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ハシブトを追いかけて僕は走った。だけど、ハシブトはとても足が速い。
僕も運動神経は自信があるけれど、追いつけなかった。
逆にハシブトに追いつくのが、怖かったのかもしれない。
追いついてどう話を何しよう、それとフッてしまった生徒会長。
戻るのも不安、進むのも不安。
だから僕は迷っていた。そして、気がついたらあまり見慣れない景色が見えた。
どうやら取井出市の郊外に来ていた。自然が残り、住宅もあまりない場所。
ここには、小学校の遠足で来たことがあるがそれ以外で来ることはない。
畑が広がり、ほかには白い建物がまばらに見えた。
(なんだよ、ここ?なんでハシブトは?)
ハシブトは、どこに行ったのかわからない。
僕は、一人になってしまった。既に薄暗い見慣れないこのあたりを走っていった、ハシブト。
寂しそうな顔で、僕は歩いていると見たくない顔が建物のそばに見えた。
「安志」
それは、部一のイケメンの安志。きりっとした顔の安志は、普段と違って疲れた顔を見せていた。
ブレザー姿ではなく、藍色のオーバーオールを着ていた。
「喜久……お前には、見られたくなかった」
「どういうことだ?」
「ハシブトさんは、この家にいる」
「なんだよ」だけど、僕の悪態を聞くこともなく安志は白い建物に入っていった。
僕は、安志に導かれるように白い建物に入っていった。
入っていった建物は、『児童福祉施設カワセミの里』と書かれていた。
施設のところどころは、古くさい木造の建物。廊下を僕は歩いていた。
僕の前には、安志。難しい顔を見せていた安志のそばに、子供たちが近づいてきた。
「安志、ご本読んで」
「安志、ご飯まだ?」
あどけない子供たちが出てくると、安志が笑顔を見せていた。
屈みこんでその場で子供たちの頭を撫でて、対応していた。
「もう少しでできるからな、それまではお姉さんのところに行っていてくれ」
「うん」子供たちは無邪気に反応してくれた。
そんな子供と触れ合う安志は、僕が見たことのない意外な安志だ。
「だから、見られたくなかったんだ」
「安志……どういうことだよ?」
「俺は、ここに暮らしている。ここが俺の居場所だ」
安志の言葉に、僕は難しい顔を見せていた。
「そして、ハシブトさんはここにいる」
そして見えた先には、ハシブトがいた。子供たちに囲まれて、本を読んでいた。
ハシブトの周りの子供たちは、ハシブトの持つ本を注目していた。
まるでここの施設の先生であるかのように、穏やかな笑顔で子供たちと向き合っていた。
「ハシブト……」
「今は、ご本の時間だ。邪魔はしないでくれないか。喜久」
「ああ、わかったよ」行こうとした僕に、安志が止めた。
そのまま安志は、前に進んで僕もついていく。
「俺は、かっこ悪いだろ。なにせ、孤児なんだぜ」
「安志が孤児?」
「そう、俺は捨てられた子なんだ。父も母もいない、そういうやつらが集められた場所なんだよ」
苦い顔で、前を歩く安志が言っていた。僕は周りを見ていた。
「始めは、ここの施設で暮らすことに慣れていた。施設で暮らすことが普通だったから。
だけど、成長するにつれて周りの普通の子とは違うことを知った。
施設の人と寄付金で、俺はようやく学校に行ける、そんな人間なんだって」
安志の話を、僕はただ聞いているしかなかった。
木製の廊下は歩くだけでミシミシと音がした。安志はそして、僕をある部屋の前で止めた。
「ここに、俺の原点がある」
「原点?」
そこに見えたのが、何人もの人間の写真が額縁に飾られていた。
その中の一人を見て、僕は驚くしかなかった。
「ここは、この施設を出ることが無く、亡くなった人だ」
「安志……この人は?」
「俺の初恋相手だ」
安志が見せた額縁の人間の写真、それはとてもハシブトにそっくりだった。
黒い髪に、白い肌、薄い唇に、たれ目。ハシブトとこれほど似ている人物を見たことがない。
その写真を見るなり、僕に顔を向けて肩に手を乗せてきた安志。
「亜美姉ちゃん、ここで俺の姉のような人
六つ上の亜美姉ちゃんは、やっぱり孤児で太陽のように明るかった。
そんな亜美姉ちゃんの笑顔、優しさ、まなざし、そのすべてが憧れで大好きだった」
「うん……」
「だけど、死んだ。彼女は、高校に入学して卒業間もない三年の時に亡くなったんだ。
エイズに感染していたんだ、俺は寂しさに暮れた。やさぐれて施設も、三日出てさまよっていた」
「そうか……」
「俺は、それでも亜美姉ちゃんのぬくもりが忘れられなかった。
自分を磨いて、女を求めた。亜美姉ちゃんのようなぬくもりを得るために」
安志は、僕のブレザーを見ていた。
僕は安志の後ろに飾られた、亜美姉ちゃんの写真を見ていた。
確かに美人で、ハシブトによく似ていた。
「でも、亜美姉ちゃんを超える女はいない。亜美姉ちゃんが、戻ってくるわけじゃない!」
「安志……」
「みんな、付き合った女はかわいいし気立てもよかった。
だけど、俺の素性を知ると離れて行った。
そのたびに亜美姉ちゃんが、とてもいとおしくなっていた。そこに、ハシブトさんが現れた」
安志は、僕をまっすぐに見てきた。
「この人だと思った、亜美姉ちゃんの生まれ返りだと思った。
でも、ハシブトさんはいつも喜久、お前のことを話してきた。悔しかった」
「や、安志……」
「お前、やっぱりハシブトさんが好きなんだろ!」
安志の口から聞こえた、強い口調の言葉。僕は眉間にしわを寄せていた。
譲れない、譲りたくなかった。
「ああ、大好きだよ!」
「そっか……じゃあ、やっぱり勝てないな」
安志は、僕の肩から手を離した。言い放った僕も、少し顔が赤かった。
何で言ったのかわからないけれど、言わないのが悔しかった。後悔してしまうだろうという気がしたから。
「ありがとな、喜久。これで俺は、ハシブトさんから身が引ける」
「安志……僕の方こそ、ごめん。変な意地を張って」
「いや、しょうがない。それでも俺は、ハシブトさんに孤独を癒してもらえたんだから」
安志は、いつも通りすがすがしい笑顔を見せていた。
何かが吹っ切れたような顔で、僕を見ていた。
「喜久、それよりハシブトさんからチョコを貰ったか?」
「えっ?」
「今日はバレンタインだろ。ハシブトさん、ちゃんと用意してお前のところに行ったから」
僕はそれを聞いた瞬間、顔がとても赤くなった。
「ハシブトさん言っていたぞ、『喜久を孤独にできぬ』とか」
「なんだよ、すごく恥ずかしいだろ」
「大事にしてやれよ、ハシブトさん」安志は、いたずらっぽく笑っていた。
(それって、まるで僕が二人の女の子をフッタみたいじゃないか)
ハシブトと嵯毅の顔が、僕の頭に出ては恥ずかしくなっていた。
それを、優しい笑顔で安志が見ていた。
「ハシブトさん、ハートチョコを大事そうにもっていた。
それは間違いなく喜久、お前へのプレゼントだろう」
「本当に?」
「ああ、手作り感満載のチョコだぞ、あれは。彼女の気持ちを、受け取ってやれよ」
「安志……」
「きっとハシブトさんは、お前が好きなんだろう。俺には分かる」
そういい、僕はいてもたってもいられなかった。
「僕、もう帰るよ」
僕は、その部屋を出た。
亜美姉ちゃんの写真は、そんな僕を笑顔で見送るかのようだった。




