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僕は、ずっとうぬぼれていたのかもしれない。
ハシブトが来て、僕の環境は変化した。
美野里とも和解できたし、生徒会長とも知りあえた。
僕の部長は、フラれたけれどあたらしいスタートも切れた。
それも、全てハシブトが来たからだ。
だから、僕は孤独じゃないと思っていた。
いや、そうだったんだ。だけど、僕は孤独になってしまった。
一人ぼっちになって、寂しいことを感じた。
僕の目の前には白と黒の世界。
ああ、僕はこうして一人で死ぬのかもしれない……
僕の目蓋が次第に重くなっていくのを感じてながら……
僕は、今予想もしない場所に来ていた。
招待状を渡されて、大きな門をくぐって見えたのが日本庭園。
広い庭に、池垣や大きな石が置かれていた。
ブレザー姿の僕とハシブトは、その大きな庭園に圧倒されていた
「よく来てくれました、私の家に」
そして、待ち受けていたのが生徒会長。いつも通り凛としていて、威圧感さえ放っていた。
黒の着物姿で現れた生徒会長が、僕とハシブトに頭を深々と下げた。
見える日本家屋はとても大きくて、僕は驚くしかない。
「すごい家だな」
「家が大きいからといって、お金持ちとは限りません」
「いや、十分金持ちだよ。生徒会長、本当にすごいし」
「『嵯毅』、私はそういう名前です」
生徒会長は自分の名前を言い放っていた。少し不機嫌な顔にも見えたけど。
日本庭園の鹿脅しがカコンと、鳴った。
「そうか、なかなかかわいい名前だよな」
「いや、私は好きではありません」
「じゃあ、なんで名前を言ったんだ?」
「それは……私としてちゃんと自己紹介をしたかったからです。
私の名は『黒田 嵯毅』。黒田家漆工芸家元の娘、生徒会長という名前ではありません」
「家元の娘……かぁ。すごいですね、生徒会長」
「そうだったな、おぬしは漆工芸をやっているのか?」
キラキラした目で、ハシブトが生徒会長に近づいてきた。
そのまま、着物越しに手をつかむ。ちょっと恥ずかしそうな顔になった生徒会長。
「おぬしは、漆工芸ができるのだな?」
「はい、私はずっとやっています」
「おおお、わしも好きだぞ。漆の金箔をみていると、心が落ち着く。
もしかして、ぬしの作品はまだあるのか?」なぜか目を輝かせるハシブト。
「生徒会室にあったのは、ごく一部です。私たちの家は加賀漆器の一門です。
ちょっと待っていて……。そうじゃない。私は、あなたたちにお礼がしたかったの」
生徒会長は、僕とハシブトの前に立っていた。
「感謝します、『扇 喜久』君に『扇 ハシブト』さん。
私はあの言葉が無ければ、ずっと迷っていた。迷い続けて、出られなかったかもしれない。
本当に感謝しています、ありがとう」
「僕なんかにそんな言葉、もったいないですよ」
僕は正直、生徒会長がもっと怖い人だと思っていた。
普段は、強気で人を裂けるオーラを放つ生徒会長のみせる感謝の気持ちはとても素直だった。
生徒会長も本当はいい子なんだ。
だけど孤独になりたいがために、自分を強く見せていた可哀そうな人なんだ。
「だから、こうして呼んだのです」
「そうですか、恐れ入ります」
「うむ、感謝されるのは悪くない」
ハシブトは、胸を張って生徒会長の方を見ていた。
「おい、ハシブト。あんまり馴れ馴れしくするな、生徒会長だぞ」
「いいではないか、感謝される側は感謝される態度をとるのだ。
それが生徒会長であれ、わしたちは感謝されているのだ」
「まあ……そうだけど……」
「うん、本当に感謝しています。それともう一つ……」
「もう一つ?」僕は、気になって聞き返した。
「会わせたい人がいるのです。ハシブトさん、特にあなたには」
「わしにか?」
「ええ、あなたの言っていた言葉が気になったのです。『孤独を癒すカラス』ということに」
「えっと、その……」気まずい顔を僕は見せていた。
「隠さなくてもいいです、少し気になっていましたから。イエイヌ、出てきてください」
生徒会長が、藪に向けて言うと奥からガサガサと音がした。
そんなとき、庭の奥の方から一匹の灰色な犬がやってきた。
ふさふさの毛をもった犬の牙は、犬とは思えないほどに鋭い。
「あれは本当に犬なのか?」
鋭い牙に、灰色の毛は犬の大きさより一回り大きい。
「いいえ、狼です」生徒会長の一言で僕は、思わず犬を見ていた。なるほど、その方が表現はしっくりくるな。
そんな狼は、僕たちのことを見るとさらに近づいてきた。
思わず警戒心を強めた僕。しかしハシブトは狼の方を振り向いていた。
「ああ、そのようだな。久しいな『オオカミ』……」
ハシブトがそういうと、狼は煙のようなものに包まれた。
すぐに煙は晴れて、声が聞こえてきた。
「やっぱり、カラスかぁ~」
その声は、とても幼い男の子の声。晃に似た幼い声の主が、間もなくして煙の中から出てきた。
僕は眉をひそめて見ていると、狼が突然目の前で変化した。
煙に包まれて変化した狼は、小さな男の子に変わっていた。
くりくりの目、ショートヘアーの無邪気な笑顔。
男の子は、寒い冬でも半そでのハッピを着ていた。
「よっ、カラス」
「ぬしも、元気にしていたようだな。オオカミ」
「何言っているんだ、ボクにはちゃんと『イエイヌ』って名前があるんだよ」
ハシブトと、狼から変身した男の子のやり取りを見ていて僕は唖然としていた。
「やはり知っていたようですね、『ハシブト』さん。あなたは本当にカラスですね」
「ああ、わしと同じ境遇を持つ紛れもなくオオカミだ。しかもハイイロオオカミだ」
「あの絶滅した狼が、なんでこんなところにいるんだ?」
僕が驚いていると、男の子が僕に近づいてきた。なぜか笑顔で。
「初めまして、お兄ちゃん。ボクはハイイロオオカミの『イエイヌ』、好きな食べ物はお肉。
お肉は何でも好き、鳥、牛、豚、それから人肉も食べるよ、よろしくね」
さらりと怖いことを言う男の子。でも小さな手を僕の前に出してきた。
「握手して」
「あ、ああ……」
緊張した顔で、僕は男の子と握手した。狼の男の子の手は意外と毛深くなくすべすべしていた。
「それより、『ハシブト』ってなに?」
「『ハシブト』は、僕がつけた名前だ。僕が偶然傷ついたカラスを拾ったら、彼女が出てきた」
「ふーん、じゃあこの人も、すごく優しいんだね」
「無論だ」ハシブトは、僕に対して笑顔を見せていた。言われて僕は照れていた。
「『イエイヌ』も、そうなのか?」
「うん、ボクも助けられたんだ。嵯毅、いやお姉ちゃんは、とても優しいんだよ」
イエイヌという男の子が生徒会長を指さす。
恥ずかしそうな生徒会長は、イエイヌに近づいて抱き寄せた。
「私は、イエイヌを助けたのです。中学の時までさかのぼります」
そういって、生徒会長は話し始めた。
「イエイヌとの出会いは、中学の時。
夜遅くに下校していた私は、傷ついたイエイヌを見つけたのです。
今とあまり変わらない姿で、車に引かれて倒れていました。私は捨て犬と思って拾ったのです。
傷ついた犬を、屋敷で私はひっそりと飼っていました。
でも、父に見つかってしまったのです」
「それはまずいな、狼だからな」
「私は必死に説得しました。今まで一度も両親には逆らったことのない私が、何度も頼みました。
何度も説得して、私はようやく両親から狼を飼う了承を得られたのです」
生徒会長は声を震わせていた。そばに座るイエイヌは、笑顔を見せていた。
「それからですね、狼がイエイヌとして現れることになったのは」
「そして、ボクが産まれたんだ。『孤独を癒す狼』としてね」
「『孤独を癒す狼』、ハシブトと同じじゃないか」
「そうだな、わしとイエイヌは同じような存在だ」
ハイイロは、日本庭園の大きな木を見ていた。
「ボクは、嵯毅が大好きなんだ。優しいし、温かい。
でも、孤独で寂しい。本当は寂しがり屋さんなんだ。
孤高なところも、弱いところも、かわいいものが好きなところもすべて、嵯毅が大好きなんだ」
「なんか分かる気がする。生徒会長、僕もハシブトを拾ったんです」
「そうか、やはり扇君も優しい人なのですね」
「ええっ、な、何も出ませんよ」
僕は少々戸惑っていた。そんな時、ハシブトは屋敷の方に注目していた。
「おお、これは加賀漆器だな。見せてもらいたいのだ」
屋敷の中にある器に、なぜか興味を示していた。
金ぴかの器を持っては、目を輝かせていた。まるで新しいゴミ捨て場を発見したかのような顔で。
「ハシブトさん、分かりました。少し待っていてください」
生徒会長は、そういいながら遠くにある倉の方に消えて行った。
その時の生徒会長は、とてもうれしそうな顔を見せていたから。




