後半に差し掛かると、風邪を多く引いていてクラスには欠席が目立つ。
休み時間、あの安志の姿はない。安志もついにインフルエンザでダウンした。
最近の僕は一人で、いることも少なかったので今日は一人になっていた。
机に座り、朝コンビニで買ってきた漫画雑誌を読んでいた。
漫画タイムを満喫している僕に、一人の人物が近づいてきた。
「喜久君、いいですか?」
その声を見たとき、僕は慌てて顔を上げた。そこにいたのがあの嵯毅だったから。
ハシブトの部屋で分かれて以来、まともに話をする機会はなかった。
それが、向こうからやってきたことに驚きがあった。
しかも、生徒会長の嵯毅が動くと周りの生徒が噂までする始末。
「な、嵯毅……」
「私は今は生徒会長です、それより喜久君。あなたにお願いがあります」
「な、なんですか?」
「放課後あなたに、先生のところに行ってもらいたいのです。もちろんハシブトさんも一緒に……です」
嵯毅の言葉に、僕は引っかかるものがあった。
「何があったんですか?」
「いえ、難しいことではありません。先生が、教室に持ってくる荷物があるからです。
結構量があるみたいなので、二人で行かせるように連絡がありました」
「ああっ、そうか。でも僕は日直じゃないし……」
「ハシブトさんが日直です。
今日の子は、インフルエンザでお休みですから一日先のハシブトさんが担当になっています」
このクラスは毎日、一人ずつ交代で日直として行う。
簡単な話、ホワイトボードの掃除や、花の水を取り換えるだけの簡単な仕事をこなす。
でも、まれに先生の手伝いで呼ばれることもあった。
当の本人は、トイレに行っているのかこの場には今はいない。
「ああ、分かったよ」
「それと、喜久君。あなたにだけお願いがあります」
嵯毅は、いつも通り僕の目をしっかり見てきた。
凛とした美人、ミディアムヘアーの少女に見つめられて心の弱い僕は目をそむけてしまう。
「な、なんですか?」
「脇坂先生の噂を、あなたは聞いていますか?」
「脇坂の噂?」
「脇坂先生です」『先生』という言葉を強調してきた嵯毅。
「うーん、奥さんが亡くなったこと以外は……」
「それは二年前です。あなたは脇坂先生のクラスではなかったから、分からないと思いますが」
相変わらず背筋を立てて言ってくる嵯毅は、文字通りの優等生だ。
教師たちが好きなのも、分かる気がした。
「では、話しを変えましょう。あなたは先日の『分間街道』のひき逃げ事故をご存知でしょうか?」
「ええっ、もしかして犯人は先生ってことですか?」
「そんなことしません」
嵯毅は、僕のことを睨んできた。男ながらに思わずすごんでしまった。
次の瞬間嵯毅は、僕に耳打ちをしてきた。
「ひき逃げ事故の被害者の女の子が昨晩、搬送先の病院で亡くなったのです。
ですがその娘が、脇坂先生の娘だという噂なのです」
「本当に?」僕は素直に驚いた顔を見せた。
「病院先の関係者から聞いた話です、我が黒田家の親戚に病院関係者がいたので……」
「それって……でも先生、今日も普通に学校来ていたよ。
事故のあった日だって、学校に来ていたから」
「だからです、だから調べてほしいのです。生徒の前では教師はプロです。
平静を装っているかもしれません、だけど職員室でなら本当の顔を見せるかもしれません」
嵯毅は先生を心配しているみたいだ。本当だとすれば、それは大変だ。
先生は、そのことをどう思っているのか優等生の嵯毅は気になるのだろう。
「ああ、とりあえず様子だけは伺ってくるよ」
「よろしくお願いします」
こういう時の嵯毅は、とても丁寧だった。
嵯毅の深々と下げた頭に、僕は軽く頷いた。




