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33-2 レッツ、ランチです

 桔梗の髪飾りは可愛いけど、後はテンションが下がる。

 今日の着物は、浅葱色の生地に桔梗や紅葉が舞い、雲取り文で上品にまとめた物だ。

 帯は薄金の地に紅葉の織りで帯締めは紅藤。

 ……暴飲暴食して汚すなって事ですね。


 念の為羽織ってきた臙脂のショールはそこまで高くないから、これで汚れは防げると思うけど……量はやっぱり食べられないな。


「こりゃまた別嬪さんだなぁ! 何処の姫様だ? お、ウチの孫娘だー!」


 ジィジはテンション高いね。

 私に頬擦りしたり、高い高いしたり、今日はテンションがおかしい。

 久しぶりの祖父と孫の二人旅(※行きだけ)だからかな?


 いやいや、それにしたってやっぱおかしいわ。


 あんまりにもスキンシップが激しいので、ぐいっと頬を押して引き離した。


「いやー、すまんなぁ。浅葱の着物だと、つい胡富(こと)を思い出してな」

「こと?」

「七のバァバだな。戦国の頃は浅葱が使いやすいってんで胡富がよく着てた」


 ジィジは懐かしむように言う。

 バァバ、戦国時代の人だったのか……。


「七はバァバにそっくりだからなぁ。ジィジは心配だ」

「そうなの?」

「あぁ、もう毎日気が気じゃなかった。美人で気が強くて真っ直ぐでなぁ。あの頃の大名の姫さんにしちゃお転婆が過ぎるもんだから油断してたのよ。……気が付きゃ家族が叫んで焦るほど求婚者が殺到してやがった」


 わー……、ジィジの目が死んでるの珍しい。

 しかも大名のお姫様って、バァバそうとう箱入りで育てられてたんじゃない? 妖のジィジとよく出会えたね。


「馬に乗って逃げ出すわ刀は振るうわ。ステゴロ最強だわ。戦国末期の姫としては中々致命的だったんだがな」


 乗馬はまだ良かったけれど、当時の女性の嗜む武道は、精々弓だったらしい。特殊な事情で槍や刀を使えた人も居たらしいが、祖母はその特殊な事情など無い筈の姫だった。それから、ステゴロなんて以ての外だったらしい。


 うわー……もうこの少ない情報量で馴れ初め聞くなって無体な話だけど……料亭に向かうのに使う空飛ぶ列車━━銀河鉄道が線路を作りながら降りて来たから、ここまでかな。


「本当に……羽柴の天下人の側室になるとこで焦った焦った」

「『ここまでかな』っておもったところで、もっと気になるワードださないで!」


 豊臣秀吉さんでしょソレ!

 気になるけど料亭着くまでに語り切れるその話!?


「無理だな! わっはっはっはっは!」

「やっぱりね!」


 ジィジに抱えられたまま銀河鉄道に乗り込む私は、そのうち絶対に聞いてやると静かに誓いながら、頬を目一杯膨らませた。





 料亭が有るのは、|鵺の領地と初雷領の間にある2つの領地の境目を飛ぶ浮島、通称「悠揚(ゆうよう)」。

 青系統の花々が季節を問わず咲き誇るそこは、銀河鉄道か悠揚内に幾つかある店直々の出迎えでなければ辿り着けないらしい。


 星の輝く夜空の煙を出す黒と金の車体が特徴的な銀河鉄道は嫌いじゃ無い。寧ろレトロで可愛いくて好感が持てる。……けどこれ、ウチ(初雷領)みたいな魔物が頻繁に出る領地には当然来ないんだよね、残念。


「そうだ。この後だけどな」


 木目の光沢を保った床には、黒檀の縁取り。

 壁には格子模様の透かし彫りと螺鈿細工。

 天井には古びたランプが並び、灯をともしていないのに、まるで春霞のような淡く光って揺れている。

 そんな漆塗りや螺鈿細工の一等車両内には、私達しかいない。

 良い具合にふかふかのソファーから窓の外を眺めていると、蜜柑の皮を剥いていたジィジに話しかけられた。


「ジィジは夜凪と合流したらそのまま見合いの部屋に直行だ」

「じゃ、ご飯はおみあい、おわってから?」

「終わってからっつーよりは、夜凪が相手の娘と二人で話してる間だな」


 成る程? よくある『後はお若い二人で〜』って奴ね。


「だからお前はそれまでの間、藤紫と一緒に料亭の庭やら中やら探索してたら良い」

「え……」


 実は既に、藤君とメイシーが料亭に行っている。

 本当は水沫君と麦穂の方がこういう他家との顔合わせの場には適任だんだけれど、私とジィジ、初雷領ツートップが揃って領地を出るとなれば、その穴埋め能力の1番高い補佐が必然的に領地に残らざるを得なかったのだ。

 しかし、今注目すべきはそこでは無い。

 あまりに意外な事を言われて、脳の処理が遅れた。


「どうした? 不満かい?」

「ううん。そうじゃなくて……ホントに良いの?」

「? 不満って訳じゃ無さそうだが……どうした?」


 首を傾げるジィジ。いや、それってつまり……


「ジィジこうにんで、藤君とりょうていデート……していいの?」


 ゴクリと、思わず生唾を飲んでしまう。

 すると、ジィジがびしっと岩みたいに固まった。


「……デートじゃ無ェよ?」


 わぁ……笑顔のままなのに、すっごい低音。

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