14
放課後、誰もいない教室で僕は周囲を見回していた。
僕はこれでも部活の活動中だ。隣に安志もいた。
バードウォッチング部の部長、野上部長には好きな人がいた。
それは、今僕が机を調べている所有者。
女子の机の前にいる僕は、机を空けようとしたがガッチリと鍵がかかっていた。
クラスメイトでもある女子の名は、『黒田 嵯毅』。冷酷無比な生徒会長だ。
美人で、成績優秀、スポーツ万能なところはハシブトといい勝負だ。
そのハシブトは、部長と一緒に部室にいた。
新人で唯一の部員の女性なので、部長から女性の趣味嗜好を聞いていた。
部長の告白プランを、今頃練っている頃だろう。モテ男安志がそれを得意にしていたから。
元がカラスなので人間と感覚のずれているハシブトが、あてになるとは思えないが。
そんな黒田生徒会長に対して、部長は恋をしていた。
だけど、黒田生徒会長のことを詳しいものはいない。
前にも調べたけれどプライベートが謎で、学校の不思議になっていた。
そのミステリアスなものに対して、逆に男子たちの間では人気もあった。
前に生徒会広報誌で貼り出されたフった相手の告示は、人気も証でもあったから。
「今日も鍵がかかっている。あとは、生徒会長室だな」
「本当に隙ないですね」
「そこが、あの生徒会長のいいところだろ」
皮肉たっぷりに言う安志と、一緒に教室を出た。
廊下を歩きながら、特殊教室棟のカーテンがかかった生徒会室が見えた。
僕は安志と一緒に、生徒会長の手がかりを探していた。
好きなものとか、嫌いなものとか生徒会長の身辺調査。
部長のために、『バードウォッチング部』は動いていた。
目標はただ一つ、黒田生徒会長のリサーチだ。
謎だらけの生徒会長を調べて、部長の恋を実らせるため。
「安志、部長はうまく行くかな?」
「ああ、大丈夫だろう。部長はあまり女性と話をしていないし、ハシブトさんと話して慣れるのがいい。
俺の哲学だと、女性を落とすには女性の心をつかむことだ」
「さすがは『バードウォッチング部』一のモテ男」
「何を言う、学校一のモテ男だぞ、俺は」
自慢げに、胸を張って言える安志が僕はやはりうらやましかった。
確かにそうかもしれない、安志はほぼ毎日違う女と一緒に帰っていた。
女子生徒、女教師、はたまた事務員さん。とにかく安志の周りには、いつも女がいた。
だから、女子のいない部活を選んだということでこの部活を選んだのだというのが彼の部活に入った動機らしい。
モテない僕にとっては、うらやましい限りだ。
「でも、僕がハシブトを入れてよかったのか?」
「ああ、構わないよ。俺は別に、女が嫌いなわけじゃないし、女性禁制の部活でもないだろ。
それに、ハシブトさんは……」
「ん?」
「なんつうか、あまり女っぽくないからな。人間ぽくないっていうか……」
「は、ははっ、まあ。ちょっと変わっているからな」
ただ、苦笑いするしかなかった。
十分ほど歩いて、僕と安志は隣の校舎にある生徒会長室に来た。
僕と安志は、張り込み中の刑事みたいに生徒会室前の壁に隠れて様子を見ていた。
だけどそこには、門番の様に一人の男子学生。
彼は『副生徒会長』なるワッペンをつけて、ドアの前に立っていた。
この副会長は、柔道部から生徒会長がスカウトした強者だ。
大柄の体で、周囲を威圧する様はまさに番犬。
生徒会長の甥で、柔道三段のほかに合気道も兼ね備えた最強のボディーガードだ、いやSPかも。
「うわ~、またいるぞ。副会長という名の門番様が」
「相変わらず、守りが固い。どうする、やめよっか?」
「こりゃあ、相当厄介だな。というわけで、副部長」
「また、僕?面倒なことは全部僕だな、安志」
「まあね~、下っ端は下っ端で大変だから~」
安志が、いたずらっぽく笑った。困惑な顔を浮かべる僕は、前にいる柔道部出身の門番を見ていた。
そのまま強い力で、廊下の前に安志は僕を突き出した。
「じゃあ、副部長様、頼みましたよ。俺は別のところから……」
「ちょ、ちょっと待てって!」
だけど、安志は軽快に走って去って行った。
突き出された僕は、深いため息を吐いてドアの方を見ていた。
ドアには、大柄な副部長が仏頂面で立っていた。仁王像の様に睨みつけて、僕を見ていた。
「なんだ?」
「あっいえ、生徒会長はいます……いえいえ、ございますか?」
難しいながらも、ごまかすこともできず正直に言ってしまう。
(何言っているんだ、ストレートすぎるだろ)頭の中で反省していた。
「いるが、要件をうかがう。それ次第によって、面会は許さないこともある。
お前たち『バードウォッチング部』には、去年の件もあるからな」
「えと、その……」
睨んできた副会長、僕の額から冷や汗が滴っていた。
まさかプライベートを教えてほしいとか、好きな人いますかとか聞くわけにはいかない。
学校の様々なネタを強引に書きまくる新聞部でさえ、生徒会長には距離を置くぐらいだからな。
副会長の柔道技にかけられて、関節がおかしくなった男子記者。
仕事ができる生徒会長だから、それ以外では関与しないってわけだ。
「要件はなんだ、さっさと申せ」
「ご、ごめんなさい。また来……」
『ます』と言おうとしたとき、タイミングよく門番の男子生徒の後ろのドアが開いた。
そこから出てきたのが、ミディアムヘアーで美しい女子。
だけど、人を遠ざける嫌悪感あるオーラを放っていた。
ハシブトと違い、凛とした女は僕のことを見つけて訝しげな表情を見せた後、すぐに副会長に声をかけた。
「五島、今日の仕事は終わりです。帰りますよ」
『黒田生徒会長』その人は、五島と呼ばれた副会長に一言漏らした後、僕に無視するかのように背を向けた。
僕は、生徒会長の顔をはっきり最後に見たときはクリスマスのあの日。
だけど、生徒会長は僕に目を合わせようとはしない。副部長が、背中を守るように生徒会長についていく。
「あの……生徒会長」
「なんですか?私は忙しいのです」歩くこともやめず、背中を向けたまま遠ざかっていく。
離れていく生徒会長を、声をかけて追いかけていた。だけど生徒会長は、顔を向けてはくれない。
「クリスマスの時は、本当にすいませんでした」
「なぜ謝る?」
背中を向けたまま生徒会長は、少し遠くで立ち止まった。
生徒会長のそばにいた副会長が、僕の方を向いて険しい顔を見せていた。
睨むような目というよりは感情のない空虚な視線を送りつけた。
変なことを言えばすぐに副部長が襲ってきそうな雰囲気さえ漂わせて。
「いえ、僕が全ていけないんです。部長のことを助けたくて、僕が全部やったんです!」
「なぜ、そこで罪をかぶるのです?あの男のためにやったと、何故素直に言えないのですか?
人間というものは、所詮エゴでしかできていませんよ」
「悪いのは、僕だから。部長ではないんだ、部長はいい人だから!」
「私は悪い人です、それでいいでしょう!」
怒鳴るように言い放った生徒会長は、足音だけを残して廊下の奥へと消えていく。
副会長を伴って、僕から見えなくなっていた。
僕は立ち尽くして、黒田生徒会長の背中を呆然と見ていた。
廊下の窓から見える校庭の空は、やはりムクドリが一列になって飛んでいた。




