28
長い間、眠気と戦っていた。
どれぐらい、時間が立ったのかわからない。
雪山は寒くて、体を丸めて痛みと寒さに耐えていた。
穴の外から見える雪山の吹雪は、ほぼ落ち着いて小雪がパラパラとなっていた。
目蓋が重い。
体がとてもだるい。
全身が寒さで痛い。
僕は、『死』を覚悟していた。
(このまま、僕はここで終わるのだろうか?)
ぼんやりする頭の中、そんな僕にいろんなことが頭をよぎった。
そうすると、最初によぎってきたのが美野里の顔。
運動音痴で、強がりの僕の妹が相変わらずのすまし顔が見えた。
(美野里のスキー、面倒見てやれなかったな……
美野里は、これからも父さんとうまくやっていけるのだろうか?)
元気になった美野里、強がる美野里、ハシブトを好きな美野里。
いろんな美野里の顔が出てきた。
でも最後に出てきた美野里は、病室にいた『かごの中の小鳥』の美野里。
寂しくて、僕だけをずっと求めてくれた美野里。
浮気と離婚でバラバラになった家族で、一緒に戦ってくれた仲間の美野里。
「美野里……ごめん。スキーを、もう見てやれそうにない」
弱弱しい声でふがいなく謝った。
次に出てきたのが安志と部長だった。
(安志、部長……今探しているのかな?)
外の吹雪が強い、穴の先から見えていた。
足を踏み外して彼らとはぐれてしまった、迷惑をかけたことに罪悪感があった。
安志と部長、大丈夫かな。
もしかして、僕を探して逆に遭難していたりしないだろうか。
いろんなことを考えては迷っていた。
迷っていた僕に優しい声をかけてきた、小太りの部長。
その部長を助けてくれた、良き友の安志。
でも、僕の死で無くなってしまうかもしれない。
そう考えると、泣きたくなるが泣くほどの元気も残っていない。
「二人には、元気でいてほしい。この部活は、無くならないでほしい」
そう願わずにはいられなかった。
次に出てきたのが母親。
能天気で浮気性の母親、そんな性格がずっと嫌いだった。
でも、僕を生んでくれた母親。僕がこの世から居なくなったら美野里も気にしてほしい。
美野里が一人になったら、とてもかわいそうだ。
「僕はあなたが嫌いだった、でもわがままだけど美野里だけはお願いします」
そして、黒髪のハシブト。
ハシブトかぁ、僕が助けたカラスだったな。
あいつには、とても悪いことしたな。
あんなに寒がりなら、スキー合宿に連れて行かなければよかった。
今頃は、暖かいところでゆっくりしているのだろうか。それがいいカラスは雪が苦手なんだ。
僕は、穏やかな顔になって雪穴の中で丸くなっていた。
外から見える吹雪は、いつしかやんでいた。
「寒い……孤独ってこんなに寒いのか……」
僕は、とうとう孤独になってしまった。
雪山で一人遭難、僕の周りには誰もいない。
(ここで寝たら、終わり……かな)
目蓋が重い、体がだるい、そしてものすごく眠かった。
感じられる寒さによる痛覚も、徐々に感じなくなっていく。
いよいよ、僕が天に召される時が近づいたことか。
(人間の最後って、あっけないものだな)
僕の目蓋が、閉じた。抵抗もすることもないまま。
前に広がる闇、あとは意識が無くなれば二度と起きることはない。
段々と五感で感じられるものが鈍くなっていく。
そんな時、かすかに声が聞こえた。
「喜久……そんな……」
小さな声がする、僕が夢で呼び出した女性の凛とした声。
(名前を……呼ばれた……気が……)
たどたどしく聞こえた僕の意識は、声なのか風なのかよくわからなかった。
だけど、目蓋を開くだけの力は残っていなかった。
「喜久、起きるのだ」
だけど、最後の一言は僕にはっきりと聞こえていた。
その声の主は、ハシブトのものだと分かった。
それは一瞬だけのぬくもり、温かさ。かすかに感じるぬくもりを枕に僕は完全に意識を失った。




