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放課後、僕と安志は部室に来ていた。
部室は理科室のそばに併設された準備室。
一応体験入部ということらしいが、僕としてはハシブトをここに連れて行くことが複雑だった。
安志が説明の後、ハシブトは目を輝かせていた。
「わしもゆくぞ、喜久の部活には興味がある」
そう言うことは、ハシブトのこれまでの言動から想像に難しくなかった。
だから、僕はあまり部活のことはしゃべりたくなかったけれど。
僕の部活は、おそらくハシブトには向いていないと思ったからだ。
見た目は美人で、スポーツもできて、頭もよくて穏やか。
ゴミにさえ近づかなければ、完璧な美人のハシブトに勧められる部活ではないから。
本音としては、ハシブトにあった部活には入ってほしい親心があったのかもしれない。
部室の机に座った僕は、ハシブトと一緒に野鳥図鑑を眺めていた。
部室には、僕と安志とハシブトしかいない。
「このあたりだと、冬はこの『メジロ』が見える。後は『カワセミ』も見えるかなぁ~」
「なるほど。こうやって双眼鏡で鳥を、いっぱい見られるのだな」
「まあ、そういう部活だからな」
ここは、『バードウォッチング部』。文字通り、野鳥観察をする部活だ。
図鑑を見ながら野鳥の説明をしていた安志。ハシブトは、安志の話を興味深く聞いていた。
安志はそのまま、棚の方に歩いて双眼鏡を取り出した。
「『ハードウォッチング部』か、楽しみなのだ」
「分かっているけど、野鳥の観察ですね」そういいながら、双眼鏡を見せた。
「そうだな、わしも一度やってみたいと思っておったのじゃ」
ハシブトの笑顔に、僕もちょっとだけ笑顔を見せていた。
「でも、助かるよ。男ばかりの部活だし、ハシブトさんが来ると華やかになるからね」
「わしは、華やかではないぞ。むしろ嫌われ者だ」
「そんなことない、ハシブトさんはとても華やかです」
安志が相変わらずキザな言い回しで言ってくる、女子にモテる安志の本領発揮だ。
だけど、ハシブトは誰にでも見せる笑顔を見せていた。
「ウチの部員は三人しかいないからな、俺『安志』と扇、それから部長しかいない」
「そうなのか、三人なのだな」
「まあ、バードウォッチングなんて部活としては地味だしな」
「そうではないぞ、わしはとても楽しみだぞ」
ハシブトの笑顔に、安志も珍しく顔を赤くした。
僕は、図鑑をしまって自分の双眼鏡を首にかけた。
「説明の方は、大体聞いたぞ。野鳥の観測なのだな」
「そうそう、双眼鏡や望遠鏡で野鳥の観察。
野鳥って、いろんな顔あるからね。季節や気候によってもいろいろ見える鳥が違う。
そんな野鳥をただ見守るのが、バードウォッチングって、まあ普通だな」
「それでもいい、わしたちは自然に生かされているのだ」
「ああ、全くだ。自然はとてもいい。
俺たちは、自然に生かされているのを感じることができる。小さな人間の中の出来事も、自然の中では無意味さ。
なんか俺とハシブトさんとは、会話が合いそうだ。そう思うだろ、副部長」
「はいはい。それより部長だけど……」
双眼鏡を首にぶらさげた副部長の僕は、携帯電話を持っていた。
「そうだったな、副部長」
「どうなんだ、安志。何か聞いていないのか?」
「部長、あのクリスマスがまだ尾を引いているみたいだな」
「ああ、それは重症だな。でもそこまで尾を引くモノなのか?」
「何を言っているんだよ、恋ってそうそう治るモノじゃない。
俺の経験談だけど、少しの時間ときっかけが必要なんだ。それに、あれは……」
「僕のせいだ」机に手をついて、うつむいてしまった。
でも、僕の肩に手を乗せて慰めてくれたハシブト。
「大丈夫か、何があったかわからぬが自分をあまり責めるでない」
「ありがと、ハシブト」僕はハシブトの顔に、すごく癒された気がした。
この『バードウォッチング部』を創設した部長は、失恋のショックで部活にこなくなっていた。
というのも、この部室は特殊教室棟にあって一般の教室からかなり離れていた。
問題は、必ず前を通るあの部屋だ。
その部屋があるだけで、この部室に来るのが部長はトラウマなのだろう。
「副部長。でも分かっているんだろう、部長の居場所」
「うん」そして、部長が行きそうな場所は分かっていた。
安志もまた、親指を立てて合図を見せた。
「だったら、迷うことないんじゃないか?俺たちの役目だよ、部長に会いに行こうぜ」
「……そうだな、行くか。僕達は前に部長は励ましてくれたし」
「ああ、そうだとも。行こうぜ」
安志の言葉に僕も顔を上げた。きっと僕はその言葉を待っていたのかもしれない。




