24
白一面の世界、この日は少し曇っていた。
話によると昨日も、雪が降っていたらしい。
山奥にあるスキー場は、平日ということもあって僕たちの学校の生徒でほぼ独占状態だった。
待ちに待ったスキー合宿、僕は黒っぽいウェアに着替えてスキーを楽しむことなく束縛されていた。
僕の前には、黄色のウェアを着た女子が怯えた顔をしていた。
ふさがった僕の手は、彼女の持つスキーボーゲン。
足元おぼつかない女子は、僕の妹の美野里。スキーを教えていた。
「兄さん、手を離さないで!」
「足をちゃんとハの字に、ゆっくり落ち着いて開く」
「一遍にいろんなことを言われても、分かんないよ!」
「何も言っていないけど……そんなことよりボーゲン離すよ」
「ダメダメ、絶対ダメ!」そこは、強調して拒絶していた。
美野里は、運動神経が皆無だ。
仮病使って病院にいたこともあったけれど、運動がとにかく苦手で走るのも単独最下位。
跳び箱も一段しか飛べないし、縄跳びすると何故か一回も飛ばずに足元が絡まった珍現象が起きるほど。
水泳はプールでおぼれるし、仮病は体育を休むためによく美野里が使っていた手だった。
だけど、高校生になってせっかくのスキー。
美野里はハシブトに誘われて、初めてのスキーをしに来たわけだが。
少しでもできるようにと、僕がコーチ役になった。
教え始めて五時間ほど、未だにボーゲンを手放せないでいた。
「えっ、手を離さないといつまでもスキー楽しめないよ」
「だめだめっ、兄さん手を離したら舌かっ切って死んでやるっ!」
「それは困るな、美野里」
困った表情で、右手を離して頭を掻いていると美野里は険しい顔に変わった。
「ダメ、お兄様。離さないで、あと……えと……」
右手を離すと、美野里は右手から前に突っかけていく。
「いけね」と思った僕だけど美野里は、そのまま右手をバタバタさせて僕の上に覆いかぶさるように倒れてきた。
ズシーンと、美野里の体重が僕にのっかかった。
持っていたボーゲンは、二本とも美野里の手から離れて転がっていた。
「いったぁ~」
「美野里、大丈夫か?」
「に、に、兄さん。何やっているの、セクハラっ!ロリコン!」
体を起こした美野里は、顔を真っ赤にさせて僕に怒りをぶつけてきた。
ちょっとだけいい匂いに美野里が、かわいく見えた。
「そんなことより、早く降りてくれないか?」
「うるさいわ、兄さん。エッチ、どこ触ったのよ!」
「どこもさわっていないし……」
「嘘よ、嘘!」美野里は、僕の言うことを信用してくれない。やれやれだ。
僕に向かって、そばの雪で雪玉をぶつけてくる。
「もう、最低。兄さんはあたしに冷たいし、ハシブトさんはゲレンデにこないし!」
「ああ、しょうがないよ。だってハシブトは……」
「分かっているけど、しょうがないじゃない!」
ハシブトがカラスだ。考えたらカラスは雪が苦手なのが、鳥類図鑑に書かれていたのを今になって思い出した。
今頃ハシブトは、ペンションの中にこもっているだろう
よく考えれば、カラスはスキー場で見ないからな。
納得できない顔で、美野里は僕の方を馬乗りになったまま見ていた。
「バスの途中から、おかしかったものな」
「うん、兄さん」
「なんだよ、美野里?」
美野里は、ちょっと顔が赤い。
乗っかられた僕は、雪と美野里に挟まれて冷たかった。
「兄さんは、ハシブトさんとどういう関係なの?」
「えっ、ああ、なんていうか相棒っていうか、同じ部活の部員っていうか……」
「そうなんだ、ふーん……」冷めた顔の美野里になった。
「美野里は?」
「何がよ?」
「いつも、よくハシブトと一緒にいるから。昼食の時も、休み時間だってウチのクラスに来るだろ」
僕が質問すると、冷めた顔から赤くなる美野里がいた。
「えーと、肉体関係とか、ハシブトさんの体が好きとか……
そういうのじゃなくて、肌が白くて、胸が大きくて……
ああっ、こういうのも違う!なんて言ったらいいんだろう。兄さんのバカッ!」
僕に対して、顔面に雪玉を作って投げつけてきた。
「イタッ、美野里やめないか!」
「いいの、いいの。あたしは。ハシブトさんが、大好きだから!結婚したいぐらいに!」
いきなりの言葉に、僕は面を食らったような気がした。
でも、冷静に考えると美野里の孤独を癒したのがハシブトだ。
美野里がハシブトに熱があるのは、分からないわけでもない。
でも最後の一つは、明らかにおかしいだろう。
「け、結婚?」
「もちろん、ハシブトさんの子供を産む覚悟はできているんだから」
「ハシブトは、女だぞ」
僕の顔を見るなり、美野里は急いで立ち上がろうとした。
だけどスキー板が滑って、再び僕の胸に飛び込んできた。
美野里のダイブに、僕は背中から倒れた。
「いたたっ、何よ、兄さん!なにもしていないでしょうね?」
「美野里、焦るな。ゆっくり立ち上がれ。膝を使ってゆっくりな、板は滑るから」
「分かっているわよ、もう!」
体を起こして、美野里は何とか膝の力で立ち上がろうとしていた。
そんなところに、青いスキーウェアの男がやってきた。
華麗に上から滑ってきた男子が、雪しぶきを上げて僕たちのそばに止まってゴーグルを上げた。
「あれ、喜久。こんなところで兄妹の語らいか?」
それは、安志だ。普段イケメンの安志も、スキーをしている様はやはりカッコいい。
周りの女子たちは、キャーキャー言っていた。ギャラリーつきか。
「ち、違う!断じて違う」
「関係ありません、小椋先輩!」
僕と美野里は、ほぼ同時に反論した。
「そうか、ゲレンデは二人の距離を近づけるって都市伝説もあるからな」
「なんだよ、それ?意味が分かんねぇけど」
「ま、そんなとこだ。気にするな」
「気になるし……で、何か用か?こんな初心者コースに、ただ見物しにきたわけじゃないだろ」
「明日の事だけど……ハシブトさんは来られるのか?」
「無理だろう、今頃はペンションで布団の中だ。それより、後で頼む。
どうもあの部屋は、慣れてなくて」
「ああ、俺に任せろ。喜久、兄妹の語らい邪魔して悪かったな。
じゃあ、またな」
そう一言言い残して、安志はリフトの方に向かっていった。
「それは違う」という言葉に、言えぬままに素早く安志がいなくなった。
僕は、安志の方を羨ましそうに見ていた。
(僕もスキーしたかったな……)そう思いながら。
「兄さん。後で、って?」
「えっ、こっちのことだ。美野里に関係ない話だ」
「ふーん、またロクでもない事、考えていないでしょうね」
「それより、降りてくれ。いい加減に僕も苦しいから」
ずっと乗られていた僕は、やっぱり苦しかった。




