38
一人で僕は、お風呂に入っていた。
湯気立つ湯船で、体を疲らせた僕はいろいろ考えていた。
いろいろ起きたことを整理するには、一人になれる風呂が一番だ。
僕は家の中で最もここが落ち着く。
放課後に生徒会長、いや嵯毅に告白された。
安志がハシブトを告白した。本当にハシブトは、安志の孤独だけを癒しただけ。
結局ハシブトは、安志に想いを伝えなかった。
嵯毅は、なんで僕を好きになったのだろう。
ハシブトは、何故あそこで逃げたのだろう。
そして、部屋の机に置かれたいびつなハートのチョコレート。
それは、僕への気持ちなんだ。
いろいろな感情が現れて、僕は戸惑っていた。
(僕は、ハシブトの何を知っているのだ?ハシブトは何者なんだ?)
風呂から上がって、僕は浴室を出たときにバスタオル姿のハシブトが立っていた。
つややかな肌のハシブトは、ちょっとだけ顔が赤い。
おっとりした目で、僕を見てきた。
なぜか僕は恥ずかしくなってすぐさま風呂場に逃げ込んだ。
「は、ハシブト?」
「喜久……すまないことをした」
風呂のドア越しにハシブトは、僕に素直に謝っていた。
背中越しに僕はハシブトに言っていた。うつむいた僕の裸は、水がしたたり落ちていた。
のぼせたのもあって、顔はすぐに赤くなっているし。
「喜久は、安志のことを知っていたのか?」
「知らなかった。安志があんな奴だなんて、アイツとちゃんと話さないから」
「人は、知らない世界を持つ。だから魅力的なのだろうな」
ハシブトの言葉に、僕は頷いていた。
「知らない世界……か」
「そうだ、わしも喜久のことをもっと知りたいのだ」
「だから、あのチョコレートか?」
「喜久には、最後の最後に渡したかったのだ。だがうまく渡せなかった」
僕の部屋には、置かれていたいびつなハートのチョコレート。それはとても、不恰好なものだった。
だけど、ハシブトの努力の成果がにじみ出ていた。
「そうまでしてなぜ、ハシブトは孤独を癒したいんだ?」
「わしは、そういう孤独な人を出さないようにする役目を担っているのだ」
「ちゃんと話してくれよ。僕は、ハシブトのことをよくわからない」
自分の持っていた疑問を、ハシブトにストレートにぶつけた。
「そうだな、わしはそれを話していいか考えていたのだ」
「ならば、話してくれよ。僕は……」
「今日までは、それを話すことを怖いと思わなかった。
だが亜美姉さんを見て、わしも考え直すことにした」
背を向けたままのハシブトの声は、少し震えていた。
「亜美姉さんか……いい人だったんだろうな」
「そうだな、安志は亜美姉さんのアレが見えたのだろう」
「アレって?」
「アレじゃよ」
「なんだよ、分からないよ」僕はなんだかはぐらかされた気分で、むすっとした。
「喜久も、すでに体験しておるぞ」
「そっか、なんかいい事なんだな」
「いい事ではないかもしれぬな、だが必要なものだ。生きていくのにはな」
うつむいたハシブトの顔が、脱衣所のガラス戸からぼんやりシルエットで見えた。
そのあとハシブトは、奥の方に二歩ほど歩いていた。
「そんなことより喜久よ、わしのチョコを食べるのだ。
わしのチョコは、とても美味いぞ。美食家のわしがいうのだから、間違いないのだ」
「そうだな、いただくよ。ホワイトデー、期待していろよ」
「ホワイトデーは、三月か……わかったぞ。期待しておるからな」
それだけ言うと、ハシブトの姿が浴室から見えなくなっていた。
僕は、脱衣所をただ眺めていた。
だけどある感情が、湧き上がっていた。
胸が苦しくて、どうしようもない想いが、とうとう抑えられなくなっていた。
(ハシブトを好きなんだ。ならば……)
ある決意をした、僕は急いで風呂から上がった。
そして、真っ直ぐにバスタオル姿のまま、ハシブトの方に向かった。




