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子供のころからサンタクロースみたいな存在を信じた事がないような人間だからといって、別に頭がいいわけでもない。
事実上、その子供は他の人間に比べれば凡人のようなところはあったのだろう。
ただ悲劇的な事に、世間はレベルの高い人間を求めている。
それこそ、凡人であることが最大の欠点であるくらいには思われる世界だ。
残念な事に、ロボットが普及するような時代に生れてこなかったため、本質的な転換期を迎える頃には老人になっているはずだ。
大多数の人間が幸福ではないのなら、果たしてそこに何を求めればいいのだろうか。
そんな偉そうなことを考えても別に何もならないだろう。
別に、自分自身は社会とは関係のない存在なのだと。
人間という生き物は、ただできない事に関しては無視して生きていくしかないのだ。
だから、そういう意味ではもう殆ど決着はついているはずだが。
何をどう思ったのだろうか、未だに岸本ナクラは無能なままで居たらしい。
人間的な幸せとは一体なんなのだろうか。
ただそれは時代によって異なるだろうが、人間はそういう意味では孤独なのだろう。
そこで言葉を間違えてはいけないのは分かっているつもりだが、やはりどうしてそう愚かなのか。
じんるいしゃかいとは、ただそうやって歯車を動かし続けているだけなのならまだいい方だろう。
閉ざされた海の向こうのことは気にせず、ただ個人という無力な生き物は幻想を見続けるしかない。
そうして、彼はコンビニを出て帰宅するはずだったが。運悪く奇妙な魔女に捕まることになった。
「・・・・・はい?」
目を見開く。
それこそかなり開いている状態になっている、ナクラは困惑で機能が停止していた。
周囲はローマ的な建物、ただ彼は一度もそんな場所には行った事が無い。
知ったかぶりをしている人間も多いが、日本人の殆どはこうした環境とは縁が無いはずではある。
ただ外国に突然拉致されて麻薬漬けにされていたと思うならまだいいが、周囲には謎の怪人もうろついている。
猫頭はともかくとして蛇人とは一体なんなのだろうか。
甲冑騎士も普通に歩いている、そんなファンタジーな世界に居たのだった。
「これって、まさか・・」
一瞬の緊張が過る。ただ、そんな世界の中に居ることを単純にとらえるのなら、異世界召喚という奴だろう。
単純すぎて明快だが、ただ驚きの中でやることは分からない。
別に突然目の前に女神が現れるわけでもなく、ただモブ登場人物は歩いているだけにしか見えない。
これが異世界召喚という奴ならまだしも、今の自分が持っているのは何もないのだ。
「あれ・・?」
スマホや食べ物もなく、何故かここに突っ立っている自分を怪訝に思うしかなかった。
意味が分からないだけじゃなく、所持品は全て没収とはどういうことなのだろうか。
「えぇと」
どうすればいいんですか神様?
そんな事を言いつつ彼は歩き回ることにした。
町中の人たちの会話は分かる、だがそれだけで何かできるわけでもない。
異世界文字が分かるという不気味な現象よりも、ただそこで何をしたらいいのかが問題だった。
目的不明。ただそこに居るというだけの理屈は不気味でしかない。
「あぁもう、これじゃ異世界召喚っていうよりただのホームレスだろうが!?何なんだこの罰ゲーム!?」
冗談めいたことを言いつつ、ただどうすればいいのかを考えていた。
この世界は基本的には中世みたいなものだろうが、魔法の力を持っていない自分にはきつい状態だろう。
力を持っていない、金を持っていない。下手をすると現実世界に居る方がまだマシな部類だ。
きゃー、綺麗な町に突然来ちゃったー、みたいな有頂天になることもなくナクラは途方に暮れていた。
金が無いので食べ物を買うこともできない、危なそうな奴は危険なのですぐに退避するしかなかった。
まず、大通りを歩いた方が良いにしてもだ。こうした場合の救済手段とは何なのだろうか。
「いや、頑張れば美少女一人と出会えるかもしれない、猫耳でもいいから来いや畜生・・!」
等と意味不明な事を言いつつナクラはそのまま歩いて行く。
そこで丁度よく誰かの大声を聞いて、ナクラはそこだと確信して近づいた。
しかし、突然目の前に走ってやってきたのは蛇人だった。
「うぉぉぉぉお!そこをどけぇぇぇ!!」
何か荷物を持った蛇人が走っている。
ナクラは邪魔しないようそこを避けたが、蛇人はそのまま何処かへ走って行ってしまった。
「畜生!何で避けるんだよ!?」
「待てやドロボー!!」
男性二人がその蛇人を必死になって追いかけているが、まぁ深刻にはあまり見えないので良しとしよう。
「治安は微妙ってことか。まぁ、俺から取れるものなんて何もないけどな」
かっこうつけていいつつも、ぐさりと見えない刃が突き刺さった。
そこから更に町の中を歩き続けることにしたが、町の風景が分かったところで何も無い。
「綺麗な景色だな・・じゃねぇよ!!」
既に夕焼けに近づいてきてしまったが、まず何も食べて居ないので空腹で力が削ぎ落されていた。
「しまった・・余計な体力を使った。しかし、ここで負けるわけには・・」
まさかここで終わるのだろうか。
突然異世界召喚されたのはいいが、持っている力も分からずただそこで力尽きるとは。
せめて部屋のカーペットぐらい掃除しておくべきだったが、もうナクラの失踪など気にしていないだろう。
そこでナクラは気絶するように地面に倒れる。
空は夕焼け、異世界でも空は同じ色をしているようだ・・等と言っても意味はない。
岸本ナクラの異世界召喚生活はここで終了したかと思われ、自身はそのまま目をつむるのだった。
「ねー、ここに倒れてる人が居るよー?」
子供の声がする。複数人だろうか、それにしても気温が冷たい。
「あらあら、ここに迷える子羊が一匹。これも神から与えられた使命なのでしょうか」
「どうしたの?お腹痛いの?ここで寝てると死んじゃうよ?」
目を開くと、少女二人と、成人女性のシスターが一人居るのだった。
頭に木の棒をつつかれているが、どうやら虫扱いされているらしい。
「どうかされましたか?気分が悪いのであれば、私が必要な処置を施しますが」
「・・・腹減った」
「そうですか。それでは、こちらに食べ物がございます」
パンだった。まぁ、それもそうだろうが。とりあえずそのパンを頂くことにした。
といっても固い。フランス式の固いパンとは、どうしてそこで忠実に再現しているのだろうか。
「はぁ・・どうやら死ぬことは無かったけど。君たちは・・?」
「私はイザベル。近くの教会で働いている修道女です」
その修道女にとっては、目の前の倒れている人を助けるのは当然の事なのだろう。
ある意味、起きるべくして起きたことだが・・ナクラにとってはあまり重要なことではない。
「他に何か問題があれば、私に教えていただけないでしょうか?」
「そうだな・・まず、俺は住むところが無い」
「私たちもだよ」
そう、子供たちも言った。それはどういう意味なのだろうか。
「お兄ちゃんと一緒だね」
「どういうことだ?」
「この子たちは、戦災孤児なんです。20人ほどの子供が、教会の近くにある宿舎に暮らしているのですよ」
「成程。住む家を亡くしたのは一緒ってことか」
亡くしたんじゃなくて、ナクラの場合は自分が居なくなっただけなのだが。
「貴方も大変な目にあったのですね。個人一人だけでは、現実の悲惨な状況の中で生きるのも困難でしょう」
ただそのシスターの言葉は、ある一種の聖女のような力を帯びていた。
「教会に空き部屋が一室ありますから、そちらを使ってください」
「いいんですか?」
「この町の夜は危険ですから。それに、寝ているだけでも十分命にかかわります」
それもそうだろう。ある意味、ナクラ自身の限界もあるが。
シスターの言う通り、そのまま教会へ案内してもらうのだった。
彼女の名前はイザベル、少女の方はメルルというようだ。
ナクラのことを変わった浮浪者だと思っているようだが、あのまま行けば恐らく衛兵に捕まって居たかもしれない。
一応食に困らないこともない、国が無料提供している食品もあるが場所が分からないと意味は無い。
突然異世界から飛ばされてきて、そして気が付けば教会の一室に泊めてもらうことになったわけだが。
そう幸運だとしてもあまり個人的には納得できない部分はあった。
突発的な異世界転移イベントにしても、もう少しいいところはあってもいいはず。
飛ばされて一日やった事といえばただ町をほっつき歩いているだけだった。
まぁ、最初の一日は簡単につぶれるかもしれないが。それを何度もやるわけにはいかないだろう。
「結局どうすればいいんだよ俺は」
ベッドに寝転がって悪態をつくが、ただそれも無意味な行動に感じられた。
イザベルから貰った夕食は美味しかったが、だからといってこのままの生活をするつもりはない。
異世界には異世界なりの技術はあるのか、魔法石による照明器具で夜は過ごせそうだった。
ただ夜は寒く、ナクラが過ごしていたような世界観は殆ど皆無といっていい。
「・・・・世界、ねぇ」
過去の事は考えないようにしよう。むしろ今の方がまだマシなのかもしれないと考えた。
ただナクラには乙女チックな欲求などあるわけもなく、ただ暇をつぶすために一回外に出てみることにした。
異世界の街並みの夜というだけあって雰囲気は最高かもしれないが、いささか月が近すぎる気はする。
赤い月の表面がよりはっきり見えるような感じだった。
正直、ナクラができることがあるかは分からない。別に、死んでまた生き返るわけでもないのだから。
ただ異常な孤独感を感じさせられる空間ではあった、まるでそこが本質的に闇に包まれているように。
別に人の世の中は興味がないけれど、ただそこに潜在している物に畏怖を感じさせる。
当たり前に人間が持っているはずの欲求が全て吸い込まれて行くような感覚。
曰く、人間が本質的に幸せを感じたいのなら、動き続けるか考え続けるかのどちらかしかないそうだ。
ただ停滞こそが最大の死であり、そこに未来など無いのだという。
人間が不安を感じるのは、結局のところ何もしていないからだそうだ。
原始社会に生きていた人類は、多くの捕食者から逃れるための能力を身に着けてきている。
その本質の不安感情、それが今も機能しているからこそより異常な不安を感じるのだそうだ。
言われてみれば当たり前のことだが、結局のところ人は止まることはできないのだ。
動かない事が、そこで生命の死を予告してしまうエラーを出してしまう。
「ナクラさん」
後ろから、声が聞こえる。どうやらメルルがついてきてしまったようだ。
「外に出ると危ないって言われなかった?」
「あぁ、ちょっとトイレを探しに」
「外にトイレなんて無いよ?」
それもそうだろう。ただ、今はもう休むしかないのかもしれない。
メルルの言う通り、狼に食べられる前に家の中に退散することにした。




