34-2 空飛ぶ列車は快適です
いやその話も魅力的だけど!
「バァバの話」
「あぁ、そうだった。たまたま京都……より滋賀のほうだな。あっちの山に暇潰しに行って、別荘に改装中の廃寺で転がってた時だった」
丁度嵐が来ていて、雷が鳴り響いていたらしい。
「小袖を泥まみれにしてな。腰に刀、背に怪我、もう手負に獣みてぇな状態だった」
お姫様がその状態って、完全に逃亡中……。
「何があったの?」
「どうも、嫁入り前に政略で『誰か』に差し出されるのが気に入らなかったらしい。『巫山戯るな!』って啖呵切って逃げて来たんだそうだ」
「うわぁ……」
「儂も最初はヤベェ人間の娘っ子が転がってきたと思って、追い返そうとしたんだけどな……」
目が真っ直ぐで綺麗だった。
そんな理由で、バァバを匿ったらしい。ジィジ、今ちょっと照れてるね。
「翌朝には、山の麓がえらい騒ぎよ。姫が攫われたって噂が立って、武士や陰陽師やらが山を囲んで……」
「さらってないのに?」
「攫ってない。本人が勝手に来た。なのにわしが悪者扱い」
しみじみと、ジィジは「理不尽の極み」とぼやく。
「馴染みの陰陽師連中が『遂にやってくれたか馬鹿天狗!』っつって殺意高めの術ブチかまして来る始末よ」
……ソレはなんとなくジィジの自業自得な気がする。馴染みって言ってるけど、多分揶揄いに行ってたな。
「どうやって落ち着いたの?」
「胡富がわしの肩に寄りかかって、平然と『惚れたので夜這いをかけに来ました。私はもう此れと夫婦です』とか言いやがった」
「…………んん?」
え、手……出してないよね?
「昔は、未婚の姫が一晩独身の男の家に泊まっただけで世間からはそういう扱いだったのさ。あながち間違っちゃぁいなかったのよ」
ソレにしたって話に違和感がある。
そうだ。嫁入り前に別の誰かに差し出されるのが嫌で出てきた人だったじゃん。じゃあ、元々嫁入りする予定だった好きな人が居たはずだ。初対面のジィジに『夜這いをかけに来た』なんて言ったら、もうその人の嫁に行くの、普通に無理じゃん。
「その何年か前に、木の上でちぃと休憩してたとこを見かけたらしくてなぁ。儂に一目惚れは本当だったらしい」
……つまり?
ジィジに一目惚れして、勝手に嫁ぐつもりでロックオンしてたら、別の嫁入り話が舞い込んで逃げて来たと。
「あの周辺飛んでたら時折良い狙いで矢が飛んでくるから可笑しいとは思ってたんだよ」
「うちおとして ホカクする気まんまんだ」
金髪だから目立つよね。そりゃ狙いやすかっただろう。
のほほんと蜜柑食いながらする話じゃ無ェ……。
「最終的には落とされたけどな」
おぉ……惚気。
「ひゅー! らぶらぶぅ」
「物理的な意味でもな」
目から一瞬、光が消えた。
矢、当たったのか。バァバ凄すぎる。
「ん? ジィジにじっしつ おしかけ婚してたのに、ハシバさんからキュウコン??」
「そこはまぁ、色々あったのさ」
ジィジの口元は、ゆるりと柔らかく笑っているソレ。
「そろそろ……生まれ変わって来てくんないかねぇ」
続いたその呟きは、蜜柑の香りに溶けて消えた。
そしてタイミングを読んだかのように、汽笛の音がする。
私は聞こえなかったフリをした。
転生……ソレが実際にありうる事を、私は身をもって知っている。
そこに深く触れたら、この祖父は私が、転生者であると気付くかもしれない。
貴方の育てている子どもが、実は別の場所で育った誰かなんですよ。って知らされるのは、きっとあまり良い気がしない。
だから私は、誰にも転生者である事を気付かせたく無いのだ。
「着いたぞ」
光を反射して、沢山のシャボン玉が一斉に、上へ上へと登っていく光景を見た。
そして窓の外、少し下。
青や紫の花の森の中に、大きな禅宗様式の建物が見えた。
「おてら?」
「そこまで堅苦しい場所じゃ無いさ」
そうだよね、料亭だもんね。
お寺のような料亭を囲む青い花々は、見た事のある物から無い物があって、建築物と相俟って幻想的で静かな世界を作っていた。




